モダンな財閥令嬢は、立派な軍人です~愛よりも、軍神へと召され.....

逢瀬琴

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59 初めての接吻

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 伊吹は裕太郎を誘い、大前家に行った。喪中と言うのは書かれておらず、ひっそりしている。
 それでも喪中姿である美千子であるが、どこか痩せてしまい、青ざめていた。

(妊婦なのに、ちゃんと食べているのだろうか?)
 伊吹はそれが気掛かりでならない。

「あんな形で亡くなったでしょう?」
「ええ」
「近所の目が冷たいですし、物を買うにも不便で......」
   美千子はお茶を差し出す。
「大丈夫ですか?」
 美代子は微笑んだだけだ。
「もし、お困りのようでしたら......」
 伊吹がそう話すと、
「いいえ。これが落ち着いたら実家に帰ろうと思います」
「ご実家はどちらに?」
「広崎です」
「長旅ですね。お子さんが見えないようですが」
「先週に主人がおじいちゃまのところへ、と、子供たちを言いくるめてそのまま連れていきました。その頃からもう覚悟はしていたのでしょうね」
「そうでしたか」
「ええ。思い残すことはもうございません」
 悲しげに微笑む。
「最後、裕太郎様とお嬢様に会えた事を、思い出に帰ります」

「少しでもわたしを思い出して下さい。何かあれば擁護致します」
 美千子は頭を下げて、何も言わなかった。
 
 

 後日、美千子はお腹にいる胎児と共に自害したという。
 のちに他の子どもたちは広﨑で、新型原子爆弾で亡くなってしまう。


 
 美千子の家に寄ってから、二人は公園に寄って、ベンチに腰掛けた。
「首相が襲撃されて、これからどうなるのかな。この国は」
 裕太郎はポツリと呟く。
「そうだな」
 伊吹もその一言だけで、黙ってしまう。

「オーディション、残念だったな」
 と、伊吹。
「いや。伊吹の方が大事だから。特に悔しくはないよ」
「歯がゆいことを平気で言うのは変わらないな」
「やっぱり記憶が戻ってたのか?」
 裕太郎は少し複雑な表情になる。
 「ああ。それどこれじゃなかったし、どこで気づいたんだ」 
「酷い目で見ていたくせにって言ってた」
「あの爆発の衝撃だろうな。不思議な感覚だったよ」
「改めてすまない......」
「もういい。嫌でなければ誘わないだろう。すんだ事だ。わたしも酷いことを言ったし」
「強欲の鬼か?」
 裕太郎は苦笑する。
「なかなかだろう」
「伊吹にしか言えないな」
 伊吹はふふっと微笑む。

「お帰り」
 と言ったのは裕太郎だ。
「ただいま、かな」
 伊吹は照れくさそうに言う。
「ずっと会いたかった」
「会ってるだろう?」
 ハハッと笑う伊吹。
「記憶が戻った伊吹に、だ」
「そう......か......」
「ああ」
 裕太郎はそう言うと、伊吹の唇に顔を近づけた。伊吹は驚いたものの目を瞑る。
 唇が重なった。
 
 初めての口付け。

「初めてだ」
 と、伊吹。
「そうか」
「軍服でなくてよかった」
「軍服でもいいよ」
 伊吹は嬉しそうに微笑む。
「伊吹がいなくなるのが、とても辛かった。目の前にいるのに、俺の記憶だけが抜けてるなんて、信じられなかった」
「わたしもだ......。それだけ、裕太郎が好きだったんだと、自覚出来たよ」
「腹空かないか?」
 と、裕太郎。
「そうだな」
 伊吹は懐中時計を取り出して見ると、18時を回っていた。
「夕飯でも食べるか」
「......ラーメンの屋台があったな」
「それでいいのか?」
 伊吹は頷く。

 裕太郎の劇場での言葉。
 
 自分で稼いだお金で、好きな女性を養いたい。
 
 その言葉がとても嬉しい。

 裕太郎は席から立って、伊吹に手を差しのべた。
 
 伊吹は遠くを見つめて、険しい顔になる。
「どうした......?」
 裕太郎は振り向くと、静子だった。
 ハンドバックを胸に抱えている。
 裕太郎は青ざめた。
(どこまで見ていたんだ?)
「裕太郎様......」
 静子の声が震えている。
    
「悪いな。先約がここにいるんだ」
 伊吹が声を出す。
「知っているわ、裕太郎様。わたしは裕太郎様が好きなの」
 静子は裕太郎の腕を取り、すり寄る。
「あなたよりも、ずっと前から好きなの」
「お嬢様」
「いつも静子って呼んでいるじゃない」
「この人が、この人でいつもわたしといる時はうつつなのね?!」
「そうじゃない」
「ウソだわ! この人といるといつも楽しそう! わたしより! わたしの事はお金しか思ってないのよ!」
 裕太郎はそう言われて、否定出来なかった。

「しっかりしなきゃな......」
 裕太郎は悔しそうに目を瞑り、そう呟いた。

「もう......会わない........」
  裕太郎は伊吹を見ずにそう呟いた。
「お前とは何もない。悪かったな。静子お嬢様」
 伊吹は観念した。

 結局はこのお嬢様の所へ行ってしまうのだ。
 記憶など戻るんじゃなかった。
 

 伊吹は唇を噛み締める。

    
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