ロストデイズ

葵依幸

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本編

第5話 切り裂く願い

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 鋭く、しかし軽やかに私と桃井の間に分け入り、剣の柄(つか)を振り下ろされ始めていた斧のに勢いのまま叩きつけ、突き上げる。

「ふぇ……!?」

 桃井の気の抜けた悲鳴が短くあげられ、その手から斧が滑った。

「ーーっ……!」

 ほんの一瞬の切り替えで体をひねり、そのまま剣の腹を小さな体に叩きつける。
 バキバキ、と聞いたこともないような音が聞こえたかと思うと次の瞬間には桃井の体が後ろに吹き飛んでいた。

「っ……ぁっ……、きゃっ……?!」

 聞こえてきた悲鳴は残像だ。吹き飛ばされ、地面を軽くバウンドしながら飛んでいったピンクの体。斜めに傾いた滑り台にぶつかっては止まり、そんな体の前に宙を舞っていた斧が落ちた。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 残されたのは私の荒い息づかいと、うるさい胸の鼓動だった。

 ーーなに……、いまの……。

 目の前で起きたことが理解できなかった。
 あまりにも一瞬の出来事で何が起きたのかわからなかった。
 ふんわりと漂っている甘い香りと土の匂いがバカみたいにくっきりと浮かび上がっていて、それが妙に現実だってことを告げている。
 自分が「彼女の腕」に抱きかかえられ、いつの間にか抱え起こされていたことにすらその頃になってようやく気がついた。

「えっわっ、ちょ……!? なっ……!? なにしてんのさ!!?」

 びっくりして慌てて腕を払う。バタバタと距離を取る様子はさぞ面白いものだったんだろう。アカネはポカーンと目を丸くして首をかしげる。

「なにって……、余計な御世話でしたか?」
「や……、助かったけどさ……」
「そうですかっ」 
「う……うん……、下ろしてもらっていいかな」
「ええっ」

 おとなしくその腕から降り、私たちはその影に顔を向ける。
 桃井はフラフラになりながらも立ち上がり、足を引きずるようにしてこちらに向かってくる。アカネは軽々と振い斜め下に構えて告げる。

「ーー桃井、リンさん……でしたよね……? どうしてそうも戦いたがるのですか。……どうあっても貴方は、誰かの命を奪いたいんですか?」

 ピンク色だった髪は血で赤く染まり、誰もが憧れるであろう制服は所々が破れて肌が覗いている。二つに括られた髪は片方が解けかけ、乱れた前髪が表情を覆い隠してはその下から覗く笑みを不気味に染め上げていた。

「えへへぇー……、じゃぁー、なーっんであなたは戦うのかなー?」

 ろくに力も入っていないであろう手で突き刺さったままの斧を拾い、持ち上げることはなくただ、ぶらりと腕を垂らす。そこを伝っていく血がなんとも痛々しい。

「……ねぇ、なんで?」
「…………」

 答えないアカネに対し桃井は目を細め、首を傾げて“綺麗に”笑った。

「リンと、一緒だよねぇッー?☆」
「ッ……!」

 その笑みはまさにアイドルと言って差し支えがなく。血だらけで、ボロボロだとしてもそれでも桃井は可愛らしかった。彼女は嬉しそうに笑い、突然距離を詰めてきたアカネの剣を受け止める。大きな斧の、長い柄で受け流し、その体を翻して避け、そして時折ふらつきながらもその剣を弾いていった。

「やめなって……、もう、やめなよ!!」

 桃井が動くたびに彼方此方に血が滲み、致命傷はないものの抉るような攻撃にアカネも傷を負っていく。目では追いきれないそんな二人を前に私はただ立ち尽くし、歯痒さと恐れで身動きが取れなくなっていた。
 いまとなってはもう桃井が悪いとかどうとかは問題じゃなくなっていた。

 確かに関係のない人たちを巻き込んだ桃井は悪なのだろう。決して許されないことをしたんだろうーー。

 だけど、今の私にはそれに襲いかかっているアカネも同じに見えた。
 無表情でーー、いや、少しだけ悔しそうに顔を歪めながら剣を振るう姿は到底私の知っている現実ではなく。振り回される狂気は何処か遠い世界の話に思える。

「こんなのッ……間違ってるって……!!」

 勇気を振り絞るようにして腕を振るう。そこに現れた槍をしっかりと握るとしっかりと馴染ませ、使い方なんてよくわからないけど、あの二人を止めなきゃいけない気がした。ここで止めなきゃ絶対に後悔するって全身が叫んでた。

 神様とか、願い事とか、もう訳わかんないけど……! 意味わかんないけどッ……!!

 ーーやっぱりこんなの間違ってる……!!

「ぁああああああ!!!!」

 気持ちを奮い立たせてそんな二人の間に割って入る。
 ヤケクソに、もうどうなってもいいと自分の体を盾にするようにして。
 バランスを押し崩された桃井をアカネの剣から守り、槍を振るって剣先をズラす。

 振り下ろされようとする斧の柄を「手でつかんで」無理やり地面に叩きつけさせるーー。

「やめなよ!!!」

 地面を割った斧が私の声をかき消そうとする。しかし、私は叫ぶ。

「やめなって!!」

 突然の介入者に言葉を失う二人に叫び、アカネの目を見つめた。
 呆然と、何処か空虚なオレンジ色の綺麗な瞳が私を見つめ返してくる。

「あんな奴らのいいなりになってどうすんのさ……!! 言われるがままに殺し合って、どうすんのさ!!?」

 願い事は、叶わないと神様に否定された。
 何をどうあがいたところでお前の願い事は叶うことはないと。
 それはあの晩、私の神様に突きつけられた現実で、私たちが覆したいと願った現実だ。
 だけど、だからって従う道理はない。
 殺しあう必要なんてない。

「神様に言われたから、神様にそう決めつけられたからって諦めてどうすんのよ!? はいそうですかって、じゃあ殺し合いますかって、どうしてそうなんのさ!!」

 自分の中に渦巻いていた疑問は悲鳴となっていた。

「諦めてんじゃないわよ!!」

 私は、人の愛を信じたかった。
 分かり合えるんだと、思いたかった。

 だからッ……、

「だからっ……! もうやめよ!? こんなこと……!! 話せばわかるからさ……!」

 もう、誰かの命を奪った後かもしれないけれど。
 もう、取り返しのつかないことをした後なのかもしれないけれど。

 ーーそれでも、これ以上、傷つけあう必要なんてない。

「……そうだろ……アカネ……?」

 彼女なら、分かってくれると思った。

 誰よりも優しく、人の痛みを感じるように笑う彼女なら、きっとわかってくれると思った。

 だから私は祈りを込めて笑おうとする。
 分かって欲しくて、届いて欲しくて、必死に笑顔を作ろうと顔を歪ませて微笑む。

 けれど、

「……残念ですわ……キョーコさん……?」

 その瞳は、どこまでも空虚に私を見つけて微笑んだ。

「あなたとは、お友達になりたかったのに」

「ーーーーっぁ……、」

 彼女の寂しげな声色は、後ろから叩きつけられた衝撃で吹き飛ぶ。
 腕から槍の感触が消え、「えへへっ」っていう、何処か幼さの残る笑い声を耳に残して私の意識は夕陽の熱が奪われるようにして世界から奪われていった。

 ーー私の願いは、絶対にかなわない。

 神様の言ったことは、本当だった。

 それを掻き消されていく意識の中、思い知らされた。

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