モダンな財閥令嬢は、立派な軍人です~愛よりも、軍神へと召され.....

逢瀬琴

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57 二度目の恋

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 忙しかった謙造が邸宅にいて、フォーマルに着替えていた。
「お父様、帰っていらしたのですか」
「伊吹、大変な時にいてやれなくて、すまなかったな」
 姿鏡から謙造は、伊吹を見た。
「いえ、大丈夫ですから」
 伊吹は微笑む。
「これから首相たちと会合なんだ」
「そうですか」
  
 今は5月の中旬。
 時刻は日曜日の午後4時。

「伊吹はどこへ行くんだ」
「......ちょっと」
 裕太郎に誘われたので、ひとまず【ローズ】で待ち合わせする事となった。 
 マスターは渋ったが、裕太郎は正一に代役を頼んでいるそうだ。

 伊吹はいつもの紺のスカートに赤いベルベットの肩まであるボレロを羽織っていた。

「どこまで行く?」
「○宿方面です」
「それじゃ一緒に行こう。前崎の運転でな」
 伊吹は微笑んだ。

 下町に入る手前でリムジンが止まる。
 みんなどんな人が乗ってるのかと、ちろちろ伺っていた。
 
 伊吹はドアを開けると、みんなハッとして歩き出した。
(綺麗なご令嬢だったねぇ)
(お母さーん、ああなりたい)
(馬鹿だね。簡単になれるもんじゃないよ)

「なんだ?」
 伊吹はキョトンとする。

 すると背後から、
「伊吹ッ!」
 と、裕太郎の声。
「リムジンで来たから驚いた。やっぱりご令嬢だな」
 裕太郎はくすくす笑う。
  
 謙造は二人の仲を見て、
(なんだ、面白くないな)
 と、思いながらも、
「やあ、裕太郎君」
 と、声を掛けた。
 父の嫉妬である。

「お久しぶりです。謙造さん」
 裕太郎は挨拶をした。おとう様と呼ばず名前で呼ぶのが憎らしい。
(おとう様と少しでも口にしたら、文句を言ってやろうと思ったのに)
「おお。裕太郎君も頑張ってるようだね」
「はい」
「よろしい」
 謙造は微笑んで、すぐに前崎に車を出すように指示をした。

「まだ時間もあるからローズでもいいよな」
「ああ」
 とだけ、伊吹は答えた。

(なんだか男らしい奴だな......)
 少しドキドキしている伊吹だ。

 伊吹は珈琲とケーキを頼み、裕太郎は珈琲のみ。

 時刻は午後5時。

 裕太郎はふっと微笑み、
「懐かしいな」
 と、呟く。
「何がだい?」
「クリームを口端に付けて食べる。ご令嬢なのに、変わらない」
 伊吹は恥ずかしそうに、ハンカチをハンドバックから取り出して拭いた。
 済んだところで、
「今日は、君はレディだから奢るよ」
 と、陽気に言う。
「なんだよ、それは」
 屈託なく笑う伊吹を見て、裕太郎は寂しく思った。
(俺の事はすっかり忘れているのだな)
「それじゃ、お言葉に甘えて」
 伊吹は微笑む。   
 
 他愛ない話をしながら歩いている。

 反対側の方でたまたま出かけていた裕太郎のパトロン、静子が裕太郎と伊吹を睨み付けるように見ていた。
(あのお方は誰なの? あんなに仲よさそうで!)
 裕太郎様はわたしだけのものなのにっ。
 とでも言わんばかりの表情。

 二人が銀行の手前で差し掛かる時、銀行の入り口で爆発が起こる。

 二人は風爆によって地面へ叩きつけられ、周囲も第パニックだ。
 この返を歩いていた人たちも巻き込まれたらしく、倒れている人もいた。
 気が付いた裕太郎は、伊吹を見つける。
 伊吹は失神しているようだ。
 怪我をしているかどうかを確認してから、慎重に伊吹を動かそうとすると、伊吹の眉根が動く。
(よかった)
 ほっと胸を撫で下ろす。

「な、何が起こった......? 爆弾でも降ってきたか......」
「分からん。ただ、怪我人も出てる」
「なんだと」 
 伊吹は裕太郎の身体を借りて起き上がる。
 ふらついた。
「大丈夫か?」
「ああ。ありがとう」

「胸騒ぎがする」
 と、伊吹。
「え? 俺も行こう」
「いや、夢のオーディションだろ」
「赤いルージュにもある。一緒に行く」
「だが.......」
「君にひどい顔をしてしまったから、償いでもある.........」

 伊吹は、
「同情ならいらんぞ」
 と、呟いた。

「いや、違う!! 今度こそ力になりたいんだ!」
「熱い男だったか? 裕太郎は......」
 伊吹は溜め息をついて、
「まぁ、付いてこい。危険なら逃げろよ。そこまで見てやれんからな」
 襲撃事件で伊吹は学んだ事だ。
 相手を思う余裕なんて、生まれない。

 裕太郎は真剣に頷いた。
「行こう」
 伊吹は促す。

 静子が憎しみをこちらへ向けているとも知らずに。
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