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序章、第一話
この僕を攻撃したんだ。それ相応の償いをしてもらわなくちゃね
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◆序章◆
荒廃し、汚染された世界。度重なる自然破壊と戦争の後に人間は絶滅しかけていた。
まだ息のある者は腐っていく身体を機械に繋ぎ何とか命を繋ぎ止めている。一人、また一人と倒れる中、最後に残った一人は真っ白な研究室の中で誰に言うともなく呟いた。
「やっと、成功した」
その言葉は男の最期の言葉となった。
―――それから長い月日が流れた。
木々が再び生い茂り、大気中の汚染物質を吸収する。地層は隆起と沈降を繰り返し、海から新たな島が現れる。壊された自然が少しずつ回復していく。
そして人類が滅んでから二十万年経ったある日、ついに新たな知的生命体が生まれた。
彼らは『鳥人』と呼ばれ、見た目は人間とほぼ同じ。言葉を操り、森を切り拓いて文明を発展させ、かつての人類と同じように暮らしている。人間と違うのは、一部の鳥人が特別な力を持っていることだった。
力を持つものは『称号持ち』と呼ばれていた。ある者は人の傷を癒やし、またある者は何トンもの岩を軽々と持ち上げてみせる。能力の種類は無数にあるがいずれにしても力を持つ者は持たない者から一目置かれる存在だった。
◆第一章◆
「待て、泥棒ー!」
恰幅の良い男が汗をかきながら此方に向かって走ってくる。
気付かれたかと鳥人の少年スズメは顔を顰めて一目散にその場から逃げ出した。一つに結えた茶髪は毛先にいくほど黒味がかり、ピンと上に跳ね上がっていて、走る度ぴょこぴょこと揺れる。琥珀色の目は真っ直ぐ逃げ道だけを見詰めた。手には先程男から掠め取った財布と腕時計。財布は男と同じようにでっぷりと太っているし、腕時計は純金の上物だ。ここで捕まる訳にはいかない。質屋に持っていけば、当分生活に困ることもないとなれば、自然と足も軽くなる。
スズメは大きな柵を難なく乗り越えると、この地区のスラム街、アウトサイドエリアへと降り立った。
「ス、スズメ!」
「下針! 見ろよ、今日は豊作だ!」
「そんな場合じゃない! 自警団員達がみんなを・・・・・・っ!」
焦った様子の仲間が事情を伝えようと口を開いた時だった。
頭上から大きな影が現れ、不機嫌そうな声が降る。
「君がこいつらのリーダーか」
自警団の制服、それも上官であることを示す長いマントを羽織った男が此方を見下ろしていた。
あまりにも温度の無い目。
(捕まるっ!)
スズメは咄嗟にポケットに手を突っ込み、取り出した物を男に投げ付けた。
「宿木よ、生い茂れ!」
投げたのは宿木の種。スズメの掛け声と共に一気に成長した宿木は男の身体を包み、地面に根付いた。
「た、隊長!?」
「今だ! 皆逃げろ!」
予想外の出来事に焦る自警団員達の一瞬の隙をつき、皆蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。一人残らず逃げたのを見届けて、スズメも子供しか通れない抜け道からアウトサイドの更に奥へと駆け込んだ。
◆
「隊長!」
「大丈夫だよ」
隊長と呼ばれた男は子供に一杯食わされたなと溜め息を吐きながら、身体に巻き付いた植物をぶちぶちと引き千切る。
「あの少年・・・・・・」
「あぁ、称号持ちだね。驚いたよ」
男は部下の言葉に頷くと即座に命令した。
「さっきの少年を探して。少年が難しければその仲間でもいい。僕の前に連れて来て」
「承知致しました・・・・・・しかしどうするおつもりで?」
「自警団に引き入れる」
「は!?」
「心配しないでよ。いきなり入団させる気はない。まずは訓練学校に放り込む」
上官の男はにやりと口角を吊り上げた。
