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序章、第一話
さっきから全然動かないんだ
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◆
団長から指示を受けてヨルとスズメを迎えに来た。ただそれだけの筈だった。
しかしロムの目の前には信じられない光景が広がっている。光る矢に刺し貫かれ倒れているヨルとスズメ。その近くには鴉族の私兵団、そしてトコヤミの姿があった。
場所は自警団駐屯地に程近い大通り。
ヨルの周りにはじわじわと血が広がり、その身体はピクリとも動かない。
(なんだ・・・・・・これは・・・・・・)
ロムが数秒呆けている間に、空からぽつりぽつりと雨が降り出す。
「あら、もう一人来たのね。お兄様を援護しに来たのかしら」
トコヤミがこちらに気付いて微笑む。自分の兄が倒れていることなど気にも留めないというように。
「僕は・・・・・・迎えに来たんだ。二人を」
「それは残念でしたわね。たった今二人とも殺してしまったところですのよ?」
ふらふらと二人に近寄ると、光の矢はヨルとスズメの二人ともの身体を貫き、矢尻が地面に突き刺さっていた。ヨルはスズメを守ろうとしたのだろう。スズメを包み込むように覆い被さっている。
しゃがみ込んで恐る恐るヨルの肩を揺さぶると、
「ゔ・・・・・・ロム・・・・・・?」
「ヨル!」
ヨルが薄らと目を開いた。
まだ息がある。良かった。そう安堵しかけた。
しかしヨルの負っている怪我と出血量、顔の青白さと不規則な呼吸―――その全てがもう取り返しがつかないことを示していた。ヨルはもう駄目だ。死んでしまう。ここに来る前に医療班と戦闘員は呼んでおいたが、きっと今すぐ治療したとしても間に合わないだろう。
せめてロムの能力がヨルに使えたなら良かった。ロムの持つ『聖職者』の能力なら、どんなに酷い怪我で死に掛けていたとしても癒しの力で治せるのに。しかし幾ら願ってもそれは叶わない。だってロムの能力は一人につき一回しか使えないのだ。たったの一回。そしてヨルの一回目は訓練学校時代、ヨルが大怪我を負った時に使ってしまっている。
「一回しか駄目なんだって言ってるだろうが、この馬鹿・・・・・・っ!」
ロムは悔しさで地面に拳を打ち付けた。パシャリと雨と血が混ざった赤い液体が音を立てる。雨は段々と強くなり、冷たくなっていくヨルの身体に容赦なく降り注いだ。
「ロム、スズメは無事か・・・・・・?」
「な、にを・・・・・・」
「俺はちゃんとスズメを守れたか・・・・・・?」
もう目が見えないのだろう。虚ろな瞳でヨルは尋ねる。こんな時くらい自分の心配をしたら良いのに。いつもいつもヨルは他人の心配ばかりしている。それが腹立たしくて仕方なかった。ずっと訓練学校の時から嫌いだったのだ。
要領が悪くて強い訳でも無いのに他人を気遣って自分の身を削って。それで良かったって能天気に笑っている。そんなところが昔から大嫌いだったのだ。
けれど憧れてもいた。人の輪の中で笑うヨルはいつも輝いて見えたから。だからこいつは最期まで笑っていなきゃいけない。
ロムはヨルの質問に答えるためスズメの様子を確認した。
しかし。
小さな身体は既に息絶えていた。
ヨルの腕の中で苦しげに顔を歪めたまま。ヨルと同じく大量の血を流しながら。
こんな結末があっていいのだろうか。
スズメが死んだらヨルの行動は全くの無駄になってしまう。ヨルが命懸けで守ったならば、絶対生きていなければならないのに。
「なぁ、どうなんだ? スズメは無事か・・・・・・?」
答えを急かすヨルにロムは一瞬言葉を詰まらせる。言える訳がない。こんな残酷なこと。スズメは死んでいる。君は犬死にだなんて。
「さっきから全然動かないんだ・・・・・・でも大丈夫だよな・・・・・・?」
