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76 一通の悲しい手紙
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11月下旬ーーー。
登喜子は暫くやって来なかった。
太一が最速の手紙を出しても、手紙が来ていない。
「......きっと反対されたのだ」
兄は悲しく呟いた。
「こんな今にも無くなりそうな魂と、相手にさせるハズがない......」
兄はそう言って、布団に潜ってしまった。布団が小刻みに揺れていた。
こればかりはどうにもならないと、伊吹は溜め息を吐いた。
「お嬢様......、登喜子様から、お嬢様宛にお手紙が来ております」
廊下へ出ると、芳江がやってきて、
と、そっと、手紙を差し出した。
伊吹は目を剥いて、急いで部屋に戻った。ハサミで切り、便箋を広げると、それは短い言葉で終わっていた。
さようなら。
......と。
「そうか......」
伊吹はポツリと呟いた。
兄はきっと、言わなくとも分かっている。登喜子の心情と共に、伊吹はそっと、引き出しに閉まった。
※ ※ ※
数日後、伊吹は甘味処、鶴屋に来ていた。
よく登喜子と一緒に来ていた。裕太郎にも出会った場所。
(そういえば、最近来ていなかったな)
「あら、伊吹。久し振りね」
おばさんは相変わらず愛嬌が良かった。
「クリームあんみつが食べたくなってね」
「今日は一人のようね」
「はい。なんとなく......」
伊吹はいつもの席に腰掛けてから数分後。
久し振りのクリームあんみつがやってきた。
「ありがとうございます」
伊吹はあんことクリームをスプーンですくい、一口食べた。
「美味しい......」
扉が開くと、登喜子が嬉しそうにやってきた。背後には青年もやってくる。
チラリと伊吹を見たものの、離れた場所へ腰掛けた。はたから見たらカップルとしか思えない。
おばさんが、水をカップルに持って行って戻ってくると、伊吹が声を掛けた。
「おばさん、登喜子の......、あの連れは?」
「あら、知らない? 恋人らしいわよ。なんでもデパートで働いている人ですって。毎日、ああやって、逢瀬を重ねているらしいの。ふふ、新鮮よね」
おばさんはさりげなく言って、カウンターの方へ行った。
どうして、どうしてと、
わなわなと怒りがこみ上げてきたものの、怒りを堪えた。
さよなら、だけの手紙が物語っている。
アハハハハ、オホホホ、笑い声が聞こえてきた。今、突っかかったところ、それで終わってしまう。黙っているのが無難だろう。
クリームあんみつだけ食べて、鶴屋から出る。
「なんだよ、何もないなんて、無情じゃないか」
伊吹は悲しくなって、涙が零れた。
悲しみが押さえきれなくて、伊吹は裕太郎が所属している歌劇団のところへ、いつの間にか来ていた。
最近は兄の事であまり会っていなかったが、それでも安心感があった。
(やはり、賑やかな場所だな)
栄えているところは、賑やかだ。裕太郎と、あたるの看板が、華やかに飾られている。
裏口から、あたるの笑い声。
「伊吹さん?!」
伊吹は声を掛けられて振り向いた。
あたるは伊吹の顔を見て、
「あら! 酷い顔! どうなさったの?」
と言った。
ハンカチを渡してくる。涙で顔が腫れていたのだ。
「い、いえ......。大丈夫ですから」
「裕太郎も休憩で......。あっ......!」
伊吹は走り出していた。
裕太郎に会ったら、我が儘を言ってしまいそうだった。
登喜子は暫くやって来なかった。
太一が最速の手紙を出しても、手紙が来ていない。
「......きっと反対されたのだ」
兄は悲しく呟いた。
「こんな今にも無くなりそうな魂と、相手にさせるハズがない......」
兄はそう言って、布団に潜ってしまった。布団が小刻みに揺れていた。
こればかりはどうにもならないと、伊吹は溜め息を吐いた。
「お嬢様......、登喜子様から、お嬢様宛にお手紙が来ております」
廊下へ出ると、芳江がやってきて、
と、そっと、手紙を差し出した。
伊吹は目を剥いて、急いで部屋に戻った。ハサミで切り、便箋を広げると、それは短い言葉で終わっていた。
さようなら。
......と。
「そうか......」
伊吹はポツリと呟いた。
兄はきっと、言わなくとも分かっている。登喜子の心情と共に、伊吹はそっと、引き出しに閉まった。
※ ※ ※
数日後、伊吹は甘味処、鶴屋に来ていた。
よく登喜子と一緒に来ていた。裕太郎にも出会った場所。
(そういえば、最近来ていなかったな)
「あら、伊吹。久し振りね」
おばさんは相変わらず愛嬌が良かった。
「クリームあんみつが食べたくなってね」
「今日は一人のようね」
「はい。なんとなく......」
伊吹はいつもの席に腰掛けてから数分後。
久し振りのクリームあんみつがやってきた。
「ありがとうございます」
伊吹はあんことクリームをスプーンですくい、一口食べた。
「美味しい......」
扉が開くと、登喜子が嬉しそうにやってきた。背後には青年もやってくる。
チラリと伊吹を見たものの、離れた場所へ腰掛けた。はたから見たらカップルとしか思えない。
おばさんが、水をカップルに持って行って戻ってくると、伊吹が声を掛けた。
「おばさん、登喜子の......、あの連れは?」
「あら、知らない? 恋人らしいわよ。なんでもデパートで働いている人ですって。毎日、ああやって、逢瀬を重ねているらしいの。ふふ、新鮮よね」
おばさんはさりげなく言って、カウンターの方へ行った。
どうして、どうしてと、
わなわなと怒りがこみ上げてきたものの、怒りを堪えた。
さよなら、だけの手紙が物語っている。
アハハハハ、オホホホ、笑い声が聞こえてきた。今、突っかかったところ、それで終わってしまう。黙っているのが無難だろう。
クリームあんみつだけ食べて、鶴屋から出る。
「なんだよ、何もないなんて、無情じゃないか」
伊吹は悲しくなって、涙が零れた。
悲しみが押さえきれなくて、伊吹は裕太郎が所属している歌劇団のところへ、いつの間にか来ていた。
最近は兄の事であまり会っていなかったが、それでも安心感があった。
(やはり、賑やかな場所だな)
栄えているところは、賑やかだ。裕太郎と、あたるの看板が、華やかに飾られている。
裏口から、あたるの笑い声。
「伊吹さん?!」
伊吹は声を掛けられて振り向いた。
あたるは伊吹の顔を見て、
「あら! 酷い顔! どうなさったの?」
と言った。
ハンカチを渡してくる。涙で顔が腫れていたのだ。
「い、いえ......。大丈夫ですから」
「裕太郎も休憩で......。あっ......!」
伊吹は走り出していた。
裕太郎に会ったら、我が儘を言ってしまいそうだった。
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