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3-1 王都アーデルハルト

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「すごいな、人がこんなに……」

 城門から中に入り、中央に見える城へと向かう途中、街の中は人々で溢れていた。
 大きな通りには出店が並び、中央を人と馬車が行き交う。
 様々な年代の人々が入り乱れ、買い物だったりおしゃべりに夢中になっていた。

「どこからか巫女様の噂を聞きつけて集まってきたようですね」
「……全然秘密にできてねーじゃん」

 小声で突っ込んだつもりが聞こえてしまったらしく、ランバルトお決まりの睨みが飛んできた。

 女の子相手に容赦がないなぁ……。

「あかり、あかり」
「……?」

 それまで頭の上で静かにしていた結梨がぴょんぴょんと足を伸ばし露天の一つを指差す。

「クレープが売ってる。食べたい」
「エェ……」

 確かにそれはクレープだった。薄く生地を伸ばしてクリームや果物を挟んだあの……。ていうか、この世界にもあったのかよクレープ。いきなり現れた見慣れた食べ物に少し困惑。いや、パンとかがあるならあってもおかしくないとは思うんだけどさ。

「猫は食べれないだろ……多分」
「ムゥ……」

 大の甘いもの好きである結梨は名残惜しそうに視線を残したまま肩を落とす。

「あんた一人で食べたら許さないから」
「食べないよ……」

 キョロキョロと他にも見覚えのあるものはないかと探してみると案外野菜や果物に関しては世界が変わっても同じものばかりらしい。りんごや葡萄、トマトやキャベツ。流石にラーメンとかは無さそうだけどパンやお米は売っているようだった。

「ねぇねぇエミリア。魔導書とかも売ってたりするの?」

 向こうの世界でいう「参考書」や「技術書」がこっちの世界でいう「魔法」に値するなら売っててもおかしくない……っていうか、結梨がクレープに惹かれたように、もしこの世界で魔導書があるのなら読んでみたいっていうか手に取ってみたいっていうか……。

 ぶつくさと考えているとエミリアは「おかしなことをおっしゃるんですね」と困ったように笑って見せた。

「魔導書が売っていたとしても普通の方には読めないでしょうし……そもそも読めたとしても『発動する事は』できないと思いますよ……?」
「……?」
「私たち人間には『魔力が』ありませんから」
「…………」

 それ以上聞いても分からない気がして曖昧に頷き、後に続く。

 もしかすると魔法って……この世界においてもかなり異質なものなのか……?

 結梨に意見を求めようと思ったけど知らぬ存ぜぬのそぶりで役にも立たない。
 ランバルトに聞こうものなら全力で馬鹿にされそうだし、エシリヤさんに至っては鼻歌を歌ってる。どうにも聞きづらい雰囲気だった。

 ーーふぅーむ……。地道に調べてみるかなぁ……。と、今後やらなきゃいけないことがどんどん増えてくることを面倒に思っていたら、

「っと……」

 広場を横切ろうとした時、ボールで遊んでいた子供とぶつかりそうになった。

「ごめんな坊主」

 何気なく受け止め、少年は振り返るとーー、

「あ!! ホワードさま!」

 エミリアを指差し、声を上げた。

「……? ホワード?」

 何のことか分からず指の先を追ってい行くとどうやらクーちゃんのことらしい。

「クゥッ」

 呼ばれたことに応えたのか小さく声をあげたクーちゃんに周りの子供達が気付き、

「本当だエミリアさまにエシリヤさまだ!」

 と声をあげ集まり始めた。すると大人たちも二人に気がついたのか遠慮がちに近づいてきては頭を下げ始める。

「此れは此れは姫さま……、この度は竜宮の巫女の大命、おめでとうございます」

 商人風の男が初々しく馬に近づくとランバルトが険しい顔でそれを遮り「無礼であるぞ」と一蹴する。

「これ、そのようなこと申してはいけませんよ?」
「しかしーー、」

 言い終わる前にエシリヤさんは馬から降り、ランバルトの制止を無視して男性に会釈し「妹に代わって御礼申し上げます」と微笑み返した。その姿はまさしくお姫さまそのもので優雅でいて繊細だった。
 やがて「エシリヤ姫さまだ」「エミリアさまもいらっしゃる!」とざわめきは広がり、広場は騒然となってしまう。

「……どうすんだよこれ……」

 身動きが取れなくなり、一人一人に挨拶して回るエシリヤさんとそれに連れられて挨拶をするエミリアを眺めつつ、隣に立つランバルトを見るとこれまで見たことの無いような険しい表情で奥歯を噛み締めていた。

