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1-1 部室の魔法陣

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「第六の門、黒煙たる大地の力、深淵より来れ! 燃え尽きる事なき不死鳥の舞!(エキューズ・エターナルフォース・フェニックス)」

 叫び、両手をかざした先で魔法陣は沈黙を保っていた。

「ふぁ~ぁ……」

 何処からともなく聞こえたあくびなど気にもとめずムフーッと鼻息荒く重ねた両手を見つめ、一入(ひとしお)の達成感を噛み締めていた。つかの間の幸福感とやり遂げたのだという満足感がじわじわと込み上げてくる。

「見た!? 見てたかユーリ!」
「ユーリじゃない、ゆ・う・り。外人みたいだから止めて。ていうか名前で呼ばないでバカ」

 乱雑に本が積み上げられた片隅で文庫本片手にあくびを繰り返しながらユーリこと猫山結梨は呆れる。

「それに何を見ろってのよ。バカが一人で喚いてるとこ?」
「んぅううっ、違うっ、違うぞユーリ! いまのは記念すべき黒猫式魔術がNo.108! エキューズ・エターナルフォース・フェニックスだ!
「なにその頭の痛い横文字」
「名誉ある古典部員の癖にナニをォ!?」
「煩い」

 パタンと本を閉じると冷めきった視線が貫く。

「うっ……」

 正直それだけで次の言葉が出なくなるのだから、結梨こそ何かの魔法でも使ってるんじゃないかと疑わざるえない。詠唱なし魔法陣なしの魔法……、最上級じゃないか……!!

 無論、そんなことはありえないのだけど。

「あんたが部員二人以上いないと廃部だからって頼み込んできたんでしょ。別に変人部の仲間になったつもりはないわよ」
「幼馴染の癖に冷たい……」
「本気でそう思ってるなら帰るわよ」
「ごめんなさいッ」

 頭を下げるのと言葉を突きつけたのは殆ど同時だ。
 伊達に幼馴染を十数年やってない。

「ふん……」

 結梨の起源の取り方なら右に出るものもいないだろう。……多分。

「ま……いいけど。……どーせ暇だしね」
「恩にきるよ」
「……本当にそう思ってんだか怪しいもんだわ?」

 結梨は肩に掛っていた長い黒髪を軽く払うと再び椅子に腰掛け直し、また本を読み始める。
 これ以上絡まない方が得策だろう。機嫌を損ねて帰られても困る。ただでさえ「人数合わせの猫山だろう」って先生に目をつけられてるし、抜き打ちで様子を見に来られては廃部一直線だ。
 生徒会はこの古典部のことを「代々居座り続けるこの学校の恥」としか思っていないようだし。

「……はぁ……」

 そう、先輩が受験勉強で退部してからというもの「古代魔術の書物を専門に扱う」古典部の部員は僕一人になってしまった。
 たまたま怪我で剣道部引退を余儀なくされた結梨を部員に引き込んだのは良いものの、流石にその知識に早々興味を持ってくれたりはしない。

 昔はよく一緒に遊んだりしたけど、思い返せば遠い日の記憶……。

 クラスが離れてからは殆ど話すこともなかったし、いまこうして部活に付き合ってくれてるだけでも奇跡みたいなもんか……。

「それにしても遂にやり遂げたんだ……」

 代々この古典部に伝わる「魔導書」のうち、最も難解だと思われる「黒猫式魔術の書」。

 そこに記される魔法陣を教室の床に書いては消し、書いては直し、見たこともないような文字を一つ一つ丁寧に描き続けて1年半。高校2年も秋の終わりにさしかかった頃にようやく完遂することができた。

 魔術書自体が魔導の文字で記され、どれだけ調べてもこの世のどの言語にも似通っていなかった。ダメもとで歴史の葛西先生に相談したら「そんなものはジョークブックの一つだろう」と一蹴されたりもした。

 でも、「この世界のどの言葉でもない文字で記されている」ということはそれ自体が「異世界」の存在を示しているんじゃないかと思った。
 異世界の言葉で記された文字だからこそ、それはこの世界の理を超え、超常的な魔術を出現させてくれるんじゃないかと。……そう思って唱え続けた結果……まぁ、火の一つも出せやしないんだけど。

「けど、こうして達成感に僕は浸っている……!」

 謎の達成感。

 謎の満足感。

 実際にフェニックスの一つや二つ出せれば人生観どころか世界観もひっくり返ったかもしれないけど、それでもこの高校生活を有意義なものにすることができた!

