『庭師』の称号

うつみきいろ

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序章、第一話

正しいことにだけ力を使え

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「よくやったなぁスズメ!」

 ヨルはスズメが座学のテストで満点を取り、さらには実技で大活躍したのを聞いて、自分のことのように喜んだ。

お祝いだと見晴らしのいいレストランに連れて来られたスズメは少しだけ恐縮する。何せこの地域ではなかなかに名の通った名店だ。盗みにやってきたことはあるけれど、客として来るなんて初めてのことだった。

 けれどヨルに祝ってもらえるのは純粋に嬉しい。スズメは照れ臭さに頬を紅潮させながら、大切にしまっていた答案用紙をヨルに手渡した。

「なかなか難しい問題も解けているじゃないか! 凄いよ」
「二問目は難しかったけれど、ヨルに教えてもらったところだから解けたんだ」
「そうかそうか」

 ヨルは笑顔で乾杯しようとグラスを差し出した。スズメもそれに倣ってグラスを持ち上げる。

「スズメの更なる活躍を祈って」

 カチンと軽くグラスをぶつけてジュースを口に含む。ベリーの甘酸っぱさが口一杯に広がった。

「ヨルも俺と同じジュースでよかったのか? 酒を頼んでもよかったのに」
「飲まないようにしているんだ。自警団員としていつでも出動できるように」
「そっか」
「それより今日はたくさん食べろよ! 心配すんな、全部俺の奢りだ! 何せお祝いだからな!」

 そう言いながらヨルは店員を呼んだ。おすすめの料理があると言うので注文は全てヨルに任せる。あれこれとたくさん頼んでいるが食べ切れるだろうか。
そんなことを思いつつふと店員の顔を見ると、店員がもの凄い形相で此方を睨んでいた。
ビクンと身体が跳ねる。
知っている。自分は何度かこの男に会っている。

 まだアウトサイドに住んでいた頃、このレストランで散々スリの仕事をしてこの男に追いかけられた。摘み出されるかとも思ったが、ヨルの手前手を出されることはなかった。店員は注文を復唱すると、何事もなかったかのように去っていく。
 ひやりと嫌な汗が背中を伝い、後悔や恐怖に取り憑かれる。

「・・・・・・どうした、スズメ?」
「俺、やっぱり帰りたい」
「え、なんでだよ?」
「俺はここにいたらいけないんだ」

 震えながら言うと、ヨルはゆっくりでいいから話せと促してきた。

「昔・・・・・・アウトサイドにいた時、ここで何度もスリをした。金持ちがよく来る店だから成功すればかなりの稼ぎになったんだ。でも流石に何度もやれば気付かれる。さっきの店員にも何回も追いかけられたことがあるんだ」
「そうか」
「俺、あの時は何とも思っていなかった。生きていくためには仕様がないって。仲間達を食わせていくのにも必死だったし・・・・・・俺たちが悪さをするのはこんな世の中のせいだって思ってた」

 生きるために盗む。それ以外の生き方を知らなかった。

「でも、でもさ。今は違うんだ。俺の行動一つで仲間たちの運命も変わっちまう。俺は訓練生として正しくないといけなくて・・・・・・今までのことも反省しなきゃいけなくて」

 本来なら牢屋にぶち込まれるところを全部免除されて、幸せを享受している。それはやはり正しいこととは言えない。少なくとも被害者たちにとっては。
 自分は本来大腕を振って歩ける立場ではないのだ。

「・・・・・・そうだな。でも反省することと、ずっと下を向いて生きていくことは違うぞ」
「え?」
「胸を張って料理を味わえ! そんで強くなって早く自警団員になれ。お前は今まで悪さしてきた分、街を守ることでそれを精算していくんだ」

 ヨルは真っ直ぐスズメの目を見て言った。

「清算・・・・・・」
「そうだ。俺はな、スズメ。今回お前が活躍して凄く嬉しかった。何より嫌な奴をわざわざ助けたのが誇らしいよ。なかなか出来ることじゃない」

 暴力で解決するのではなく、善行で返してみせた。その行動こそが尊いのだとヨルは言う。

「正しいことにだけ力を使え。それがお前に出来る唯一のことだ」

 ポンと肩を叩かれてスズメは泣きそうになった。
 ヨルの言葉はいつもあたたかい。

「さぁ気を取り直して、お祝いの続きだ!」

 この話はもう終わりとばかりに破顔してヨルはスズメのグラスにジュースを注ぎ足す。その時だった。

「君たち何やってんの?」

 後ろから唐突に声を掛けられて驚いて声のした方を見上げる。

「あ! ロム!」
「陰険白髪野郎!」

 スズメとヨルの声が揃う。

「なんだ、スズメ。ロムと知り合いだったのか?」
「ヨルこそ!」

 まさかヨルがこの白髪の自警団隊長と知り合いだったなんて。名前で呼んでいるということはかなり親しいのだろうか。見た目には性格が合うようにはとてもみえないが。

「前に言ったでしょ。アウトサイドから人員を一人引き抜いたって」
「それがスズメのことだったのか! 全然気付かなかった」

 ロムと呼ばれた白髪の男は隣の席の椅子を持って来ると、ヨルとスズメの間に座った。

「ヨルの方はどうなの。もしかして最近面倒見てる訓練生っていうのが彼?」
「そうそう、こいつ凄いんだぜ! 見ろよこれ! テストは満点、実技でも大活躍だったんだ!」
「それはそれは」

 何となしに嫌味な笑みを向けられてスズメはむっとする。

「やっぱり僕の目に狂いは無かった訳だ」
「・・・・・・ヨルの勉強の教え方が上手いんだ」
「嬉しいこと言ってくれるな! でもこの結果はスズメが頑張ったからだぞ」

 ヨルはロムとスズメの微妙な距離感には気付かずに、店員にもう一つグラスを持ってきてもらって「もう一度三人で乾杯しよう!」と笑う。

「乾杯?」
「今日はスズメの頑張りをお祝いしにきたんだ。お前も褒めてやってくれ!」

 ヨルが促してロムはグラスを持ち上げた。カツンと三つのグラスがぶつかる。スズメは不機嫌を隠さずにグラスの中身を一気に飲み干した。顔にはヨルと二人がよかったのにとでかでかと書いている。

「そうむくれられてもこっちも仕事なんでね」
「仕事?」
「食事が終わったら任務に行くぞ、ヨル。上からの呼び出しだ」

 ロムはヨルに向かって軽く任務内容を説明した。ヨルは真剣な表情でそれを聞いている。流石にこの話には入っていけない。スズメは無言で運ばれてきた食事に手を付けた。暫くそうしているとヨルが一言「わかった」と言ってスズメの方に向き直る。

「悪かったな、放ったらかしで」
「別に・・・・・・」
「話に入りたかったら早く訓練学校を卒業するんだね。君には大いに期待してるよ?『庭師』の称号なんてきいたことがない。珍しいからね」

 さてどんな活躍をみせてくれるか楽しみだ、なんて言いながらロムは目の前の肉を頬張る。

「あっ、それ俺の!」
「早い者勝ちだよ」

 わあわあと騒ぎながら食事は進む。
 結局その後は三人で夕食を楽しんで、任務に向かうのだというロムとヨルを見送り、スズメは教会に向かって歩き始めたのだった。
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