「この私にどうしろというのだ……!」
「そりゃそうだよな……」

 何かもうどうしようもねーよ、これ。
 とはいえその場空気は別に不快ではなかった。

 人々は心から二人を慕っているようだったし、和気藹々と、まるで大きな家族が久しぶりに帰ってきた娘たちを迎え入れているような不思議な感覚さえ覚える。

「お二人のご両親……、王と王妃さまはお二人が幼い頃に亡くなられてな」

 どうやらそのことが顔に出ていたらしい、渋々とランバルトが教えてくれる。

「だから国の者たちに育てられたようなものなんだ」
「……へぇ……」

 明るく振舞ってはいるけどそれなりに事情はあるらしい。

 そりゃ命を狙われるような子に事情がなけりゃ世も末だけどな……。

 そうして一人一人に挨拶して回った結果、城に着く頃には日が暮れ始めてしまっていた。
 泉のあった森から街に辿り着くまでも相当歩いたつもりだったけど、街に入ってからのほうが相当疲れた気がする。

 人混みをかき分けて歩くのもそうだけど、やはり制服姿ってのは珍しいらしく、何やら好奇な目で見られるのはきつかった。……何よりも、中身が男とはいえ「外見は美少女」なわけで。文化は違えど「制服の良さ」は全世界共通なのか、男どもの嫌らしい視線を感じたのが何よりきつかった。

 こんな視線にさらされながら生きてるって同年代の女子たちはメンタルがつえーなぁ……。

「お疲れさま」
「いえ?」

 一通り挨拶を済ませ歩いてきたエシリヤさんに声をかける。すると変わらない笑顔が返ってきた。
 その顔には微塵も疲れなど浮かんでおらず、優しげに微笑んでいる。

「いつもこんな風に?」
「城の外を出歩くことは滅多にありませんが、声をかけられて逃げるほうがおかしな話でしょう?」
「まぁ……確かに……」

 でもあそこまで対応するのも異常じゃないのかな……。

 なんとなく選挙カーで手を振る政治家を思い浮かべて比べるもんじゃないなとかき消す。
 比べるもんでもないだろうーー。

「行くぞ」
「ああ、おう」

 町の人たちに見送られながら(とは言っても、歩く先々で「姫様!」という声には出くわしていちいち足を止めることにはなったが)ランバルトに連れられて城へと向かい始める。

 良い加減面倒に感じてきたところで顔色一つ変えないエシリヤさんに言葉も出ない。
 そう歳も変わらないのに立派なもんだ。

 生まれそだった環境でこうも違いが出るのかと結梨をチラ見したら思いっきり睨まれた。
 多分同じことを考えてたんだろう。ーー比べるな、か。

 比べるほどのものでもないとは思うけどね……。

 お姫様と幼馴染。基礎スペックが違いすぎるだろう。
 幼馴染補正でもなけりゃ勝負にならないーー。

「ん……?」

 ようやく見えてきた城のそばに人影が見えた。
 いわゆる門番って奴かと思ったがどうも違うらしい。

「エシリヤお嬢様、エミリアお嬢様」

 その影はこちらの姿を捉えるなり、スタスタと近づいてきた。

「ご無事で何よりです」
「ただいま、アルベルト?」

 アルベルトと呼ばれた初老の男性は燕尾服を身に纏い、完全に執事さんだ。

「事情は伺っております」

 ういういしくお辞儀をし、僕たちに頭をさげる。

「え、ええっと……」

 どう答えていいのかわらずちらりとランバルトを見ると鼻で笑われた。
 わかった、恐らく何処かのタイミングで城に連絡を入れていたんだ。無駄に有能なのがなんかむかつくな……。

「アカリ様」
「はいっ……?!」

 助けをよこしてくれないランバルトを睨んでいると唐突に名前を呼ばれ、体が跳ねた。

「な……なんでしょうか……?」

 すっと細められた目の奥で鋭い光がこちらを見つめていた。
 思わず飲まれそうになり、結梨が頭から肩に乗り移った所で気持ちを入れ直す。

「先刻は姫様をお助けいただき心から感謝いたします。……話によれば記憶がなく、泊まる場所もないままに手がかりを探しているとかなんとか……」
「ええ……まぁ……はい……?」

 心の中まで差し込んでくるかのような視線に自然と声は硬くなり、挙動もぎこちなくなった。
 完全にカツアゲされかけている中学生だ。

 それを知ってか知らずか、アルベルトさんは深くシワの刻まれた顔で朗らかな笑みを浮かべ、もてあそぶように告げる。

「手合わせ、願えますか?」
「……はい……?」

 ゆっくりお辞儀をするその姿に僕は、

「あ……は……はァ……?」

 ただただ呆然と見つめ返すことしかできなかったーー。
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