9 / 16
生まれ変わって…………
記憶喪失
しおりを挟む まさか、こんな形でミゲルの忠告の意味を実感することになろうとは……
ミゲルとの話から一夜明けての今日。
キリハは早くも、グロッキー状態となっていた。
事の流れは単純。
今朝のニュースで、キリハがディアラントの推薦により、特別に大会の本選へ出場することが国内中に知れ渡ってしまったのである。
大会まであと二週間。
少しずつ書類審査や予選が終わり、本選への出場者に関する情報が開示される頃だった。
そして、開示された情報の第一弾がこれだったのである。
各メディアでは本選への出場が決定した他の人物の紹介もされていたが、その多くはキリハの話題に押し潰されてしまっていた。
何せ、話題の大きさが桁違いなのだ。
確かに書類審査や予選を勝ち抜いた功績は、称えられてしかるべき。
しかしキリハの場合は、大会三連覇中であるディアラントのお墨つき。
なおかつ、大会への参加基準に満たないのに審査もなしの特例出場だ。
順当に努力を重ねた人間よりも、そのようなイレギュラーを許された人間にスポットライトが当たってしまうというのは、ある意味どうしようもない世の理であった。
ただでさえ《焔乱舞》の使用者ということで名を知られていたのに、実はディアラント唯一の弟子だったという追加情報は強烈だったようで。
朝一番のニュースが流れてからというもの、宮殿本部も自分もてんてこ舞いだ。
携帯電話は鳴りやまないので、相手には悪いが電源を切っている。
しばらくは、宮殿の外にも出られないだろう。
さすがに経験を積んでいるので、それくらいの判断はすぐにできた。
ちょっとした話題提供だ。
ディアラントは軽くそう言っていたが、ちょっとどころの話ではない。
おかげで、大会の観戦チケットは最前列から最後列まで、抽選倍率がかなり跳ね上がっているらしい。
そんな世間の騒ぎようをテレビで目の当たりにし、エリクの言葉の正しさをしみじみと思い知るキリハだった。
さて、そんな感じでマスコミや世間の反応にはある程度の耐性がついていたキリハだが、ここからはさすがに想定の範囲を超えていた。
今回ばかりは、宮殿の中にも安息の地などなかったのである。
「キリハさーん。」
「………」
「ちょっと待ってくださいよ!」
「………」
「ねえってば!」
「わっ!?」
半ば走る勢いで廊下を進んでいたキリハだったが、進行方向を数人に立ち塞がれて、思わずその足を止めてしまう。
しまったと思った時にはもう遅い。
あっという間に、周囲を囲まれてしまった。
「そんなに邪険にするなって。別に、取って食おうってわけじゃないんだからさ。」
今まで話したこともないのに、彼らは随分と馴れ馴れしい口調で話しかけてくる。
「ちょっと、色々と教えてくれないかなー? あのディアラントのお弟子さんなんでしょ?」
「弟子しか知らない師匠の弱点みたいなものってないの?」
「……知らない。」
本当は口を開くのも嫌なのだが、さすがにこの包囲網から抜け出すことは難しそうだ。
仕方なく重たい口を開けると、途端に周囲からは疑わしげな視線を向けられる。
「知らないって、そんなはずはないじゃん?」
「本当に知らないって。大体、俺が分かるレベルの弱点があったら、ディア兄ちゃんだってもっと大会で苦戦してるよ。」
嘘は言っていない。
事実、ディアラントには弱点らしい弱点などないのだ。
確かにある方向からの攻撃には弱かったりするが、それも一般的には弱点という部類には当てはまらないレベルのもの。
しかも、彼自身も自分の苦手な部分は熟知しているので、そこを攻められた時の受け流し方には、それ相応に神経を注いでいる。
「ディア兄ちゃんに勝つなんて、俺だって無理だよ。もういいでしょ。」
もう何度目のやり取りかも分からないので、さすがに言葉に棘が混じってしまう。
無理矢理人の間を割って包囲網を抜けると、今度は後ろから肩を掴まれた。
「待てって。まだ話は終わってないんだよ。」
「もーっ!! みんな暇なの!?」
我慢の限界が来て、キリハは彼らのことを半目で睨みつけた。
「俺、これから打ち合わせに行かなきゃいけないの! これ以上話してる暇なんてないんだって!」
怒鳴った勢いで肩の手を振りほどくが、踵を返した先にはまた別の人間が待ち構えている。
「分かった分かった。じゃあ、昼飯か夕飯でも一緒に食おうぜ。そこなら、ゆっくり話もできるだろ? 奢るからさ。」
このしつこさには脱帽する。
