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1-4 伝承の黒魔導士さま

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「ーーーー」


 そのときの現象をなんと例えればいいのか分からない。

 ただ頭の中にあった魔法陣が一瞬にして周囲に展開され、全身から湧き上がってきた得体の知れない何かが右手に集まっていったかと思えば暖かい炎に包まれていた。

 辺り一面が、視界の全てが。

 青々しく茂っていた世界を塗りつぶそうとしていた濁流や土砂を飲み込むようにして、一体の大きな翼を掲げた『不死鳥』が自分の腕から空高く飛び上がっていったのを僕は見た。

「…………は……?」

 体の感覚が一瞬なくなったかのような静寂の後、僅かに不死鳥の鳴き声だけが耳の中に残っているような気がした。
 ぼんやりと空を見上げる。
 ガザガザと鳥たちがざわめき飛び立ち、その空にはぽっかりと雲を突き破って開けた大穴が開いていた。

「……ま……魔導士さま……」

 エミリアが呆然と呟く。エシリヤさんは言葉すら無くして僕を見つめていた。

「……なんとかなっちゃったね……、はぁあっ……」
「アカリさま!」

 思わず足から力が抜けてへたり込んでしまった。
 エシリヤさんが慌てて駆け寄ってくるが自分の右手がぷるぷる震えてそれどころじゃない。

 ーー魔法が使えた……魔術が使えた……!!

 困惑する頭の中で感じたこともないような達成感と満足感が込み上げ、感極まって涙が出そうになる。
 ずっとずっと憧れてきた魔法、何度叫んでも何も起きなかった魔法……。それが今、この手で使えたっ……!

「バカっ!!」
「あがっ」

 泣きそうになっているところを思いっきり顎に猫パンチされて本当に涙が出た。

「何考えてんのよ!? 死ぬつもり!!?」
「で、でもなんとかなったし……」
「そういう問題じゃない!!」

 結梨はもうカンカンでそれこそ取りつく島なんて見当たらなかった。

 けれど「使えた」。確かに「使えたんだ」。魔法が……!

 そこのことがどうしようもなく嬉しくて楽しくて、気持ちはどうしようもなく舞い上がっていた。

「……本当に黒の魔導士さまなのですね……?」

 エシリヤさんが改まってこちらを見つめていた。

「……それはどうなのかわからないけど……『魔法は』使えるらしい……」
「それだけで十分ですわっ?」

 手を差し伸べ、僕を起こそうとしてくれる。
 女の子に助けられるのはなんか変な感じだったけど、横に立ってみるとエシリヤさんの方が少しだけ背が大きくて改めて「自分が女の子」になっていることを思い知らされた。

「エシリヤお嬢様!! エミリアお嬢様!!」
「ランバルト!」

 そして森の中から甲冑を纏った一人の青年が飛び出してくる。
 軽装ではあるけど兵士のようだった。

「いま大きな爆発音が聞こえましたが一体……」
「……何者かがエミリアを狙って……、……このお方が助けてくださったのです」
「なんとッ……、私(わたくし)が付いておりながら申し訳ございません……!! エミリアお嬢様……お怪我はありませんでしたか……?」

 イケメンだ。なんというか上から下までイケメンで凄く爽やかだった。
 世界が世界ならアイドルグループに混ざっててもおかしくないようなイケメンで、高貴な感じも漂ってくる。
 自分が元の姿のままなら場違いすぎて死にたくなってたかもな……。

 過保護なのか一通り騒ぎ立てた後、困り果てたエミリアの何度目かの「平気ですよ……?」という言葉でランバルトと呼ばれた兵士の動きは止まった。

「はぁああ……ほんとぅっに良かったぁあ……」

 かに思えたが膝から崩れ落ちると一人後悔の念を流し始めた。

「もしもお嬢様の身に何かあればこの命で以って償う所存でした……!!! いいえッ、この命で以っても償いきれませぬ……禁呪を冒してでもお助け申上げると誓った身なのになんと謝罪申し上げれば良いか……!」

 ……う、うぜぇ……。

 騎士道って奴なんだろうか。全力すぎてちょっと怖い。謝られてるエミリアも困りきってるし、エシリヤさんに至ってはいつものことなのか笑って見守ってるし……。

「そ……、その辺にしておいては……?」
「……?」

 それまで一辺倒に謝り倒していたランバルトがこちらに気づき、顔を上げた。というか完全に忘れていたようで首を傾げまじまじと見つけられてしまった。

「な……なんだよ……」

 まるで珍しい生き物を見るかのような視線はどうも居心地が悪い。
 身じろぎ、少し体を反らすと困惑の顔を浮かべながらもランバルトはエシリヤさんに尋ねた。

「あの姫様……? このお方は一体……?」
「伝承にある『黒の魔導士さま』ですわっ?」
「は……はぁ……?」

 意味を飲み込めずに戻される視線と向けられる笑顔に僕はただただ苦笑いするばかりだった。
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