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65 それぞれの道
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緑里は伊吹を誘った。
酒は飲めないから、伊吹提案の【ローズ】だ。
「あたるとわたしは、二人で舞台に立とうとしていた人間なのよ」
伊吹は黙って頷く。
「だけど、あたるが歌劇団に引き抜かれてね。意気高揚としていたわたしは、自暴自棄に」
緑里はたばこを吸う。
「そこで裕太郎が【赤いルージュ劇場】にやってきたのよね」
緑里は珈琲を飲んだ。
「そうだったんだ」
「裕太郎と一緒にやってきたのに、暫くいなくなるなんて.........」
ふふっ、と、笑った。
「マスターの気合いは嬉しかったけど」
と、続けて緑里が言う。
「わたしはずっと【赤いルージュ劇場】のお姫様なのかしらね......」
「緑里がいないと成り立たないと思います。千夏はアイドルですし」
伊吹は慰める。
「あら、珍しい事を言うのね」
「まぁ......、わたしも二人のユニットは好きですから。本当は他の人のとは見たくないんですがね」
「そう言うファン、いるでしょうね」
「二人とも大丈夫かな」
「まぁ......、どう転ぶかよね。いい方へ行けばいいけど。だけど、ちょっと羨ましい」
緑里は寂しそうな顔をした。
何で寂しそうな顔をしたのか、伊吹はそれを聞くのは野暮だな......、そう思って、パルフェを口にした。
普段は甘いのに、苦く感じた。煙草がいけないんだ。その苦味をわざと消すように珈琲を飲んだ。
ーーー歌劇団舞台初日。
伊吹は二つの花束を持って、歌劇団の舞台裏へと向かった。珍しく男装をしている。
ドアの前には裕太郎様、と、書いてある。
いつもの癖で、ノックもせずに、ドアを開けた。
「びっくりしたー」
裕太郎はビクリとして、鏡から伊吹を見た。
「すまない。つい、うっかり。いつもの癖だ」
「その癖やめろよ。他じゃ通用しないぞ。マスターだから許されるんだ」
裕太郎は優しく忠告した。
「それもそうだなぁ......」
何本もある花束から声が聞こえる。
伊吹がわざと顔を隠していた。
「初日、おめでとうございます」
と、伊吹。
「綺麗だ!」
「だけど、花束はたくさん貰っているな......」
テーブルの上に置いてあるたくさんの花束や鉢の花を見て言った。
(交友関係がいっぱいあったのか......。独占してはいけないな)
と、思う伊吹。
「何言ってるんだい。伊吹に貰えるのが一番嬉しいさ」
と言うと、花束を受け取る。
「一個は響あたるさんだ」
「ああ、そうだったか」
裕太郎は気まずそうに、伊吹に返した。
「優しいな、伊吹は」
「そうかな? 初めて言われた。彼女の楽屋はどこ」
と、伊吹。
「すぐ隣だよ」
伊吹は頷いて、部屋を出ようとすると、
「やっぱり、俺も行くよ」
と言った。
「どうして?」
「さっきのようにドアを開けると、あたるが驚くから」
(......あたる)
もやっとくる伊吹。
緑里なら分からなくないが、別の女性ともなると、別なのかも知れない。
花束を渡してから、観覧席へ向かった。
二階席だ。
裕太郎が登場すると黄色い声が響いてきて、裕太郎様ー!
と言う甘い声が。
(相変わらずだな)
舞台を見ていると伊吹は赤面する。
(なんだよ、この色恋......。池山とはそんななかったぜ。むしろ......。いや、あの訓練があったから、助かったんだけどさ.........)
しかも、目も当てられないほど、歯がゆい。
(勘弁してくれ。あれは勘違いされるぞ)
伊吹は溜め息。
最後の極めつけは、接吻とみた。
「うっ?!」
伊吹は声を上げる。
周囲で見ていた人はその声に、一瞥する。
そうして、ヒソヒソ、男装軍人だわ、と言う噂声。伊吹は思わず顔を隠した。
終わると、伊吹は逃げるように劇場へ出る。
いつもの公園に行くと、先ほどの劇場とはうって代わり静かだった。
6月下旬。
土の匂いがして、雨が降りそうだ。
懐中時計で時間を確認する。
(11時か......。初日だし、色々あるんだろうな)
ポツッ、ポツッ。
雨が頬に当たる。
伊吹は走って帰ることにした。
その後で、傘を差した裕太郎が公園に来た。
(伊吹はいないか......)