「この僕を攻撃したんだ。それ相応の償いをしてもらわなくちゃね」
◆
「スズメ!」
「下針! 良かった、お前も無事だったんだな」
アウトサイドにある隠れ家の一つでスズメは仲間達と合流した。みんな怪我も無く元気そうにしている。良かったと胸を撫で下ろしかけて、何かがおかしい事に気付いた。みんなの表情が暗い。
「どうした?」
スズメは仲間内でナンバーツーにあたる下針に問い掛けた。灰色の髪の下に隠された紅の目は不安に揺れている。
「ホタルがまだ帰ってきてなくて・・・・・・」
「えっ!」
驚いて周りを見渡せば確かに一人足りない。
「ま、まさか自警団に捕まったんじゃ・・・・・・」
仲間の一人が震えながら言うと、全員押し黙った。逃げ出したのはスズメが最後。
敵を撹乱するのにあちこち走り回って日も傾いている。そのスズメより戻るのが遅いとなれば、何かトラブルに巻き込まれている可能性が高い。
「・・・・・・もう一度探してくる」
「スズメ、危ないよ! まだ自警団の奴ら、私たちを探しているみたいなんだ」
「大丈夫。俺には『庭師』の称号の力があるし」
仲間のこと放っておけねぇだろと苦笑すれば、下針はくしゃりと顔を歪めた。
「ほらこれ。今日の収穫」
スズメは内ポケットから盗んできた財布と時計を取り出すと、下針に手渡す。
「暫くはこれで凌げる筈だ。もし俺も戻らなかったら後のことは頼むぞ」
言外にだからお前はついてくるなと滲ませて、スズメは踵を返す。
「縁起でも無いこと言わないで! 私たちのリーダーはスズメにしかつとまらないんだから! 絶対無事で帰って来てよ!」
背中にかけられる言葉に軽く手を振ってスズメはもう一度外へ飛び出した。
◆
「やぁ、こんばんは」
隠れ家を出てすぐの路地の暗がり。
普段なら立ち入る者などいないその場所から一人の男が現れた。真っ白な短髪に碧い目、ひょろりと華奢な身体。自警団の制服。
見覚えがある。スズメが宿木で足止めしたあのマントの男だ。
「あ、あんたは!」
叫びながらスズメはこの危機をどう乗り越えるか頭をフル回転させていた。自警団に隠れ家の場所を知られている。中には仲間たちがいるのにまた振り出しに戻ってしまった。しかし悲観している暇はない。仲間に危険を知らせなければ。
「ホタルをどこにやったんだよ!」
わざと大きな声を出して、隠れ家の中の仲間に自警団の存在を知らせる。しかし向こうも馬鹿ではない。何処からかぞろぞろと集まってきた団員に隠れ家はあっという間に囲まれた。
「安心して。彼は無事だ」
「言葉だけじゃ信用出来ない」
「本当に返して欲しいの?」
『自分が助かる為にアジトの場所を僕達に教えたかもしれないのに?』と男は首を傾げた。スズメは男の放った言葉を侮辱と受け取った。確かに彼らがどうやってこの場所を探し当てたのかは気になるが、ホタルが場所を教えたなんてあり得ない。固い絆で結ばれた自分たちには裏切りなど存在しない。
「あいつはそんなことしない」
「大した自信だなぁ。でもまぁそうだね・・・・・・正解だよ。尋ねてみたけど決して口は割らなかった。この場所は僕の部下が見つけてきたのさ」
「乱暴なことしてないだろうな」
「まさか! 彼には指一本触れてないよ。でもまぁ長時間の尋問に疲弊してはいるかな」
「てめぇ!」
きつく目の前の男を睨み付けると、どうどうと馬を落ち着かせるかのように両手で制される。
「気性が荒いなぁ。たった一人で僕達に歯向かうつもりでいるのか。でも見方を変えれば仲間を守るための自己犠牲ともとれる。そんな君だから仲間から慕われているんだね。良いことだ」
男は隣に控えていた部下に何かを囁いた後、スズメに向かって、
「取り引きをしよう」
と持ち掛けた。
「取り引き?」
「君が自警団に加わるなら、仲間の安全は保証する。今までの盗みの罪も問わない」
「は!?」