ロムは咄嗟に笑顔を作った。そんなことをしてもヨルには見えていないと理解しながらも下手くそな笑みを貼り付けてヨルの手を握る。
「あぁ、生きてるよ。君が守ったおかげでちゃんと生きてる。今はショックで意識を失ってるみたいだ」
「そっか・・・・・・よかった・・・・・・」
ヨルはもう一度「よかった」と呟いて安らかに笑った。そしてふーっと長く息を吐き出すと、そのまま動かなくなった。
握っていた手から完全に力が抜ける。
ああ逝ってしまった。
ここまでずっと一緒に戦ってきた仲間を、永遠に失ってしまった。そう理解するや否や、ロムはヨルとスズメを貫いている光の矢に手を掛けた。そして思い切り力を入れる。
―――ズ、ズズ・・・・・・
内臓を掻き分ける不快な音を立てながら矢が抜けていく。
トコヤミ達はこちらを見物して楽しんでいるようだった。此方を攻撃してこないのは助かるが、人の死を嘲笑する姿に反吐が出る。しかし今は気にしていられない。やるべき事がある。使命とでも呼ぶべきものが。
ロムは更に手に力を込めて思い切り矢を引き抜く。最後にずるりと矢尻の部分がヨルの背中から抜けて、二人の身体は水浸しの地面に投げ出された。傷口が広がった事でどっと血が溢れ出す。ぬるりとした感触と鉄臭い匂いに顔を顰めながらも、ロムはスズメの身体をヨルの下から引っ張り出した。
まずはマントを切り裂き止血点にきつく巻き付ける。そして気道を確保すると、人工呼吸と心臓マッサージを開始した。やり方が合っているかも分からない。それでもがむしゃらに華奢なスズメの胸を何度も何度も押し込む。
「生きろ、スズメ!」
戻ってこいと必死に心で念じて。大雨の中、ロムは幾度もスズメの名を呼んだ。
「そんな事しても、もう死んでいますわ」
「うるさい、黙ってろ!」
トコヤミのうんざりした声にロムは怒鳴る。
「こいつだけは生きてなきゃいけないんだ! ヨルが命懸けで守ったんだから!」
何としてでも生かす。生かしてみせる。
「戻れ! 生きろよ!」
躍起になって手を動かしていると、不意にスズメの身体がビクンと跳ねた。
「か、はっ・・・・・・」
「スズメ!」
やった。戻ってきた。ロムの能力は死人には使えない。けれどこれなら。今の状況なら助けられる・・・・・・!
ロムは急いでスズメの胸元に手を翳した。青白い光がスズメの身体を包み込む。光の中でスズメの痛々しい傷はみるみるうちに癒えて、青白かった頬が赤味を取り戻す。
成功だ。ヨルが守ろうとした命を助けられた。
ロムがほっと胸を撫で下ろしたのと、鴉族の私兵団員たちが武器を構え直すのはほぼ同時だった。
「なんてしぶといネズミなのかしら! もう一度丁寧に殺して差し上げますわ!」
「それは無理だと思うよ」
「はぁ?・・・・・・っ!?」
その瞬間、トコヤミの身体を真っ赤な炎が包み込んだ。
「きゃあああああああ!」
「お嬢様!」
堪らず倒れ込むトコヤミを私兵団員数人が抱え上げる。
髪やドレス、装飾品が燃える異臭が立ち込める中、ロムは後ろを振り返った。
「助かったよ」
「間に合って良かったです! 隊長!」
呼んでおいた自警団員が次々と到着し、鴉族の私兵団を取り囲む。『裁判官』の称号を持つ部下の能力により燃やされたトコヤミはふらふらとした足取りで忌々しげにこちらを見た。
「どうして自警団員がこんなにたくさん・・・・・・」
「君のお父上に依頼されてね。娘を止めて欲しいと。それでヨルも僕も準備を進めていたんだ」
「お父様が!? でも計画日変更の件は漏れていなかったはず・・・・・・」
だってそこの子供が話す前に殺したんだもの、と続けたトコヤミはハッと顔を上げた。
「まさかもう自警団に話した後だったの・・・・・・?」
「そのまさかさ。ここに自警団員を呼んだのは僕だけどね」
そう言うとロムは静かに立ち上がった。
「さぁ始めようか」
