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#2:邂逅~それぞれの思い

#2-余談2.先に見付けた「あれ」が俺のモノなのは当然

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<ユーリウス視点>
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 絶対に手に入れると決めたモノがある。

 ゲネルに姉妹がいないことなんて知っている。
 余所に関心のないお前阿呆ならいざ知らず、この国の貴族とそれに類する者の人名及び相関図など、全て頭に入っている。
 なので、当然あの阿呆が探している人物が誰なのかもすでに知っている。
 ……知っているから教えるかどうかは、また別の話だが。


 ◀ ◀ ◀ ◀


 あれは阿呆に付き合って神殿へ講義を受けに行ってたときだった。
 月に一度なんだから、毎回毎回ぶつぶつ言わず黙っていればいいのに、その日も文句たらたらで講義を受けていた。

 休憩だと言われ、あの阿呆はとっとと中央庭へと行ってしまった。
 あそこは、早世された前王妃お気に入りの場所で、季節を問わず年中花が咲き乱れ、神殿の中でも特に美しいと評判の場所だ。
 赤ん坊だった殿下が、生前の前王妃にその場所で一度だけ抱っこされたのを覚えているはずもないが、なんとなく気になっているのか、神殿へ来る度にそこへ行っている。

 広がったペンや本を軽く片付け、後を追おうと廊下へ出ると、目の端に黒く光るものが見えた。
 窓に近づくと、ちょうど真下は中央庭で、ベンチには黒い髪をした少女が座っていた。
 この国では希少とされる黒髪。
 その黒髪の家系と言えば……。
 慌てて俺は殿下の後を追った。

 階段を降りきったところで、曲がり角から出てきた少年とぶつかりそうになる。
 両手を目の前に掲げ何かを覆うように持っていた少年は、周りが見えていなかったのか、驚いた拍子に尻餅をついた。

「あれ?ここどこ?」

 目の前を蝶が飛んでいき、見下ろした先にいる少年は泣きそうな顔をしている。
 実際ぶつかってはいないし、自分に責があるのではないのだが、弟のことを思い出してこのまま泣かれては面倒だと瞬時に判断した俺は、少年を起こし汚れを払ってやる。

「どうした?何処から来た?」
「ふっ……ふえっ……」

 案の定、泣きそうになる少年に、指先から魔力を出し氷の蝶を作る。

「ほら、これをやるから泣き止め」
「ふえっ…………うわーきれい……」

 弟もそうだが、小さい子供は大抵これで泣き止む。
 少年が落ち着いたことにほっとし、「さて、この子供は誰だろう?」と観察する。
 薄茶の髪に新緑のような翠の瞳、弟と同じぐらいの背格好。
 覚えたばかりの貴族名鑑にそんな子供がいただろうか、と記憶を辿る。

 一人該当する子供がいた。
 いたが、あの子は少し前の馬車の事故で両親ともども……いや、待て。
 あの子の繋がる先は、確か……。

「君は……誰と来たの?」
「とうさまとねえさまと」

 思い当たる子供に姉妹はいなかった。
 とすれば……そうか、この子は「あの家」に入ることになったのか。
 だからさっき彼女が庭に……。

「ねえさま……どこ?」

 はぐれたことを思い出したのか、また泣きそうになる少年にあわててもう一つ、今度は氷の花を出す。

「姉さんのことを好きか?」
「うん、だいすき」
「だったら、泣いてばかりじゃ駄目だろう?」

 すぐに解ける氷の花を見ながら少年は頷く。

 今代においても先代においてもその先を辿っても、ウチと「あの家」の繋がりは多くない。
 自然と繋がりを持とうとする高位貴族の中で、意図的とも言えるほど関わりがない。
 でも、俺は「あの家」に興味がある。
 知識として学ぶのは当然として、やりあおうなんて思っていない。
 思ったところで俺一人の力でどうにかなるものでもないし。