「それだけじゃない。自警団の運営する施設で全員の衣食住と簡単な教育を与えよう」
悪い話じゃないだろうと男がにやりと笑ったのと、仲間のホタルが奥から連れて来られたのは同時だった。
「ホタル!」
見慣れた黒髪に黄金の目。確かに仲間のホタルだ。自分より何倍も大きな男に挟まれて酷く怯えている。その様子にカッと頭に血が上った。
「何をした!」
「さっきも言っただろう? 何もしてないさ。怪我もない。勝手に怯えているだけ」
大きな大人二人に取り押さえられ、逃げ出せないでいる仲間をみてスズメは唇を噛み締めた。
「君が頷けば全て上手くいく。さて、どうする?」
「俺が自警団に入るだけでみんなハッピー? そんなの信じられるかよ。一体どういう魂胆だ」
「向いているからさ」
「は?」
「君が自警団員に向いているから」
僕の目に狂いは無いと豪語されて少し戸惑った。みんなのリーダーとしてどうすべきか心が揺らぐ。
「それとも全員ここで捕まる? 小さなギャングの親玉さん」
男は畳み掛けるようにスズメを見下して言った。
確かに男の言う通り、実際のところ実力差は明らかで勝ち目なんて無い。向こうは大人で訓練も受けている自警団、此方は年端もいかない子供だけで形成されたスリの集団だ。掠め取ったり逃げたりするのは得意でも、こうして取り押さえられてしまうとどうにも出来ない。
唯一戦えるのは称号持ちのスズメだけだが、仲間を危険に晒すのは目に見えている。
「・・・・・・分かった」
「なぁに? 聞こえない」
「分かったって言ってんだ! 自警団でも何でもやってやる! 仲間達を解放してくれ!」
もうどうにでもなれと叫んだ瞬間、ホタルの拘束が解ける。ホタルは急いで此方の方に走ってきて自警団達を睨み付けた。
「正しい判断だね。じゃあ取り敢えずみんな僕らについてきて。悪いようにはしないからさ」
男は隠れ家の中にいる仲間も引き連れてついてくるように言うと、傍にあった木箱にどっかりと腰を下ろした。
何も出来ないのが悔しくて歯を食い縛るが、ここは相手の言う通りにするしかない。
スズメは仕方なくホタルを連れて隠れ家の入り口を潜った。
◆
連れて来られたのは小さな教会だった。宿舎があり、勉強する為にと建てられた小さな荒屋もある。
「自警団が資金を出して運営している施設だよ。身寄りのない子供を引き取って育てている」
マントの男の言葉に仲間達が騒つく。
「ねぇ、スズメ!」
「下針・・・・・・」
「本当に良さげな施設に連れて来られちゃったよ! あのマントの人の話本当なのかな」
右隣を歩く下針は不安半分、期待半分といった様子で周りには聞こえないよう囁く。
灰色の短髪が月夜に照らされて輝き、赤い目がゆらゆらと揺れていた。普段は男と間違えられるほど度胸がある女なのに、今回ばかりは勝手が違うらしい。
一方でホタルはといえば思い切り顔を顰めている。元々は口数が少なく、表情も余り動かない男なのに珍しい。黒髪に半分ほど隠された眉間にはしっかりと皺が寄っていた。黄金の目は怒りに燃えていて、熱気が此方まで伝わってきそうだ。
「喜ぶなよ、下針。スズメの自由と引き換えなんだぞ」
「それは・・・・・・そうだけど・・・・・・」
「俺たちは今までずっとリーダーのスズメに縋って生きてきた。そして今日からはスズメの将来も食い潰すんだ」
ホタルは何も出来ないことが悔しいのか、血が出るほど強く拳を握った。
「そう悲観するなよ。自警団に入るのだって悪くはないさ」
「スズメ・・・・・・」
「孤児の俺たちが真っ当な職につけるかもしれねぇんだ。だからもうそんな怒るなよ」
安心させるように微笑めば、ホタルは僅かに身体の力を抜いた。
教会の扉が開かれる。
昨日までは知らなかった未来が始まろうとしていた。
◆
「おい、聞いたかよ? 今日アウトサイド出身の奴が入学してくるらしいぜ」
