ダンジョン・トラップ

ゼロ

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2. 噂は全て精査すべき

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「聞いてた通りずいぶん静かなダンジョンだな」
 大岩が積まれた入口らしき場所を眺めながら言ったカイは、ジャスパーに顔を向けると嬉しそうに微笑んだ。この笑顔を自分に向けてくるカイを突き放すことが出来ず、いつの間にか一緒に行動することになってしまった。
 大きな犬に懐かれたような気分だ。自分らしくもない。
 街から半日程のところに発見されたダンジョンは、まだ正式な名前もついてないと聞く。街道から少し離れた丘陵が続く寂れた土地だったが、乗合馬車の御者が言うにはダンジョンが発見されて少しは人通りが増えたようだ。だがカイが言う通り、周りに人気はなく静まりかえっている。頭上には青空が広がり時折鳥のさえずりが聞こえ、風も心地良い。目的を忘れそうになるぐらい気持ちの良い場所だ。
 新しいダンジョンともなればもう少し人がいそうなものだが、人がいないのには理由がある。ダンジョンが発見されたのは三ヶ月程前のことだったが表層部分にしか入ることが出来ないのだ。
 国の予備調査結果では魔力に満ちていてもっと大きく広がっているようだったが奥への「入口」が見つからないのだ。新しく発見されたダンジョンではよくあることだった。これから探索が進んで奥へ行くことが出来るようになれば人も増えるのだろう。
 今ここを訪れるのはダンジョンの奥に一番乗りしたい者ばかりだ。発見者としての栄誉だけではなく最初に入れば希少な魔道具や武器が手に入る確率は高い。一方で何が待ち構えているかわからないので当然、腕に覚えがなければ挑戦しようなど思わない。ジャスパーとカイはそこそこ強い。二人いれば多少危険でも問題ないと自信があったし、ダンジョンの奥への入り方を見つけても深入りをするつもりはなかった。
 カイは無遠慮に生活に入り込んできたくせにいつもジャスパーの意向を尊重しようとする。切ないほどに。そのカイがさりげなく誘う風を装いながら行きたそうな顔をするから、つい了解してしまった。下調べが出来ないことには手を出さないことにしているというのにコイツにはとことんペースを乱される。
 新緑の色をした髪が目を引く長身のカイは、どこか浮世離れしていた。素性を聞いたことはなかったが自分から語ることもないので言いたくないのだろう。お互い様なので構わなかったが、姿勢良く無駄のない剣筋にどこか世間に慣れていない様子からも育ちが良いことは間違いない。なんで冒険者なんかやってるんだか…。
 隣を歩く男を見上げるとすぐに視線が落ちてくる。どんな動きも見逃さないような、でも決して押し付けがましくはない視線。いつだってこうだ。
 これまでなら好意を向けられたらすぐに距離を置いたのに、隣が心地良すぎて自分に向けられている感情を正面から拒否をすることが出来ない。気づかないふりをしたらなかったことに出来るかもしれない、と子供のような考えにすがっている。

 なだらかな丘の大岩の隙間、というには大きく開けた岩の間を通り抜けると下り坂の先には天井の高い空間が広がっていた。ほの明るい中に浮かぶ滑らかな岩壁に囲まれた空間はダンジョンというよりはどこかの聖堂のようにも見える。
「ずいぶん広いし明るいな!」
 カイのよく通る声が岩壁に響いた。
「うるさい!大声出すなっていつも言ってるだろう。特にここは何が出るかまだわからないとこなんだ。一気に魔物が寄ってきたらどうする」
「う…すまない」
 実際は入口付近には何も出ないと街道の近くですれ違った五人連れのパーティーに聞いていた。彼らはダンジョン内で一晩過ごしたが魔物を数匹倒したぐらいで大した収穫はなかったとぼやいていた。ほんの表層しか入れなければそんなものだろう。だが用心し過ぎるということはない。
 通常の洞窟ではあり得ないぐらい滑らかな地面に、二人分の微かな足音が響く。出来るだけ音を立てない作りの靴底の鈍い音がどこかおかしいことに気づく。踏みしめた時の感触も違和感がある。
「岩…じゃないのか?」
 しゃがんで地面に触れてみる。見た通り岩の感触だが違和感を感じる。単なる見せかけで奥に何か違うものが隠れているような違和感だ。残念ながら探知魔法は使えないから違和感としかわからない。
「ジャスパー、どうしたんだ?」
「このダンジョン、何かおかしいな」
「おかしい?」
「凄く人工的だ」
「ダンジョンはそもそも自然ではないんじゃないのか?人が作ったわけでもないが」
「例えだよ。例え!」
「僕には普通にしか感じないが。ダンジョンらしく周り全てが魔力に満ちている。確かにここは普通より強いから…何か近づいてきてもあまり素早く気づけそうもない」
「普通はお前みたいに素早く気づいたりしないんだよ」
「普通だろう、このぐらいは」
 カイの魔法の腕は人並みで剣と力で押すタイプだ。だが、やたらと勘がいい。遠くの人や魔物の気配に気づくので重宝する。それを「気配がする」だの「魔力を感じる」だなどとカイは表現する。コイツも得体がしれない。見かけではわからないが、ヒト族ではないのかもしれない。
「このダンジョンはどうなってるかサッパリわからないんだ。いつもより素早くなくても頼むぞ」
「もちろんだ。僕に任せろ」
 頼りにしていると遠回しに言えば嬉しそうな様子は見間違えようもなく、可愛いなど思ってしまった自分に、ジャスパーは頭を抱えたくなった。
「……口調は偉そうなんだがな…」
「え?」
「なんでもない」
 ダンジョンの一層目は広い空間の先はいくつかの狭い通路に分岐していた。行っては戻りつつも、あまり強くない狼系の魔獣や人型のゴブリンの亜種を倒しながら特に問題なく進む。面白みのない典型的なダンジョンの岩壁が続くばかりだ。宝箱の一つもない。
 話に聞いていた通り更に奥へと進む方法は見つからず無駄骨に終わるかと思いかけた時、微かな重い足音が聴こえた。カイを見ると表情が変わっていた。大物が出た時の顔だ。
「おい、ジャスパー!」
「わかってる」
 通路の先から現れたモノに思考が停止した。
「なんだこれは?!」
 カイが言葉が全てを表していた。見たこともない魔物だ。見上げた巨体の正面にはトカゲのような頭が2人を睨みつけているが、横に羊と人のような頭が飛び出している。蹄のついた脚が二、三本地面を蹴るように動いているが機能はしておらず、ぬらぬらとした体の側面から何本も突き出したナメクジを思わせる触手が移動手段のようだった。
 ゾワゾワと体の輪郭が蠢いているように見える大きな虫を思わせる姿に背筋がゾッとした。虫は苦手だ。緩慢な動作で近づいて来るその化け物にジャスパーが慌てて魔法で火を繰り出そうとした時、突然体が沈み込んだ。
 しまった。
 密かに地面を這っていた触手が足首を捉え、引き寄せられる。あっという間に目の前に迫った空をかく蹄に蹴り飛ばされるかと思えば触手に包み込まれてその感触に血の気が引いた。
 目の端に壁がグニャリと歪むのが見えた。魔物ごと壁に包み込まれ視界が暗くなる。
「ジャスパー!!」
 カイのよく通る声が遠くに聞こえた。
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