視界の端には倒れているヨルの姿。そっちがその気ならやってやる。
「お望みの戦争だ」
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団長から指示を受けてヨルとスズメを迎えに来た。ただそれだけの筈だった。
しかしロムの目の前には信じられない光景が広がっている。光る矢に刺し貫かれ倒れているヨルとスズメ。その近くには鴉族の私兵団、そしてトコヤミの姿があった。
場所は自警団駐屯地に程近い大通り。
ヨルの周りにはじわじわと血が広がり、その身体はピクリとも動かない。
(なんだ・・・・・・これは・・・・・・)
ロムが数秒呆けている間に、空からぽつりぽつりと雨が降り出す。
「あら、もう一人来たのね。お兄様を援護しに来たのかしら」
トコヤミがこちらに気付いて微笑む。自分の兄が倒れていることなど気にも留めないというように。
「僕は・・・・・・迎えに来たんだ。二人を」
「それは残念でしたわね。たった今二人とも殺してしまったところですのよ?」
ふらふらと二人に近寄ると、光の矢はヨルとスズメの二人ともの身体を貫き、矢尻が地面に突き刺さっていた。ヨルはスズメを守ろうとしたのだろう。スズメを包み込むように覆い被さっている。
しゃがみ込んで恐る恐るヨルの肩を揺さぶると、
「ゔ・・・・・・ロム・・・・・・?」
「ヨル!」
ヨルが薄らと目を開いた。
まだ息がある。良かった。そう安堵しかけた。
しかしヨルの負っている怪我と出血量、顔の青白さと不規則な呼吸―――その全てがもう取り返しがつかないことを示していた。ヨルはもう駄目だ。死んでしまう。ここに来る前に医療班と戦闘員は呼んでおいたが、きっと今すぐ治療したとしても間に合わないだろう。
せめてロムの能力がヨルに使えたなら良かった。ロムの持つ『聖職者』の能力なら、どんなに酷い怪我で死に掛けていたとしても癒しの力で治せるのに。しかし幾ら願ってもそれは叶わない。だってロムの能力は一人につき一回しか使えないのだ。たったの一回。そしてヨルの一回目は訓練学校時代、ヨルが大怪我を負った時に使ってしまっている。
「一回しか駄目なんだって言ってるだろうが、この馬鹿・・・・・・っ!」
ロムは悔しさで地面に拳を打ち付けた。パシャリと雨と血が混ざった赤い液体が音を立てる。雨は段々と強くなり、冷たくなっていくヨルの身体に容赦なく降り注いだ。
「ロム、スズメは無事か・・・・・・?」
「な、にを・・・・・・」
「俺はちゃんとスズメを守れたか・・・・・・?」
もう目が見えないのだろう。虚ろな瞳でヨルは尋ねる。こんな時くらい自分の心配をしたら良いのに。いつもいつもヨルは他人の心配ばかりしている。それが腹立たしくて仕方なかった。ずっと訓練学校の時から嫌いだったのだ。
要領が悪くて強い訳でも無いのに他人を気遣って自分の身を削って。それで良かったって能天気に笑っている。そんなところが昔から大嫌いだったのだ。
けれど憧れてもいた。人の輪の中で笑うヨルはいつも輝いて見えたから。だからこいつは最期まで笑っていなきゃいけない。
ロムはヨルの質問に答えるためスズメの様子を確認した。
しかし。
小さな身体は既に息絶えていた。
ヨルの腕の中で苦しげに顔を歪めたまま。ヨルと同じく大量の血を流しながら。
こんな結末があっていいのだろうか。
スズメが死んだらヨルの行動は全くの無駄になってしまう。ヨルが命懸けで守ったならば、絶対生きていなければならないのに。
「なぁ、どうなんだ? スズメは無事か・・・・・・?」
答えを急かすヨルにロムは一瞬言葉を詰まらせる。言える訳がない。こんな残酷なこと。スズメは死んでいる。君は犬死にだなんて。
「さっきから全然動かないんだ・・・・・・でも大丈夫だよな・・・・・・?」
ロムは咄嗟に笑顔を作った。そんなことをしてもヨルには見えていないと理解しながらも下手くそな笑みを貼り付けてヨルの手を握る。