「聞いた聞いた。アウトサイドって要するにスラム街だろ? よく入学出来たよなぁ。しかも『庭師』の称号なんて」
「植物育てる能力だろ。お野菜育てるくらいしか出来ねぇんじゃねぇの?」
教室に入る前からそんな下卑た言葉と笑い声が聞こえてきて、スズメははぁっと深く溜め息を吐いた。
(面倒くせぇ・・・・・・)
恐らくは自分に向けられた言葉に入学初日から苦労しそうな予感が走る。悪口ぐらいなら聞き流せば良いが、嫌がらせをされたらどうするべきだろうか。相手をボコボコに殴り倒してもいいのか。駄目なんだろうな。面倒臭い。
けれど此処で投げ出す訳にはいかない。何しろスズメの両肩にはアウトサイドで一緒に育った総勢十二人の仲間の生活が掛かっている。自警団訓練学校。スズメがこの学校に通い、自警団に加われば仲間の衣食住が保障されるのだ。
今頃仲間たちは朝食を摂っているところだろうか。教会での待遇は思ったよりも良くて、あたたかなスープとパン、少し硬いが清潔なシーツの敷かれたベッド、どこにも汚れがない真新しい服に、風呂の準備までされていた。どうしてここまでしてくれるのかとあの自警団のマント男に詰め寄ってみれば、お前が自警団員に向いているからだと先日と変わらない答えが返ってくる。これには困り果てた。
結局はスズメ含め仲間全員は厚遇をただ享受する羽目になっている。
自警団の隊長だというあのマント男が約束を違えないなら、こちらもそれに応えなくてはならない。面倒だが、嫌味を言ってくる輩は無視をして役目を全うするのが筋だ。
スズメはもう一度溜め息を吐いて、やけに重たい扉を開いた。
荒廃し、汚染された世界。度重なる自然破壊と戦争の後に人間は絶滅しかけていた。
まだ息のある者は腐っていく身体を機械に繋ぎ何とか命を繋ぎ止めている。一人、また一人と倒れる中、最後に残った一人は真っ白な研究室の中で誰に言うともなく呟いた。
「やっと、成功した」
その言葉は男の最期の言葉となった。
―――それから長い月日が流れた。
木々が再び生い茂り、大気中の汚染物質を吸収する。地層は隆起と沈降を繰り返し、海から新たな島が現れる。壊された自然が少しずつ回復していく。
そして人類が滅んでから二十万年経ったある日、ついに新たな知的生命体が生まれた。
彼らは『鳥人』と呼ばれ、見た目は人間とほぼ同じ。言葉を操り、森を切り拓いて文明を発展させ、かつての人類と同じように暮らしている。人間と違うのは、一部の鳥人が特別な力を持っていることだった。
力を持つものは『称号持ち』と呼ばれていた。ある者は人の傷を癒やし、またある者は何トンもの岩を軽々と持ち上げてみせる。能力の種類は無数にあるがいずれにしても力を持つ者は持たない者から一目置かれる存在だった。
◆第一章◆
「待て、泥棒ー!」
恰幅の良い男が汗をかきながら此方に向かって走ってくる。
気付かれたかと鳥人の少年スズメは顔を顰めて一目散にその場から逃げ出した。一つに結えた茶髪は毛先にいくほど黒味がかり、ピンと上に跳ね上がっていて、走る度ぴょこぴょこと揺れる。琥珀色の目は真っ直ぐ逃げ道だけを見詰めた。手には先程男から掠め取った財布と腕時計。財布は男と同じようにでっぷりと太っているし、腕時計は純金の上物だ。ここで捕まる訳にはいかない。質屋に持っていけば、当分生活に困ることもないとなれば、自然と足も軽くなる。
スズメは大きな柵を難なく乗り越えると、この地区のスラム街、アウトサイドエリアへと降り立った。
「ス、スズメ!」
「下針! 見ろよ、今日は豊作だ!」
「そんな場合じゃない! 自警団員達がみんなを・・・・・・っ!」
焦った様子の仲間が事情を伝えようと口を開いた時だった。
頭上から大きな影が現れ、不機嫌そうな声が降る。
「君がこいつらのリーダーか」
自警団の制服、それも上官であることを示す長いマントを羽織った男が此方を見下ろしていた。
あまりにも温度の無い目。
(捕まるっ!)