キリハは思い切り溜め息を吐き出し、首を横に振った。
「やだ。ご飯は、ディア兄ちゃんやミゲルたちと食べるから。」
「……このガキ。」
ふと後ろから、舌打ち混じりの言葉が聞こえてくる。
どうやら、今度のグループには過激派がいるようだ。
キリハがそちらを振り向くと、表情に苛立ちを浮かべる三人ほどの姿があった。
「おい、やめろって。」
周りが小声で叱咤するが、その制止の声は彼らの耳には全く届いていないようだった。
「こっちが下手に出てりゃあ、いい気になりやがって。」
「下手って、これが? しつこいのはそっちじゃん。さすがに俺だって疲れるよ。」
感情の沸点はそこまで低くはないと思うが、ここまで来ると自分だって腹が立つ。
心の底からの本音を零すと、感情的になっていた彼らはさらに顔を赤くした。
「てめ…っ。竜使いのくせして偉そうに!」
〝竜使いのくせに〟
久々に表立って投げつけられた言葉だった。
それを聞いた瞬間、自分の中で最後の糸が切れる感覚がする。
「―――ふうん。やっぱり、そんなことを思いながらご機嫌取りしてたんだ。」
声のトーンが自然と下がる。
気持ち悪い。
ミゲルたちからの純粋な好意とも、マスコミから向けられる好奇的な眼差しとも違う。
下心丸見えで、偽りだらけの態度。
自分を温かく包んでくれる視線とは違う、ねっとりと絡みついて身動きを封じてくるような視線。
こんな風に近寄られるくらいなら、最初から毛嫌いされていた方がまだマシだ。
「いや、誤解するなよ! これはその……言葉の綾ってやつで……」
自分の行く手を阻んでいた男性が焦って言い繕うが、そんな言い訳はすでに無意味だ。
「………いいよ。そこまで言うなら、協力してあげる。」
目を閉じて肩を落としたキリハの唇から、そんな言葉が零れた。
ミゲルとの話から一夜明けての今日。
キリハは早くも、グロッキー状態となっていた。
事の流れは単純。
今朝のニュースで、キリハがディアラントの推薦により、特別に大会の本選へ出場することが国内中に知れ渡ってしまったのである。
大会まであと二週間。
少しずつ書類審査や予選が終わり、本選への出場者に関する情報が開示される頃だった。
そして、開示された情報の第一弾がこれだったのである。
各メディアでは本選への出場が決定した他の人物の紹介もされていたが、その多くはキリハの話題に押し潰されてしまっていた。
何せ、話題の大きさが桁違いなのだ。
確かに書類審査や予選を勝ち抜いた功績は、称えられてしかるべき。
しかしキリハの場合は、大会三連覇中であるディアラントのお墨つき。
なおかつ、大会への参加基準に満たないのに審査もなしの特例出場だ。
順当に努力を重ねた人間よりも、そのようなイレギュラーを許された人間にスポットライトが当たってしまうというのは、ある意味どうしようもない世の理であった。
ただでさえ《焔乱舞》の使用者ということで名を知られていたのに、実はディアラント唯一の弟子だったという追加情報は強烈だったようで。
朝一番のニュースが流れてからというもの、宮殿本部も自分もてんてこ舞いだ。
携帯電話は鳴りやまないので、相手には悪いが電源を切っている。
しばらくは、宮殿の外にも出られないだろう。
さすがに経験を積んでいるので、それくらいの判断はすぐにできた。
ちょっとした話題提供だ。
ディアラントは軽くそう言っていたが、ちょっとどころの話ではない。
おかげで、大会の観戦チケットは最前列から最後列まで、抽選倍率がかなり跳ね上がっているらしい。
そんな世間の騒ぎようをテレビで目の当たりにし、エリクの言葉の正しさをしみじみと思い知るキリハだった。
さて、そんな感じでマスコミや世間の反応にはある程度の耐性がついていたキリハだが、ここからはさすがに想定の範囲を超えていた。
今回ばかりは、宮殿の中にも安息の地などなかったのである。
「キリハさーん。」
「………」
「ちょっと待ってくださいよ!」
「………」
「ねえってば!」
「わっ!?」
半ば走る勢いで廊下を進んでいたキリハだったが、進行方向を数人に立ち塞がれて、思わずその足を止めてしまう。
しまったと思った時にはもう遅い。
あっという間に、周囲を囲まれてしまった。
「そんなに邪険にするなって。別に、取って食おうってわけじゃないんだからさ。」
今まで話したこともないのに、彼らは随分と馴れ馴れしい口調で話しかけてくる。
「ちょっと、色々と教えてくれないかなー? あのディアラントのお弟子さんなんでしょ?」