そうして、雨は本降りとなった。
【男装軍人と三銃士】は爆発的に大ヒットとなる。
「参ったな......」
と、ボヤいたのはマスター。
「看板のポスター、題材的に取り上げられてますよ。裕太郎、下手をするともうこっちに戻ってこないんじゃ」
と、前田。
「舞台も大きいしね」
緑里はタバコを取り出し、箱を投げるように置いた。
「それでも、こっちの客足は満員御礼だ。緑里の歌声でな」
「歌謡ショーじゃないのよ。劇をやりたいの!」
緑里は声を張り上げた。
「そう声を張り上げるな。ダンスと歌で魅了されてるじゃないか。柔軟性を考えるんだ」
「ダンスなんかより劇って言ってるでしょ!!」
緑里の癇癪が始まる。
「手に追えん! 少し休め!!」
「あんたがそうしたくせにっ!」
緑里は叫んで、乱暴にドアを閉めた。
酒は飲めないから、伊吹提案の【ローズ】だ。
「あたるとわたしは、二人で舞台に立とうとしていた人間なのよ」
伊吹は黙って頷く。
「だけど、あたるが歌劇団に引き抜かれてね。意気高揚としていたわたしは、自暴自棄に」
緑里はたばこを吸う。
「そこで裕太郎が【赤いルージュ劇場】にやってきたのよね」
緑里は珈琲を飲んだ。
「そうだったんだ」
「裕太郎と一緒にやってきたのに、暫くいなくなるなんて.........」
ふふっ、と、笑った。
「マスターの気合いは嬉しかったけど」
と、続けて緑里が言う。
「わたしはずっと【赤いルージュ劇場】のお姫様なのかしらね......」
「緑里がいないと成り立たないと思います。千夏はアイドルですし」
伊吹は慰める。
「あら、珍しい事を言うのね」
「まぁ......、わたしも二人のユニットは好きですから。本当は他の人のとは見たくないんですがね」
「そう言うファン、いるでしょうね」
「二人とも大丈夫かな」
「まぁ......、どう転ぶかよね。いい方へ行けばいいけど。だけど、ちょっと羨ましい」
緑里は寂しそうな顔をした。
何で寂しそうな顔をしたのか、伊吹はそれを聞くのは野暮だな......、そう思って、パルフェを口にした。
普段は甘いのに、苦く感じた。煙草がいけないんだ。その苦味をわざと消すように珈琲を飲んだ。
ーーー歌劇団舞台初日。
伊吹は二つの花束を持って、歌劇団の舞台裏へと向かった。珍しく男装をしている。
ドアの前には裕太郎様、と、書いてある。
いつもの癖で、ノックもせずに、ドアを開けた。
「びっくりしたー」
裕太郎はビクリとして、鏡から伊吹を見た。
「すまない。つい、うっかり。いつもの癖だ」
「その癖やめろよ。他じゃ通用しないぞ。マスターだから許されるんだ」
裕太郎は優しく忠告した。
「それもそうだなぁ......」
何本もある花束から声が聞こえる。
伊吹がわざと顔を隠していた。
「初日、おめでとうございます」
と、伊吹。
「綺麗だ!」
「だけど、花束はたくさん貰っているな......」
テーブルの上に置いてあるたくさんの花束や鉢の花を見て言った。
(交友関係がいっぱいあったのか......。独占してはいけないな)
と、思う伊吹。
「何言ってるんだい。伊吹に貰えるのが一番嬉しいさ」
と言うと、花束を受け取る。
「一個は響あたるさんだ」
「ああ、そうだったか」
裕太郎は気まずそうに、伊吹に返した。
「優しいな、伊吹は」
「そうかな? 初めて言われた。彼女の楽屋はどこ」
と、伊吹。
「すぐ隣だよ」
伊吹は頷いて、部屋を出ようとすると、
「やっぱり、俺も行くよ」
と言った。
「どうして?」
「さっきのようにドアを開けると、あたるが驚くから」
(......あたる)
もやっとくる伊吹。
緑里なら分からなくないが、別の女性ともなると、別なのかも知れない。
花束を渡してから、観覧席へ向かった。
二階席だ。
裕太郎が登場すると黄色い声が響いてきて、裕太郎様ー!
と言う甘い声が。
(相変わらずだな)
舞台を見ていると伊吹は赤面する。
(なんだよ、この色恋......。池山とはそんななかったぜ。むしろ......。いや、あの訓練があったから、助かったんだけどさ.........)
しかも、目も当てられないほど、歯がゆい。
(勘弁してくれ。あれは勘違いされるぞ)
伊吹は溜め息。
最後の極めつけは、接吻とみた。
「うっ?!」
伊吹は声を上げる。
周囲で見ていた人はその声に、一瞥する。
そうして、ヒソヒソ、男装軍人だわ、と言う噂声。伊吹は思わず顔を隠した。
終わると、伊吹は逃げるように劇場へ出る。
いつもの公園に行くと、先ほどの劇場とはうって代わり静かだった。
6月下旬。
土の匂いがして、雨が降りそうだ。
懐中時計で時間を確認する。
(11時か......。初日だし、色々あるんだろうな)
ポツッ、ポツッ。
雨が頬に当たる。
伊吹は走って帰ることにした。
その後で、傘を差した裕太郎が公園に来た。
(伊吹はいないか......)
そうして、雨は本降りとなった。
【男装軍人と三銃士】は爆発的に大ヒットとなる。
「参ったな......」
と、ボヤいたのはマスター。
「看板のポスター、題材的に取り上げられてますよ。裕太郎、下手をするともうこっちに戻ってこないんじゃ」
と、前田。
「舞台も大きいしね」
緑里はタバコを取り出し、箱を投げるように置いた。
「それでも、こっちの客足は満員御礼だ。緑里の歌声でな」
「歌謡ショーじゃないのよ。劇をやりたいの!」
緑里は声を張り上げた。
「そう声を張り上げるな。ダンスと歌で魅了されてるじゃないか。柔軟性を考えるんだ」
「ダンスなんかより劇って言ってるでしょ!!」
緑里の癇癪が始まる。
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緑里は叫んで、乱暴にドアを閉めた。
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