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74 無駄な優しさは、切ないです......。
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軍事訓練が終わり、汗を拭いながら教室に戻ろうとするが、降旗軍曹に呼び止められた。
どんよりとした雲で、今にも雨が降りそうだ。
「なんだ?」
「少し足るんでいやせんかね」
「うん?」
ポツポツと、雨が降ってくる。
「お相手願いましょうか?」
「勘弁してくれ、疲れてるんだ」
「戦場に行ったら疲れたは通じませんよ」
(またそれか......)
何かあるといつもそうやって、鼓舞させる。伊吹は深い溜め息。
「分かった。雨が降るから、道場へ行こう」
「いえ...... 。雨だろうと、なんだろうと関係ないです」
降旗軍曹は構えた。
(柔道か...... )
降旗軍曹が伊吹の襟首を掴もうとしたが、伊吹はそれを払って、殴った。
「......やりますね」
頬を押さえつつも、ニタリとする。
「卑怯な手を覚えたんだ。戦場で少しでも生き残るためには、卑怯な手を使うんだろう?」
「ええ。立派になりましたね」
「汚く生きないと、少しでも敵を倒さないといけないからな」
伊吹は今度は柔道の構えをした。
降旗軍曹も伊吹の襟首を掴んだ。
持っていかれそうになった伊吹だが、なんとか踏ん張る。手を離されて、伊吹よろけたところで、平手打ちを食らわされた。
「痛いじゃないか!!」
「ムキになりますか? あなただって殴ったでしょうが」
降旗軍曹はやれやれと、頭を振る。
「......それもそうか.........」
伊吹はすっかり忘れて考えると、視界が一回転して、背中が痺れた。
雨が降り始めたけれど、伊吹があまり濡れないのは降旗軍曹が身体でカバーしていたから。
「濡れるぞ......」
「......構いませんよ。あなたのためなら」
(こう見ると、凛々しいんだな......)
また襟首を捕まれて、乱暴に立たされると、そのまま木に打ち付けられた。伊吹は痛みに、唾を吐いてしまう。
降旗軍曹は思い切り、平手打ちを何回もした。
伊吹はそれでも睨み付ける。
今度は掌から拳になった。
教室に戻っていた池山は、二人の行動をずっと見ており、平手打ちから拳に変わった時、駆け出して、二人を見守るように見ていた。
「お前、正気か?!?!」
伊吹はそう呟いた。相手というよりは暴力に近い。
「......くっ.........」
降旗軍曹は唇を噛み締める。
「俺を.......死ねと、命令してくれませんか?」
伊吹はキョトンとしたものの、
「........は?」
と言う、裏返った声を出す。
「このままだと、あなたを!! ......あなたを!」
雨が本降りになる。
「............死ねと命令するのは、戦場のみだ」
伊吹はやっと降旗軍曹の想いが分かった。そして、力なく、
「すまない」
と、謝る。
降旗軍曹は身体を曲げて嗚咽を漏らすも、すぐに姿勢を戻して敬礼し、
「これからは少尉殿に一生の部下として、ついて行きます!」
と、声を張り上げた。
伊吹は降旗軍曹の背中を見つめ、雨に打たれた。
(わたしは最低だな......)
雨に打たれていると、傘を差し出された。
池山だった。
「10月の雨は寒い......。すぐに風邪をひくぞ」
「そんなヤワじゃあないよ」
「無理するなよ」
「......無駄に、優しくしないでくれ。切なくなる」
「もう無理だよ。今は、突き放せない」
池山は悲しそうに言った。
「優しくして欲しいのは、裕太郎だけだ」
伊吹はあえて言った。
「なら、彼の変わりでいいか?」
(バカだなぁ.........)
なんて伊吹は、そう思った。
どんよりとした雲で、今にも雨が降りそうだ。
「なんだ?」
「少し足るんでいやせんかね」
「うん?」
ポツポツと、雨が降ってくる。
「お相手願いましょうか?」
「勘弁してくれ、疲れてるんだ」
「戦場に行ったら疲れたは通じませんよ」
(またそれか......)
何かあるといつもそうやって、鼓舞させる。伊吹は深い溜め息。
「分かった。雨が降るから、道場へ行こう」
「いえ...... 。雨だろうと、なんだろうと関係ないです」
降旗軍曹は構えた。
(柔道か...... )
降旗軍曹が伊吹の襟首を掴もうとしたが、伊吹はそれを払って、殴った。
「......やりますね」
頬を押さえつつも、ニタリとする。
「卑怯な手を覚えたんだ。戦場で少しでも生き残るためには、卑怯な手を使うんだろう?」
「ええ。立派になりましたね」
「汚く生きないと、少しでも敵を倒さないといけないからな」
伊吹は今度は柔道の構えをした。
降旗軍曹も伊吹の襟首を掴んだ。
持っていかれそうになった伊吹だが、なんとか踏ん張る。手を離されて、伊吹よろけたところで、平手打ちを食らわされた。
「痛いじゃないか!!」
「ムキになりますか? あなただって殴ったでしょうが」
降旗軍曹はやれやれと、頭を振る。
「......それもそうか.........」
伊吹はすっかり忘れて考えると、視界が一回転して、背中が痺れた。
雨が降り始めたけれど、伊吹があまり濡れないのは降旗軍曹が身体でカバーしていたから。
「濡れるぞ......」
「......構いませんよ。あなたのためなら」
(こう見ると、凛々しいんだな......)
また襟首を捕まれて、乱暴に立たされると、そのまま木に打ち付けられた。伊吹は痛みに、唾を吐いてしまう。
降旗軍曹は思い切り、平手打ちを何回もした。
伊吹はそれでも睨み付ける。
今度は掌から拳になった。
教室に戻っていた池山は、二人の行動をずっと見ており、平手打ちから拳に変わった時、駆け出して、二人を見守るように見ていた。
「お前、正気か?!?!」
伊吹はそう呟いた。相手というよりは暴力に近い。
「......くっ.........」
降旗軍曹は唇を噛み締める。
「俺を.......死ねと、命令してくれませんか?」
伊吹はキョトンとしたものの、
「........は?」
と言う、裏返った声を出す。
「このままだと、あなたを!! ......あなたを!」
雨が本降りになる。
「............死ねと命令するのは、戦場のみだ」
伊吹はやっと降旗軍曹の想いが分かった。そして、力なく、
「すまない」
と、謝る。
降旗軍曹は身体を曲げて嗚咽を漏らすも、すぐに姿勢を戻して敬礼し、
「これからは少尉殿に一生の部下として、ついて行きます!」
と、声を張り上げた。
伊吹は降旗軍曹の背中を見つめ、雨に打たれた。
(わたしは最低だな......)
雨に打たれていると、傘を差し出された。
池山だった。
「10月の雨は寒い......。すぐに風邪をひくぞ」
「そんなヤワじゃあないよ」
「無理するなよ」
「......無駄に、優しくしないでくれ。切なくなる」
「もう無理だよ。今は、突き放せない」
池山は悲しそうに言った。
「優しくして欲しいのは、裕太郎だけだ」
伊吹はあえて言った。
「なら、彼の変わりでいいか?」
(バカだなぁ.........)
なんて伊吹は、そう思った。
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