「弟子しか知らない師匠の弱点みたいなものってないの?」
「……知らない。」
本当は口を開くのも嫌なのだが、さすがにこの包囲網から抜け出すことは難しそうだ。
仕方なく重たい口を開けると、途端に周囲からは疑わしげな視線を向けられる。
「知らないって、そんなはずはないじゃん?」
「本当に知らないって。大体、俺が分かるレベルの弱点があったら、ディア兄ちゃんだってもっと大会で苦戦してるよ。」
嘘は言っていない。
事実、ディアラントには弱点らしい弱点などないのだ。
確かにある方向からの攻撃には弱かったりするが、それも一般的には弱点という部類には当てはまらないレベルのもの。
しかも、彼自身も自分の苦手な部分は熟知しているので、そこを攻められた時の受け流し方には、それ相応に神経を注いでいる。
「ディア兄ちゃんに勝つなんて、俺だって無理だよ。もういいでしょ。」
もう何度目のやり取りかも分からないので、さすがに言葉に棘が混じってしまう。
無理矢理人の間を割って包囲網を抜けると、今度は後ろから肩を掴まれた。
「待てって。まだ話は終わってないんだよ。」
「もーっ!! みんな暇なの!?」
我慢の限界が来て、キリハは彼らのことを半目で睨みつけた。
「俺、これから打ち合わせに行かなきゃいけないの! これ以上話してる暇なんてないんだって!」
怒鳴った勢いで肩の手を振りほどくが、踵を返した先にはまた別の人間が待ち構えている。
「分かった分かった。じゃあ、昼飯か夕飯でも一緒に食おうぜ。そこなら、ゆっくり話もできるだろ? 奢るからさ。」
このしつこさには脱帽する。
キリハは思い切り溜め息を吐き出し、首を横に振った。
「やだ。ご飯は、ディア兄ちゃんやミゲルたちと食べるから。」
「……このガキ。」
ふと後ろから、舌打ち混じりの言葉が聞こえてくる。
どうやら、今度のグループには過激派がいるようだ。
キリハがそちらを振り向くと、表情に苛立ちを浮かべる三人ほどの姿があった。
「おい、やめろって。」
周りが小声で叱咤するが、その制止の声は彼らの耳には全く届いていないようだった。
「こっちが下手に出てりゃあ、いい気になりやがって。」
「下手って、これが? しつこいのはそっちじゃん。さすがに俺だって疲れるよ。」
感情の沸点はそこまで低くはないと思うが、ここまで来ると自分だって腹が立つ。
心の底からの本音を零すと、感情的になっていた彼らはさらに顔を赤くした。
「てめ…っ。竜使いのくせして偉そうに!」
〝竜使いのくせに〟
久々に表立って投げつけられた言葉だった。
それを聞いた瞬間、自分の中で最後の糸が切れる感覚がする。
「―――ふうん。やっぱり、そんなことを思いながらご機嫌取りしてたんだ。」
声のトーンが自然と下がる。
気持ち悪い。
ミゲルたちからの純粋な好意とも、マスコミから向けられる好奇的な眼差しとも違う。
下心丸見えで、偽りだらけの態度。
自分を温かく包んでくれる視線とは違う、ねっとりと絡みついて身動きを封じてくるような視線。
こんな風に近寄られるくらいなら、最初から毛嫌いされていた方がまだマシだ。
「いや、誤解するなよ! これはその……言葉の綾ってやつで……」
自分の行く手を阻んでいた男性が焦って言い繕うが、そんな言い訳はすでに無意味だ。
「………いいよ。そこまで言うなら、協力してあげる。」
目を閉じて肩を落としたキリハの唇から、そんな言葉が零れた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

王太子に転生したけど、国王になりたくないので全力で抗ってみた
こばやん2号
ファンタジー
とある財閥の当主だった神宮寺貞光(じんぐうじさだみつ)は、急病によりこの世を去ってしまう。
気が付くと、ある国の王太子として前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまうのだが、前世で自由な人生に憧れを抱いていた彼は、王太子になりたくないということでいろいろと画策を開始する。
しかし、圧倒的な才能によって周囲の人からは「次期国王はこの人しかない」と思われてしまい、ますますスローライフから遠のいてしまう。
そんな彼の自由を手に入れるための戦いが今始まる……。
※この作品はアルファポリス・小説家になろう・カクヨムで同時投稿されています。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる