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66 不運な香り......
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大学でも士官学校でも、伊吹と池山中尉は渦中の人であった。
池山中尉は嬉しそうだが、伊吹は不機嫌。
「あからさまにそんな顔をしないでくれよ」
と、池山。
「観に行く奴いるんだな」
伊吹は呆れる。
「まぁ......、プリンセス役が好きな奴もいるだろうしな」
あれ以来、裕太郎と会っていないので少しもやもやする。
(思い切り接吻していたぞ、あの二人......)
舞台とはいえ......、思い出す度に赤面する。
「現実になってもいいんだけど」
と、池山。
伊吹は眉間に凄い皺を寄せ、
「半径一メートル近づくな」
と、低い声で威嚇する。
「冗談。それは嫌だから、ごめん」
池山は肩を竦めて、素直に謝った。
「......最近会っているのか? そう言えば」
と、池山。
「いや、それどころじゃないよ」
「雑誌なんかにひっぱりだこ。いっぱしの一流俳優気取り」
「赤いルージュ劇場を忘れているんじゃないのか? あいつ。緑里も少しおかしくなってるし」
池山の会話に否定しないで、同調し、伊吹は膨れる。
「そうなのか?」
「メランコリー気味なのが、さらに酷くなってる」
「へぇ。彼女も大変なんだな」
伊吹は頷いた。
「久々に行ってみようか」
と、池山。
「頼むよ。たまに緑里が手に終えなくなるんだが」
「扱い方が分からないから。千夏ちゃんを見たい」
「相変わらず千夏ちゃん一途だな。池山は」
「一途なのは伊吹だけど」
さらりと告白する池山。
いっそ池山となら、きっと楽だろうな......。
なんて、口に出したら、傷つくのは間違いないだろう。と、思えるようになった伊吹は、裕太郎のお陰だろう。
だが、伊吹は、
「今度会いに行って、抗議してくるつもりだ」
と、釘を指すように言ったら、池山は悲しい顔をした。
廊下を歩いていると、中将の畑中がやってくる。
二人は廊下の端に避けて、敬礼。
「君が噂の......男装......、いや、藤宮伊吹少尉かね」
「はっ!」
伊吹は敬礼した。
彼は父、謙三とあまり変わらない。
50代半ば。
(ん? 噂されているイメージとは違うな。まぁ、女の噂など、たかが知れている......か...)
ふ......ん...。
と、畑中中将は思う。
ーーー1ヶ月前の畑中の邸宅にて。
彼の家は洋館の造りになっており、夜会をよく開いて若い将校たちと談義をしていた。
奥様方は紅茶でパーティー。
一人の青年将校が、婚約者を連れてやってくる。萩原と言って、24才。
婚約者は飲料会社の社長令嬢。
婦人方はその社長令嬢を見ると、
「まぁ、なんて綺麗なご令嬢かしら」
と、口々に囁く。
それは洋服姿の似合う静子だった。
「畑中中将殿、初めまして。萩原の婚約者、静子と申します」
「おぉ......。萩原君もまた、綺麗なご令嬢を見つけてきたなぁ」
畑中中将は静子を見て、ふーん、と、頷く。
「父との会社関係で知り合ったのです」
「そうか。和子、ご婦人方の仲へ入れてやりなさい」
「はい。さぁ、こちらへ」
「ありがとうございます。奥様」
静子は会釈をして、和子の後ろへ付いていく。
この時点では、物静かな印象を与えなくはない。
「あなたと同じくらいの年のお嬢様たちもいるから、きっと話しも弾むと思いますわ」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
この時の畑中と萩原は静子の態度を見て、とてもしおらしい女性だと、思ったことだろう。
美しいバラには刺がある、というのを知りながらも、騙されてしまうのだ。
池山中尉は嬉しそうだが、伊吹は不機嫌。
「あからさまにそんな顔をしないでくれよ」
と、池山。
「観に行く奴いるんだな」
伊吹は呆れる。
「まぁ......、プリンセス役が好きな奴もいるだろうしな」
あれ以来、裕太郎と会っていないので少しもやもやする。
(思い切り接吻していたぞ、あの二人......)
舞台とはいえ......、思い出す度に赤面する。
「現実になってもいいんだけど」
と、池山。
伊吹は眉間に凄い皺を寄せ、
「半径一メートル近づくな」
と、低い声で威嚇する。
「冗談。それは嫌だから、ごめん」
池山は肩を竦めて、素直に謝った。
「......最近会っているのか? そう言えば」
と、池山。
「いや、それどころじゃないよ」
「雑誌なんかにひっぱりだこ。いっぱしの一流俳優気取り」
「赤いルージュ劇場を忘れているんじゃないのか? あいつ。緑里も少しおかしくなってるし」
池山の会話に否定しないで、同調し、伊吹は膨れる。
「そうなのか?」
「メランコリー気味なのが、さらに酷くなってる」
「へぇ。彼女も大変なんだな」
伊吹は頷いた。
「久々に行ってみようか」
と、池山。
「頼むよ。たまに緑里が手に終えなくなるんだが」
「扱い方が分からないから。千夏ちゃんを見たい」
「相変わらず千夏ちゃん一途だな。池山は」
「一途なのは伊吹だけど」
さらりと告白する池山。
いっそ池山となら、きっと楽だろうな......。
なんて、口に出したら、傷つくのは間違いないだろう。と、思えるようになった伊吹は、裕太郎のお陰だろう。
だが、伊吹は、
「今度会いに行って、抗議してくるつもりだ」
と、釘を指すように言ったら、池山は悲しい顔をした。
廊下を歩いていると、中将の畑中がやってくる。
二人は廊下の端に避けて、敬礼。
「君が噂の......男装......、いや、藤宮伊吹少尉かね」
「はっ!」
伊吹は敬礼した。
彼は父、謙三とあまり変わらない。
50代半ば。
(ん? 噂されているイメージとは違うな。まぁ、女の噂など、たかが知れている......か...)
ふ......ん...。
と、畑中中将は思う。
ーーー1ヶ月前の畑中の邸宅にて。
彼の家は洋館の造りになっており、夜会をよく開いて若い将校たちと談義をしていた。
奥様方は紅茶でパーティー。
一人の青年将校が、婚約者を連れてやってくる。萩原と言って、24才。
婚約者は飲料会社の社長令嬢。
婦人方はその社長令嬢を見ると、
「まぁ、なんて綺麗なご令嬢かしら」
と、口々に囁く。
それは洋服姿の似合う静子だった。
「畑中中将殿、初めまして。萩原の婚約者、静子と申します」
「おぉ......。萩原君もまた、綺麗なご令嬢を見つけてきたなぁ」
畑中中将は静子を見て、ふーん、と、頷く。
「父との会社関係で知り合ったのです」
「そうか。和子、ご婦人方の仲へ入れてやりなさい」
「はい。さぁ、こちらへ」
「ありがとうございます。奥様」
静子は会釈をして、和子の後ろへ付いていく。
この時点では、物静かな印象を与えなくはない。
「あなたと同じくらいの年のお嬢様たちもいるから、きっと話しも弾むと思いますわ」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
この時の畑中と萩原は静子の態度を見て、とてもしおらしい女性だと、思ったことだろう。
美しいバラには刺がある、というのを知りながらも、騙されてしまうのだ。
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