「強くなって……そうだな、王宮騎士にでもなれば、君のお姉さんも喜ぶんじゃないか?」
「おーきゅーきし?」

 思いもよらぬ繋がりに、今日ここへ来て良かったとあの阿呆に少しは感謝した。
 この少年にどれほど自分の力が効いたのか、あとはそればかりを祈るのみ。

「そうだ、覚えておくといい。大きくなったら『王宮騎士』を目指せ」
「わかった、ぼく、おーきゅーきしになる」

 通りすがりの神官に「迷子だ」と少年を預け、俺は殿下の元へと向かう。
 あの阿呆と彼女が出会ってしまうと厄介だ。
 きっと面倒なことになる。
 そう願い、今日に限ってやたら長く感じる廊下を中央庭へと走った。

 もうそこを曲がれば中央庭の回廊だ、というところで向こうから阿呆がやってきた。

「一緒に来い」
「どこへ」
「いいから」

 ぐいぐい手を引かれ廊下を進む。
 そっちは中央庭だろう。
 今行ったらきっと彼女と……。

 殿下に手を引かれ、連れてこられた回廊に佇む小さな姿。
 さっき会った少年と似たような背格好の少女。
 ああ、出会ってしまったのか。

「この子が弟さがしてるって」
「はあ?なんで俺が……」

 阿呆に話しかけられながら、忙しく少女を観察する。
 黒く長い髪に白い肌、赤い口唇、薄紫の瞳、彼女がオージェ家の……恐らく「魔王」。
 「勇者」としてシルシを持つ自分には解る。
 おい、わかってるのか。目の前に魔王がいるぞ。

「命令だ」
「あーはいはい、わかったよ……」

 この阿呆は「命令」と言えば何でも俺が言うことを聞くと思っているフシがある。
 面倒なので訂正はしないし、従者として側に侍っているからには言うことを聞くのもその範囲内なのだろう。
 意識が彼女に持っていかれそうになるのを振り払い、先程預けた神官の元へと向かう。

「君のお姉さんが見付かったよ」
「ほんと?」
「ああ、連れて行ってやる」

 廊下を進み、人気がないのを確認して少年の両手を取る。

「さっきの、覚えているか?」
「ぼく、おーきゅーきしになる」
「絶対に忘れるんじゃないぞ。それから、それは大きくなるまで秘密だ」

 オージェ家は大貴族でありながら、社交界に滅多に顔を出すことはない。
 先代より代替わりをしたと聞いていたが、「魔王」はアレで今代ではない。

「ひみつ?」
「そうだ、君が15歳になるまで誰にも言っちゃいけない」

 合法的に表に出すには、アカデミーに通わせるのが手っ取り早い。
 王宮騎士になるには、アカデミーの卒業が絶対条件だからだ。
 この少年がアカデミーに通うとなれば、きっと彼女も出てこざるを得なくなる。

「ねえさまにも?」
「姉さんに話すと、何処かへ行ってしまうかも」
「うん、わかった」

 しっかりと目を合わせた少年は、納得したのか強く頷いた。

「君の名前は?」
「リュー……じゃなくて、マル……えっと……マルセイラ」

 そうか、「マルセイラ」と言うのか。
 頭の中にある間違えかけた名から新しい名へと貴族名鑑を書き換える。
 マルセイラは、彼女の父の妹の子……従弟にあたるはずだが、どうやらこちらにはオージェ家の血はあまり出てないように見受けられる。
 それでも「オージェ」を名乗るのだから、当代はそれに見合った何かがこの子にはあると認めたんだろう。

「さあマルセイラ、姉さんが待ってるよ」

 回廊へ一緒に出ると、黒髪の少女は余程心配していたのか俺には目もくれず、泣きそうになりながら少年をその小さな身体で抱き締めていた。

「マルセル!もう心配したのよ!」
「ごめん、迷子になってた」

 微笑ましい姉弟の再会シーンだった。

「帰るぞ」

 彼女をぽーっと見つめる阿呆の様子がなんだかおかしい。
 じっと瞳を見ると、どうやら魅入られてるらしかった。
 あーやっぱりか。
 なに簡単に魅入られてるんだよ、やっぱり阿呆は阿呆だと、背中をパンっと叩いて呪縛を祓う。