スズメは咄嗟にポケットに手を突っ込み、取り出した物を男に投げ付けた。
「宿木よ、生い茂れ!」
投げたのは宿木の種。スズメの掛け声と共に一気に成長した宿木は男の身体を包み、地面に根付いた。
「た、隊長!?」
「今だ! 皆逃げろ!」
予想外の出来事に焦る自警団員達の一瞬の隙をつき、皆蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。一人残らず逃げたのを見届けて、スズメも子供しか通れない抜け道からアウトサイドの更に奥へと駆け込んだ。
◆
「隊長!」
「大丈夫だよ」
隊長と呼ばれた男は子供に一杯食わされたなと溜め息を吐きながら、身体に巻き付いた植物をぶちぶちと引き千切る。
「あの少年・・・・・・」
「あぁ、称号持ちだね。驚いたよ」
男は部下の言葉に頷くと即座に命令した。
「さっきの少年を探して。少年が難しければその仲間でもいい。僕の前に連れて来て」
「承知致しました・・・・・・しかしどうするおつもりで?」
「自警団に引き入れる」
「は!?」
「心配しないでよ。いきなり入団させる気はない。まずは訓練学校に放り込む」
上官の男はにやりと口角を吊り上げた。
「この僕を攻撃したんだ。それ相応の償いをしてもらわなくちゃね」
◆
「スズメ!」
「下針! 良かった、お前も無事だったんだな」
アウトサイドにある隠れ家の一つでスズメは仲間達と合流した。みんな怪我も無く元気そうにしている。良かったと胸を撫で下ろしかけて、何かがおかしい事に気付いた。みんなの表情が暗い。
「どうした?」
スズメは仲間内でナンバーツーにあたる下針に問い掛けた。灰色の髪の下に隠された紅の目は不安に揺れている。
「ホタルがまだ帰ってきてなくて・・・・・・」
「えっ!」
驚いて周りを見渡せば確かに一人足りない。
「ま、まさか自警団に捕まったんじゃ・・・・・・」
仲間の一人が震えながら言うと、全員押し黙った。逃げ出したのはスズメが最後。
敵を撹乱するのにあちこち走り回って日も傾いている。そのスズメより戻るのが遅いとなれば、何かトラブルに巻き込まれている可能性が高い。
「・・・・・・もう一度探してくる」
「スズメ、危ないよ! まだ自警団の奴ら、私たちを探しているみたいなんだ」
「大丈夫。俺には『庭師』の称号の力があるし」
仲間のこと放っておけねぇだろと苦笑すれば、下針はくしゃりと顔を歪めた。
「ほらこれ。今日の収穫」
スズメは内ポケットから盗んできた財布と時計を取り出すと、下針に手渡す。
「暫くはこれで凌げる筈だ。もし俺も戻らなかったら後のことは頼むぞ」
言外にだからお前はついてくるなと滲ませて、スズメは踵を返す。
「縁起でも無いこと言わないで! 私たちのリーダーはスズメにしかつとまらないんだから! 絶対無事で帰って来てよ!」
背中にかけられる言葉に軽く手を振ってスズメはもう一度外へ飛び出した。
◆
「やぁ、こんばんは」
隠れ家を出てすぐの路地の暗がり。
普段なら立ち入る者などいないその場所から一人の男が現れた。真っ白な短髪に碧い目、ひょろりと華奢な身体。自警団の制服。
見覚えがある。スズメが宿木で足止めしたあのマントの男だ。
「あ、あんたは!」
叫びながらスズメはこの危機をどう乗り越えるか頭をフル回転させていた。自警団に隠れ家の場所を知られている。中には仲間たちがいるのにまた振り出しに戻ってしまった。しかし悲観している暇はない。仲間に危険を知らせなければ。
「ホタルをどこにやったんだよ!」
