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#3:慣れてきた学院生活~新たな出会い

♯3-余談5.喫緊の課題が発生

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<プリウス視点>
────────────────────



「どうされますお兄様?ご覧になります?」

 プリメーラにそう言われ、私は即答を避けた。
 恐らく、プリメーラは今日不意に出会った彼女、マリナの事を言っているんだろう。



 特別な魔力の顕現により、代わりに失った視力。
 一時期、呪いなのではないかと実しやかに噂されたが、実際はそんな悲壮なものではない。
 それに、失くした私の視力を補うかの如く、妹プリメーラには自分が見た情景を私と共有できる能力が備わった。
 フォルクローレ王家に代々伝わる文献によれば、稀に起こる現象であるとの事なので然程問題ではないと思っている。

 それに、私の視界は全くの暗闇という訳では無い。
 明るさと大凡の輪郭はぼんやりと見えている。

 そもそも、目の見えない自分は他人の美醜など気にした事などない。
 その代わり、相手の事は見えない部分の情報で判断する。

 彼女の穏やかな耳触りの良い声は心地良かった。
 並んだ感じの息遣いから、自分とは頭一つほどの身長差だろうか。
 自分の知る女性──プリメーラやレイア──に比べて幾分高めに思う。
 それでいてすっと腰を抱ける程。

 隣に座った時、時折触れる感触から、髪は柔らかくふわふわとしていて長いのだろうと分かる。
 ソファの沈み混み具合から、彼女の身長を考えればかなり細身の体型か。

 ここまで考えて、マリナはかなりスタイルが良いのでは?
 いやいや、髪と体型だけでそう判断するのは……。
 だが、顔の造作は見えない自分には関係ない。

 とは言え、プリメーラが「フォルクローレの至宝」と謳われる美姫になり、双子でよく似た容姿の自分と並ぶとなればそれ相応の……。

(隣に並ぶなど、何を考えている!?)

 うーん……見たいような見たくないような……。
 心の中では、マリナの姿を見たい自分と見たくない自分との間で激しいせめぎ合いが繰り広げられている。

「そう言えば、マリナが恥ずかしがったオーリーとの事、レイアから聞き出したのですけれど。お兄様、お聞きになりたい?」
「……メーラが話したいなら、聞かなくもないが」

 オーリーもマリナも隠したいほどの事は何なのか。
 あの時は、彼女があまりに恥ずかしがるから助け舟を出したが、確かに何があったのか気にはなっていた。
 かと言って、今更「聞きたい」とは言い出せず、かなり婉曲な返事になってしまった。



「オーリーが彼女の胸に……」

 アカデミーに入ったばかりのうら若き女性に、勘違いとは言えオーリーは何て事を仕出かしたのだと問い詰めたい気持ちはあるが、あの人嫌いのオーリーの事だ。既にレイアにこっぴどく叱られたであろうし、本人にも疚しい気持ちはなく反省し切りであろう事は容易に窺える。

 それとは別に……。

(谷間とは……?)

 私が視力を失ったのは10歳だった。
 風呂は一人で入っていたし、女性を抱くほどの年齢でもない。
 つまり、女体という物の記憶がかなり朧気だ。

 視力以外は健康な年頃の男子として勿論興味はあるが、流石に妹にそういった物を見たいと言うことは出来ない。
 それに、誰でも彼でも見たい訳でもないし、今まで見たいと思ったこともなかった。

「お兄様も男性ですもの。それ相応の欲をお持ちなのは解っておりましてよ」

 ふふっと意味深に笑うプリメーラに両手を取られる。
 途端に頭の中に流れ込んでくる映像。



 始まりは廊下に立つ自分の姿。
 視線が横に動くと、見えた彼女の……マリナの姿。

(思った通り、いや、それ以上に……)

 続くこちらに向けられた完璧なカーテシー。

 自分たちの事を「公子殿下公女殿下」と呼んで礼儀を尽くす彼女は、きちんと教育された高位貴族の令嬢なのだろう。
 マリナの自分たちに向けてくる態度と表情は、腫れ物にでも触るかのように遠巻きに見て近寄ってこない生徒たちとも、やけに馴れ馴れしく話しかけてきた1年生や、避けても避けても絡んでくる同学年の図々しい令嬢とも違い、適度な敬意と距離感が好もしいと感じた。

 それから、サロンで自分と並んで座る映像。
 彼女の斜め前に座っていたプリメーラからは、マリナが、カップを持つ洗練された品の良い所作も、ピンと伸びた美しい姿勢も、控えめに微笑む笑顔も、恥ずかしがって頬を染める顔も、十二分によく見えていた。
 それに、先程聞いたオーリーが事故って顔を埋めたという柔らかそうな二つの膨らみも、そこから続く片手で軽く抱けそうな細い腰も、魅力的な曲線を描くスカートに隠された臀部もが、しっかりと映像に……。

「メーラ、お前は一体どこを見てるのか……」
「あら、お気に召しませんでした?お兄様のために確りと記憶に刻んでおきましたのに」
「………………ありがとう」

 良くも悪くもこの妹は、兄である自分の事をよく分かっている。
 強制的に見始めた映像ではあった。
 だが、見てしまったものは仕方ない。

(確かに見るべきだった。見て良かった……)

 そこに一切の後悔はない。

「次のお茶会、楽しみですわね」
「ああ」

 横で妹が笑っている。
 見えずとも、それくらいわかる。

 双子独特の感覚共鳴。
 きっとプリメーラも、隣で心浮き立つ気持ちを感じていることだろう。

(取り急ぎ、感覚遮断を覚えなければ……)

 重ねて言うが、自分も年頃の男子なのである。



────────────────────
<#3終わり>
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