 それでも動こうとせずじっと顔を赤らめて彼女を見る姿に、流石にマズいと思い、もう一度「帰るぞ」と声を掛け無理やり連れ出す。
 殿下が阿呆なだけかもしれないが、まだ幼いのに彼女の魅入る力が強い。
 今の俺の力じゃ、完全に祓うことは出来ないのか。

 それにしても、間近で見た彼女の姿が忘れられない。
 ふわふわとした黒く長い髪、陶磁器のように白い肌、赤くぷっくりとした口唇、伏し目がちな薄紫の大きな瞳、魅入られるほどに美しい、彼女がオージェ家の……次代の魔王。


 ▶ ▶ ▶ ▶


「ユーリ!お前……の事、知ってたんじゃないのか?」

 今年度から生徒会へと加わる新入生歓迎会の後、早速殿下が生徒会室へやってきた。
 残念だな、もう少し早く来れば会えたのに。

「何のことです?」

 上の王太子殿下から年が離れていて周りから甘やかされているせいか、未だにどうにも落ち着きの足りない阿呆に、香茶を淹れながらソファへ座るよう促す。

「さっき、見たぞ。お前が……の手を引いて1年のソーレから出ていく所」

 ああ、やっぱり見られてたのか。
 ピリピリと静電気のような感覚がする彼女の手に気を取られていたが、確かに殿下の気配を感じていた。
 どうせこうやってあとから来るだろうと、思った通りだ。

「で?もう確認済みなのでしょう?」
「ああ……入学書類を見た。第三位の新入生だった」
「ええ、それで慣習に則り、三位までの新入生を生徒会へ勧誘してたわけです」
「俺が言ってるのはそんな事じゃない!」

 わかってるよ、そんな事。
 だが、存外バレるのは早かったな。
 成年王族となり押し付けられたアカデミーの理事になったところで、興味も持てない仕事に関わることなど無いと思っていたのに。
 さすが「覇王」、運がいい……とだけでは言い切れないほど、本人の望むように上手く事が運ぶ。
 度重なる根回しと努力でどうにかしてる自分とは違うものだとうんざりする。

「良かったじゃないか、ただの卒業生じゃなくて理事として繋がりができて」
「ああ、まあ……そうなる……のか?」

 この阿呆の性格は昔から嫌というほど熟知している。

「同じ学院にいても学年が違うとほぼ会うこともないが、理事なら自分の好きな時間に関われるのでは?」
「なるほど……その手があったか」

 残念ながら、理事の仕事だけに拘らえるほど成年王族は暇じゃないし、俺は、彼女が生徒会に入るから嫌というほど関わっていくけどね。

 「……というわけで俺は忙しい、じゃあな!」

 何やらブツブツと阿呆が呟いて百面相をしていたが知ったこっちゃない。
 こちらはこちらで忙しい。
 勝手に押しかけてきておいて勝手に去っていく殿下を見送りながら、蒔いておいた種の確認をせねばならないと算段をつけていた。
 今日会った感じでは覚えているようではあったが。



 それに……本当に彼女が「魔王」なのか。

 10年の時を経て再会したオージェ家の「魔王」。
 緩やかに波打つ長い髪、随分と伸びた長い手足と細い腰、華奢ながら魅力的に盛り上がった胸、幼い頃の丸みを残しつつも滑らかな白い頬、艷やかに赤く色づいた口唇、そして、烟るような長い睫毛に縁取られた煌めく宝石のような薄紫の瞳。
 
「あれは何だったのか」

 掌を開いては閉じ、開いては閉じ、何度か確かめてみても、彼女の手を取った瞬間に感じた静電気のような衝撃を忘れられない。
 身体の奥でざわざわと欲望が頭を擡げてくる。
 


 絶対に手に入れる。
 誰にも渡さない。
 出会ったときからは俺のものだ。



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時系列的には#1-4のあとぐらい
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