わざと大きな声を出して、隠れ家の中の仲間に自警団の存在を知らせる。しかし向こうも馬鹿ではない。何処からかぞろぞろと集まってきた団員に隠れ家はあっという間に囲まれた。
「安心して。彼は無事だ」
「言葉だけじゃ信用出来ない」
「本当に返して欲しいの?」
『自分が助かる為にアジトの場所を僕達に教えたかもしれないのに?』と男は首を傾げた。スズメは男の放った言葉を侮辱と受け取った。確かに彼らがどうやってこの場所を探し当てたのかは気になるが、ホタルが場所を教えたなんてあり得ない。固い絆で結ばれた自分たちには裏切りなど存在しない。
「あいつはそんなことしない」
「大した自信だなぁ。でもまぁそうだね・・・・・・正解だよ。尋ねてみたけど決して口は割らなかった。この場所は僕の部下が見つけてきたのさ」
「乱暴なことしてないだろうな」
「まさか! 彼には指一本触れてないよ。でもまぁ長時間の尋問に疲弊してはいるかな」
「てめぇ!」
きつく目の前の男を睨み付けると、どうどうと馬を落ち着かせるかのように両手で制される。
「気性が荒いなぁ。たった一人で僕達に歯向かうつもりでいるのか。でも見方を変えれば仲間を守るための自己犠牲ともとれる。そんな君だから仲間から慕われているんだね。良いことだ」
男は隣に控えていた部下に何かを囁いた後、スズメに向かって、
「取り引きをしよう」
と持ち掛けた。
「取り引き?」
「君が自警団に加わるなら、仲間の安全は保証する。今までの盗みの罪も問わない」
「は!?」
「それだけじゃない。自警団の運営する施設で全員の衣食住と簡単な教育を与えよう」
悪い話じゃないだろうと男がにやりと笑ったのと、仲間のホタルが奥から連れて来られたのは同時だった。
「ホタル!」
見慣れた黒髪に黄金の目。確かに仲間のホタルだ。自分より何倍も大きな男に挟まれて酷く怯えている。その様子にカッと頭に血が上った。
「何をした!」
「さっきも言っただろう? 何もしてないさ。怪我もない。勝手に怯えているだけ」
大きな大人二人に取り押さえられ、逃げ出せないでいる仲間をみてスズメは唇を噛み締めた。
「君が頷けば全て上手くいく。さて、どうする?」
「俺が自警団に入るだけでみんなハッピー? そんなの信じられるかよ。一体どういう魂胆だ」
「向いているからさ」
「は?」
「君が自警団員に向いているから」
僕の目に狂いは無いと豪語されて少し戸惑った。みんなのリーダーとしてどうすべきか心が揺らぐ。
「それとも全員ここで捕まる? 小さなギャングの親玉さん」
男は畳み掛けるようにスズメを見下して言った。
確かに男の言う通り、実際のところ実力差は明らかで勝ち目なんて無い。向こうは大人で訓練も受けている自警団、此方は年端もいかない子供だけで形成されたスリの集団だ。掠め取ったり逃げたりするのは得意でも、こうして取り押さえられてしまうとどうにも出来ない。
唯一戦えるのは称号持ちのスズメだけだが、仲間を危険に晒すのは目に見えている。
「・・・・・・分かった」
「なぁに? 聞こえない」
「分かったって言ってんだ! 自警団でも何でもやってやる! 仲間達を解放してくれ!」
もうどうにでもなれと叫んだ瞬間、ホタルの拘束が解ける。ホタルは急いで此方の方に走ってきて自警団達を睨み付けた。
「正しい判断だね。じゃあ取り敢えずみんな僕らについてきて。悪いようにはしないからさ」
男は隠れ家の中にいる仲間も引き連れてついてくるように言うと、傍にあった木箱にどっかりと腰を下ろした。
何も出来ないのが悔しくて歯を食い縛るが、ここは相手の言う通りにするしかない。
