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67 束の間の幸せ

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ーーー翌日の夕方。


 伊吹は大学が終わってから、そのまま歌劇団へと直行した。みんな伊吹を見て驚き、ヒソヒソ、
「男装軍人だ」
 と、言う者もあれば、
 若い女性ならば、憧れの姿勢を見せて近づくが、それを払いのけた。

 裕太郎様、と、書かれた部屋に、不躾に入った。

 裕太郎は鏡から伊吹の様子を見て、不快さを表した。

「なんだい? いくら伊吹でも、失礼だろう?」

「失礼なのはどっちだ! あ、あんな熱烈な......接吻はないだろう!!」

 不快な顔を見せた裕太郎ではあるが、ニコリとする。

「なんだ、やきもちかい」
「ち、違う! あれではこっちが被害を被っているんだぞ」
「へぇ? どんな風に?」
 裕太郎は立ち上がって、ゆっくりと伊吹に近づいていく。
「そ、それはだな!!」

 伊吹の威厳がなくなっていき、もじもじし始める。

 接吻が出来るほど近づくと、伊吹の顎をくいっ、と、上げる。

 ほんのりと、伊吹の頬はさくらんぼ色。

「忙しくて会えてないし......、あの熱烈な接吻に、伊吹は妬いた?」
 裕太郎は嬉しそうに言う。
「ち、違う......」
「そう?」
 裕太郎は意地悪く、手から離す。

「大学では池山と、そんな噂されてるんだぞ!」

 伊吹はやっと言った。

「え?! ライバルとか?! それは困ったなぁ......」
「だろう?」
「伊吹が妬いてくれて、俺はとても嬉しいけど。現実と、舞台と伊吹はどっちを信じる?」

 優しい瞳で、伊吹を見詰めてくる裕太郎。

「そ......、それは......」 

 あたるの表情を見ると、伊吹はいてもたってもいられない。あたるの表情はうっとりしている。このままではあたるが追いかけてしまう気がして、ヒヤヒヤするのだ。

「心配しないで。心には、いつも伊吹がいるから」

「そ、そうか?」

「ああ」

 嬉しい事を言ってくれるが......。

「噂はどうするんだよ」
 と伊吹。
「それじゃあ、噂を吹き飛ばすような事をすればいいさ」
「え?」
「また、毎日待ち合わせをする」
「ど、どこで?」
「伊吹の好きな甘味処とか」
「時間がないだろう」
「休憩時間は赤いルージュ劇場と一緒だ」
「そ、そうか」
 何故か裕太郎は嬉しそう。

「なんだよ......」
「しょっちゅうどもってる伊吹が、可愛いなと思ってね」
「あー、もう」
 そうさせてるのは、裕太郎なのに......。と、思う伊吹。

 裕太郎はまた伊吹の顎を指でくいっと上げると、淡い口づけをした。

「明日から待ってるよ」
 裕太郎の笑顔。

「う、うん」

 そんなつもりで来たわけではなかったのだが、予想外だった。このまま乗り込んで、脚本を変えて貰おうという気持ちで来たのに、裕太郎の甘い魅惑に負けてしまった。

 また毎日会えるという楽しみ。 
 
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