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御角令一には凌という年子の兄がいて仲が良かったが、凌は先天的な心臓の病を抱えていて弟ほど行動の自由がなかった。
二人は双子のようによく似ていると周囲から言われていたものの、活発で行動的な令一に比べれば、身体の弱さもあったためか凌は物静かな印象で内向的な気質でもあり、外見の他はあまり似たところのない兄弟だったかもしれない。
その兄が十歳のころから父の知人だという医者の家へ預けられたのは、よほど体調がおもわしくなかったのか、それとも預けられた先が郊外の環境のいい場所だったからなのだろうか。
どちらにせよ凌の病状が小康状態を保ったのは確かで、御角は学校が連休となると頻繁に遊びにいっていた。
兄を預かっていた医者は三羽といい、子供が四人もいる家庭だったので退屈はしなかったが、御角は幼心にもあまり彼らとはそりが合わずもっぱら凌ばかりと遊んでいた。
しかし唯一、三羽の子供たちのなかでたかみという三歳上の少女だけは例外で、他の兄弟にみられた子供ながらに高慢な態度もなく大人びた雰囲気の彼女には、少なからず憧憬を感じていた。
当時その少女も小学生か中学にあがったばかりのほんの子供だったはずだが、はしゃいだり騒いだりするのを見たことがない。
もとより兄弟とも距離をおいていたし積極的に関わる気もない様子で、凛とした静けさが単なる強がりや意地とは違う孤高さを保っていた。
事実、彼女の兄や弟妹はいじめたいのに手がだせないといったもどかしさが態度にも言動にも明らかにでていて、つまらない嫌がらせをしているのを目にするたびに御角は苛立ちを覚えたのだった。
しかしそれよりも切迫したジレンマを感じたのは、たかみが三羽家における凌の身の周りの世話をほとんどみていたということに対してだ。
彼女は兄弟のなかでひとりだけ幼くして寮制の学校に入っていたが、休暇で帰省すると凌の相手をするよう親から言いつけられているらしかった。
それでもたかみがその役割を煩わしく思っていないのは、凌だけに向ける柔らかい表情を見れば聞くまでもなかったし、凌も淡い想いをいだいていることが御角にはすぐにわかった。
同時に自分もまた同じく想っていると気づかされ、兄に対して愛情と敵対心という反する感情に悩まされるようになったのは半年を過ぎたころからだっただろうか。
たかみのまとう独特の雰囲気は、彼女よりひとつ年上の長男春輝の嫌がらせも相手にしないような、年に似合わないおちつきにも表れていた。
また不思議なことに同姓の末っ子の光と比べても、顔立ちの似たところが少しもなかった。
日本人形のように少しの癖もない黒髪と黒い瞳は彼女の白い顔によく映え、他と一線を画す綺麗な容姿をしていたのを御角は子供心にもよく憶えている。
だから余計に、彼女に近づきがたい憧れに似た想いをいだいたが、それはもしかしたら兄弟たちも同じだったのかもしれない。
しかし彼女はその特有の雰囲気であまり人を寄せつけず、凌とだけ時間をわかちあおうとするような親密さをつくっていて、二人でいる時は御角もなんとなく間に割って入ることができずにもどかしく、兄に嫉妬さえ感じていたのだった。
彼ら自身は、他の兄弟たちにはともかく御角に対して邪険な態度をとることなどなかったが、どうしても疎外感がぬぐえず反発してしまうことは多かった。
それがいつからだっただろうか、三羽家を訪れてもたかみには会えなくなり、凌に尋ねてもよくわからない様子だった。
そのうちに御角も中学受験の準備に追われて遊びにいくことができなくなり、ようやく進学の決まった春、そのころにはもう凌の体調は悪化の一途をたどっていて手の施しようがないのだと初めて知らされた。
夏を待たずに十三歳で兄が亡くなったとき、御角はもちろんひどく悲しんだが、同時にあれほど仲の良かった少女が葬儀にも出席しなかったことが信じられず、裏切られた気持ちを味わった。
兄弟に聞いても知らないとつっぱねられるばかりで結局御角は再び彼女には会えず、三羽家とも疎遠になって、友人である父はどうなのか知らないが自身はなんの繋がりもなくなった。