スズメは仕方なくホタルを連れて隠れ家の入り口を潜った。
◆
連れて来られたのは小さな教会だった。宿舎があり、勉強する為にと建てられた小さな荒屋もある。
「自警団が資金を出して運営している施設だよ。身寄りのない子供を引き取って育てている」
マントの男の言葉に仲間達が騒つく。
「ねぇ、スズメ!」
「下針・・・・・・」
「本当に良さげな施設に連れて来られちゃったよ! あのマントの人の話本当なのかな」
右隣を歩く下針は不安半分、期待半分といった様子で周りには聞こえないよう囁く。
灰色の短髪が月夜に照らされて輝き、赤い目がゆらゆらと揺れていた。普段は男と間違えられるほど度胸がある女なのに、今回ばかりは勝手が違うらしい。
一方でホタルはといえば思い切り顔を顰めている。元々は口数が少なく、表情も余り動かない男なのに珍しい。黒髪に半分ほど隠された眉間にはしっかりと皺が寄っていた。黄金の目は怒りに燃えていて、熱気が此方まで伝わってきそうだ。
「喜ぶなよ、下針。スズメの自由と引き換えなんだぞ」
「それは・・・・・・そうだけど・・・・・・」
「俺たちは今までずっとリーダーのスズメに縋って生きてきた。そして今日からはスズメの将来も食い潰すんだ」
ホタルは何も出来ないことが悔しいのか、血が出るほど強く拳を握った。
「そう悲観するなよ。自警団に入るのだって悪くはないさ」
「スズメ・・・・・・」
「孤児の俺たちが真っ当な職につけるかもしれねぇんだ。だからもうそんな怒るなよ」
安心させるように微笑めば、ホタルは僅かに身体の力を抜いた。
教会の扉が開かれる。
昨日までは知らなかった未来が始まろうとしていた。
◆
「おい、聞いたかよ? 今日アウトサイド出身の奴が入学してくるらしいぜ」
「聞いた聞いた。アウトサイドって要するにスラム街だろ? よく入学出来たよなぁ。しかも『庭師』の称号なんて」
「植物育てる能力だろ。お野菜育てるくらいしか出来ねぇんじゃねぇの?」
教室に入る前からそんな下卑た言葉と笑い声が聞こえてきて、スズメははぁっと深く溜め息を吐いた。
(面倒くせぇ・・・・・・)
恐らくは自分に向けられた言葉に入学初日から苦労しそうな予感が走る。悪口ぐらいなら聞き流せば良いが、嫌がらせをされたらどうするべきだろうか。相手をボコボコに殴り倒してもいいのか。駄目なんだろうな。面倒臭い。
けれど此処で投げ出す訳にはいかない。何しろスズメの両肩にはアウトサイドで一緒に育った総勢十二人の仲間の生活が掛かっている。自警団訓練学校。スズメがこの学校に通い、自警団に加われば仲間の衣食住が保障されるのだ。
今頃仲間たちは朝食を摂っているところだろうか。教会での待遇は思ったよりも良くて、あたたかなスープとパン、少し硬いが清潔なシーツの敷かれたベッド、どこにも汚れがない真新しい服に、風呂の準備までされていた。どうしてここまでしてくれるのかとあの自警団のマント男に詰め寄ってみれば、お前が自警団員に向いているからだと先日と変わらない答えが返ってくる。これには困り果てた。
結局はスズメ含め仲間全員は厚遇をただ享受する羽目になっている。
自警団の隊長だというあのマント男が約束を違えないなら、こちらもそれに応えなくてはならない。面倒だが、嫌味を言ってくる輩は無視をして役目を全うするのが筋だ。
スズメはもう一度溜め息を吐いて、やけに重たい扉を開いた。
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