「あぁ、生きてるよ。君が守ったおかげでちゃんと生きてる。今はショックで意識を失ってるみたいだ」
「そっか・・・・・・よかった・・・・・・」
ヨルはもう一度「よかった」と呟いて安らかに笑った。そしてふーっと長く息を吐き出すと、そのまま動かなくなった。
握っていた手から完全に力が抜ける。
ああ逝ってしまった。
ここまでずっと一緒に戦ってきた仲間を、永遠に失ってしまった。そう理解するや否や、ロムはヨルとスズメを貫いている光の矢に手を掛けた。そして思い切り力を入れる。
―――ズ、ズズ・・・・・・
内臓を掻き分ける不快な音を立てながら矢が抜けていく。
トコヤミ達はこちらを見物して楽しんでいるようだった。此方を攻撃してこないのは助かるが、人の死を嘲笑する姿に反吐が出る。しかし今は気にしていられない。やるべき事がある。使命とでも呼ぶべきものが。
ロムは更に手に力を込めて思い切り矢を引き抜く。最後にずるりと矢尻の部分がヨルの背中から抜けて、二人の身体は水浸しの地面に投げ出された。傷口が広がった事でどっと血が溢れ出す。ぬるりとした感触と鉄臭い匂いに顔を顰めながらも、ロムはスズメの身体をヨルの下から引っ張り出した。
まずはマントを切り裂き止血点にきつく巻き付ける。そして気道を確保すると、人工呼吸と心臓マッサージを開始した。やり方が合っているかも分からない。それでもがむしゃらに華奢なスズメの胸を何度も何度も押し込む。
「生きろ、スズメ!」
戻ってこいと必死に心で念じて。大雨の中、ロムは幾度もスズメの名を呼んだ。
「そんな事しても、もう死んでいますわ」
「うるさい、黙ってろ!」
トコヤミのうんざりした声にロムは怒鳴る。
「こいつだけは生きてなきゃいけないんだ! ヨルが命懸けで守ったんだから!」
何としてでも生かす。生かしてみせる。
「戻れ! 生きろよ!」
躍起になって手を動かしていると、不意にスズメの身体がビクンと跳ねた。
「か、はっ・・・・・・」
「スズメ!」
やった。戻ってきた。ロムの能力は死人には使えない。けれどこれなら。今の状況なら助けられる・・・・・・!
ロムは急いでスズメの胸元に手を翳した。青白い光がスズメの身体を包み込む。光の中でスズメの痛々しい傷はみるみるうちに癒えて、青白かった頬が赤味を取り戻す。
成功だ。ヨルが守ろうとした命を助けられた。
ロムがほっと胸を撫で下ろしたのと、鴉族の私兵団員たちが武器を構え直すのはほぼ同時だった。
「なんてしぶといネズミなのかしら! もう一度丁寧に殺して差し上げますわ!」
「それは無理だと思うよ」
「はぁ?・・・・・・っ!?」
その瞬間、トコヤミの身体を真っ赤な炎が包み込んだ。
「きゃあああああああ!」
「お嬢様!」
堪らず倒れ込むトコヤミを私兵団員数人が抱え上げる。
髪やドレス、装飾品が燃える異臭が立ち込める中、ロムは後ろを振り返った。
「助かったよ」
「間に合って良かったです! 隊長!」
呼んでおいた自警団員が次々と到着し、鴉族の私兵団を取り囲む。『裁判官』の称号を持つ部下の能力により燃やされたトコヤミはふらふらとした足取りで忌々しげにこちらを見た。
「どうして自警団員がこんなにたくさん・・・・・・」
「君のお父上に依頼されてね。娘を止めて欲しいと。それでヨルも僕も準備を進めていたんだ」
「お父様が!? でも計画日変更の件は漏れていなかったはず・・・・・・」
だってそこの子供が話す前に殺したんだもの、と続けたトコヤミはハッと顔を上げた。
「まさかもう自警団に話した後だったの・・・・・・?」
「そのまさかさ。ここに自警団員を呼んだのは僕だけどね」
そう言うとロムは静かに立ち上がった。
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