「ぼっちのくせに」
「ぼっちの何が悪い!! 偉大な発明家たちは一人で苦行を成し遂げたんだぞ!?」
「成果の有る無しは大きな違いよ」
「うっ……」

 結梨に睨まれるとどうしても言葉に詰まってしまう。美人と呼ぶにはちょっと幼すぎるけど、それでも冷ややかな視線は氷魔法よろしく体をカチコチにしてくるんだ。

「と、とにかくさ……これで僕は一通り終わったから次はユーリが試してみなよ。案外楽しいかもよ?」
「興味ない」

 そういって差し出した魔導書を軽蔑するかのように顔を背け、本に視線を戻してしまう。
 ちょこんと椅子の上に体育座りして「それ以上話しかけるな」のオーラ全開だ。

「でもほら、目を通して見るぐらい」

 だけどめげない。あきらめないーー。
 何故なら結梨も今はもう「由緒ある古典部」の一員なのだから!

「文化祭、何か出し物しないと廃部って言われたの気にしすぎ。廃部になっちゃえばいいのよ」
「学校の創立当時から残る古典部を廃部だと……!? ユーリには人の心はないのか……!」
「活動内容はガラリと変わっているけどね」
「時代の流れに沿ったと言ってもらいたい」
「何処の時代よ」

 正攻法で攻めても無駄っぽいので、

「ていやっ!」

 無理やり持っている本を取り替えてみた。

「……あのねぇ……」
「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから!! そしたらきっと魔術書の魅力に取り憑かれるから!」
「前々から思ってたんだけど、『魔導書』なのか『魔術書』なのかはっきりしなさいよ、『魔法陣』だって胸を張ってるわりに『魔導士』を名乗ってるし『魔術』と『魔法』が混在してたり無茶苦茶よ?」
「そ……それは翻訳の過程でどちらの意味でも通じるっていうか、問題ないっていうか……」
「言語を研究する古典部員がどっちでもいいねぇ……、ま、別にどうでもいいけど……」

 そう言いながらパラパラとページを捲ってくれるのは結梨の良いところだったりする。
 剣道小町ならぬ「刀を持った大和撫子」とか言われるぐらいには運動神経が良かったりするんだけど、それは友達に誘われて入った剣道部が原因で、もともとは僕と同じ本の虫だったんだ。

「……ふーん……」

 文字が異国のものであったとしても紙を捲る指はその愛し方を違えたりはしない――。

「手の込んだ同人誌ね」
「ひどいっ! 大体子の本は創立当時から受け継がれているものであって、同人誌文化が日本に普及するよりもずっと前から存在しているんだ。だからそんな言葉で片付けるなよ!」
「だってこんな文字見たことないし、そもそも魔法なんてーー、……あら?」

 数百ページにも及ぶ紙をしっかりと製本されているのだけど、それを興味深く眺めていた結梨の指が止まった。

「どしたの?」
「表紙カバー、ていうか、表紙裏にも何か書いてあるじゃない」
「え、嘘」
「何よ毎日読んでた癖に気がつかなかったの?」
「うっさいなぁ、漫画の表紙裏とかはネタバレがあること多いから全部読んでから見る派なんだよ!」

 ひったくって僕も表紙裏を確認すると一つの魔法陣とそれに関する魔術、……『魔法』の説明が書いてあった。
 それまでの魔法陣と同じような理屈で描かれているらしく、構造を解明するのにそれほど時間はかからない。
 ただ、詠唱の言葉だけは何度読み返し翻訳し直しても首を傾げる他なかった。

「……どうしたのよ黙り込んじゃって」

「いや、他の魔法はさ結構理由付けがされてるっていうか『こっちの言葉でもなんとなく意味は通じる』ようになってたんだよ。『燃え尽きる事なき不死鳥の舞(エキューズ・エターナルフォース・フェニックス)』とかはさ、不死鳥が永遠に舞い踊って相手を未来永劫焼き尽くすとかさ」
「いや、訳わかんないんだけど」
「とにかくっ、なんとなく理解はできたんだ。……でも魔法陣自体はこれまでのものとは全然違った組み方をしてあるし、そsれにこの文章……、」

 言いながら表紙カバーの裏に描かれた魔法陣を床に置き、その隣に表紙裏を並べて文字を読み上げてみる。

「“親愛なる黒の魔導士へ告げる。竜王の語る古の時代より遥か彼方の其方へと、我、白の世界へと導かん、我、黒の力を与えん。未来は過去へ、止まる事なき世界の理を今この手で紡ぎだそう、”って詠唱にしちゃ長すぎるしどっちかっていうと本の導入部分みたいなーー、」


「           」


 瞬間、教室が縦にズンッと揺れた気がした。


「燈!?」

 目の前で結梨が目を見開き、僕の名前を叫んでいた。

「えっ……?」

 刹那、表紙カバーの裏にあった魔法陣から光が広がり。大きな魔法陣が僕を飲み込むようにして展開される。
 そしてそれは広がり切ると同時に光を増し、視界を白く広げていく。

「早くこっち!」
「結梨!!」

 思わず差し出された手を握りしめ、そしてーー、

「うぁああああああ??!?!?」

 急激に暗転した世界の中で僕の体は浮遊感を覚え、


「うぁッ……!?」


 ボチャンッと『水の中に』落下した。
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