二人は双子のようによく似ていると周囲から言われていたものの、活発で行動的な令一に比べれば、身体の弱さもあったためか凌は物静かな印象で内向的な気質でもあり、外見の他はあまり似たところのない兄弟だったかもしれない。
その兄が十歳のころから父の知人だという医者の家へ預けられたのは、よほど体調がおもわしくなかったのか、それとも預けられた先が郊外の環境のいい場所だったからなのだろうか。
どちらにせよ凌の病状が小康状態を保ったのは確かで、御角は学校が連休となると頻繁に遊びにいっていた。
兄を預かっていた医者は三羽といい、子供が四人もいる家庭だったので退屈はしなかったが、御角は幼心にもあまり彼らとはそりが合わずもっぱら凌ばかりと遊んでいた。
しかし唯一、三羽の子供たちのなかでたかみという三歳上の少女だけは例外で、他の兄弟にみられた子供ながらに高慢な態度もなく大人びた雰囲気の彼女には、少なからず憧憬を感じていた。
当時その少女も小学生か中学にあがったばかりのほんの子供だったはずだが、はしゃいだり騒いだりするのを見たことがない。
もとより兄弟とも距離をおいていたし積極的に関わる気もない様子で、凛とした静けさが単なる強がりや意地とは違う孤高さを保っていた。
事実、彼女の兄や弟妹はいじめたいのに手がだせないといったもどかしさが態度にも言動にも明らかにでていて、つまらない嫌がらせをしているのを目にするたびに御角は苛立ちを覚えたのだった。
しかしそれよりも切迫したジレンマを感じたのは、たかみが三羽家における凌の身の周りの世話をほとんどみていたということに対してだ。
彼女は兄弟のなかでひとりだけ幼くして寮制の学校に入っていたが、休暇で帰省すると凌の相手をするよう親から言いつけられているらしかった。
それでもたかみがその役割を煩わしく思っていないのは、凌だけに向ける柔らかい表情を見れば聞くまでもなかったし、凌も淡い想いをいだいていることが御角にはすぐにわかった。
同時に自分もまた同じく想っていると気づかされ、兄に対して愛情と敵対心という反する感情に悩まされるようになったのは半年を過ぎたころからだっただろうか。
たかみのまとう独特の雰囲気は、彼女よりひとつ年上の長男春輝の嫌がらせも相手にしないような、年に似合わないおちつきにも表れていた。
また不思議なことに同姓の末っ子の光と比べても、顔立ちの似たところが少しもなかった。
日本人形のように少しの癖もない黒髪と黒い瞳は彼女の白い顔によく映え、他と一線を画す綺麗な容姿をしていたのを御角は子供心にもよく憶えている。
だから余計に、彼女に近づきがたい憧れに似た想いをいだいたが、それはもしかしたら兄弟たちも同じだったのかもしれない。
しかし彼女はその特有の雰囲気であまり人を寄せつけず、凌とだけ時間をわかちあおうとするような親密さをつくっていて、二人でいる時は御角もなんとなく間に割って入ることができずにもどかしく、兄に嫉妬さえ感じていたのだった。
彼ら自身は、他の兄弟たちにはともかく御角に対して邪険な態度をとることなどなかったが、どうしても疎外感がぬぐえず反発してしまうことは多かった。
それがいつからだっただろうか、三羽家を訪れてもたかみには会えなくなり、凌に尋ねてもよくわからない様子だった。
そのうちに御角も中学受験の準備に追われて遊びにいくことができなくなり、ようやく進学の決まった春、そのころにはもう凌の体調は悪化の一途をたどっていて手の施しようがないのだと初めて知らされた。
夏を待たずに十三歳で兄が亡くなったとき、御角はもちろんひどく悲しんだが、同時にあれほど仲の良かった少女が葬儀にも出席しなかったことが信じられず、裏切られた気持ちを味わった。
兄弟に聞いても知らないとつっぱねられるばかりで結局御角は再び彼女には会えず、三羽家とも疎遠になって、友人である父はどうなのか知らないが自身はなんの繋がりもなくなった。
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