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54 失った記憶でも......
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席は後ろの方へ腰掛けた。
ガヤガヤと騒がしかったが、ライトが消えると静まり返った。
きらびやかな世界に飲み込まれる。
(......わたしはこれすらも忘れてしまったのか?)
愕然とする。
裕太郎がこちらを見ながら演技をしているように見えるが、席は後ろの方だ。
そんなはずはない。
おじさんの部屋に入った時だって済ましていた。昨日の温度差とはまったく違う。
けれど、伊吹は目が離せられなかった。
スタンドマイクが二本立てられ、音楽が流れる。今流行りの、
『恋は優しい~』
である。
その歌唱力は圧巻。
女性陣はうっとりしている。
女性の気持ちも分からなくない。
(ファンになりそうだ)
裕太郎はたまにこちらを見ながら歌う。吸い込まれていきそうな瞳だ。
裕太郎と緑里のデュエットで拍手喝采。
伊吹も思わず立ち上がり、一生懸命拍手をした。三井という男も拍手をしている。
それを見た裕太郎は嬉しそうに伊吹を見て、微笑み返した。
まさかとは思うが、伊吹は照れくさくなり俯いてしまうが、また、恥ずかしそうに顔を上げると、微笑んでいた。
席は遠いのに裕太郎は見つけてくれた......。
なんだか恥ずかしくなった。
傷つけられた男に対して、どうして、こう胸の高鳴りがするのだろうか。
夜の部が終わり、伊吹はマスターの部屋に戻った。
「凄い男だった......」
「裕太郎か?」
おじさんは苦笑する。
「それを見る目があるおじさんは凄いよ」
「じゃなきゃ、劇場なんて出来んよ」
「そうか......」
「珈琲を煎れてやる」
「ありがとう」
ドアが開くと、三井が、
「さすがに圧巻でしたねっ!! 話を進めさせて下さい!」
不躾に入ってきて話す。おじさんは立ち上がって、
「よろしいのですか?!」
と、嬉しそうに言った。
「裕太郎さんの色気ある歌声に、緑里さんの甘いハーモニィは堪りません! これは売れますよ!」
(うるさい奴だな。営業マンってこんな奴が多いのか?)
と、伊吹。
裕太郎と緑里がやってくると、
「二人とも凄く素晴らしいですねっ! ぜひ、レコードにしてもらいたいのです」
と、勢いよく言ってくるので、二人は驚いてしまう。
カバンから一枚の紙を取り出す三井。
「よろしければ、ここに契約をお願いいたします」
「えっ?」
戸惑う赤いルージュの人たち。
「いえね、客席の方もよくみたら、わたしと同じ職業の人たちがいましてねー。取り合いになる前にぜひ、うちの会社でと思いまして」
「ひとまず契約書を見せてくれ」
マスターもあきれ顔だが、手で寄越せと合図。
マスターに渡そうとしたところを、裕太郎が横取りする。
「おい......」
「こちらにもあるので、そんながっつかず」
「がっつきますよ」
と、裕太郎。
(ほぉ.......。がめつい奴だな)
伊吹はぷすっと笑う。
その声が聞こえたのか、裕太郎は流し目でチラリと見たので、ドキリとした。
伊吹は肩を竦める。
「......この契約ですと、ほぼそちらの取り分になってこちらにはあまり入ってこないですよ」
「え?」
伊吹も緑里と一緒に読んでみる。
「悪質だな。自分の懐に入れてるんじゃないのか?」
伊吹はきっぱり言う。
マスターは伊吹の言葉にドキリとした。狼狽したのを、裕太郎は見逃さない。
前田がポロリと晒した話だ。だが裕太郎は、まだ言わないでいた。
(自分の家族のために、給金が少ないなんて.....)
腸が煮え繰り返りそうだった。
「まさか、僕にはそんな回ってきませんよ。会社の利益です」
三井はニコニコしていた。
「なら、そこのお偉いさんも連れてきたらどうだ?」
と、伊吹。
「ああ。そうだな」
マスター。
「契約をしてくだされば、ここに連れてきますよ」
「こんな契約では、納得いきません」
裕太郎が声を上げた。
しかも真剣な表情で。
赤いルージュの人たちは目を剥く。
ガヤガヤと騒がしかったが、ライトが消えると静まり返った。
きらびやかな世界に飲み込まれる。
(......わたしはこれすらも忘れてしまったのか?)
愕然とする。
裕太郎がこちらを見ながら演技をしているように見えるが、席は後ろの方だ。
そんなはずはない。
おじさんの部屋に入った時だって済ましていた。昨日の温度差とはまったく違う。
けれど、伊吹は目が離せられなかった。
スタンドマイクが二本立てられ、音楽が流れる。今流行りの、
『恋は優しい~』
である。
その歌唱力は圧巻。
女性陣はうっとりしている。
女性の気持ちも分からなくない。
(ファンになりそうだ)
裕太郎はたまにこちらを見ながら歌う。吸い込まれていきそうな瞳だ。
裕太郎と緑里のデュエットで拍手喝采。
伊吹も思わず立ち上がり、一生懸命拍手をした。三井という男も拍手をしている。
それを見た裕太郎は嬉しそうに伊吹を見て、微笑み返した。
まさかとは思うが、伊吹は照れくさくなり俯いてしまうが、また、恥ずかしそうに顔を上げると、微笑んでいた。
席は遠いのに裕太郎は見つけてくれた......。
なんだか恥ずかしくなった。
傷つけられた男に対して、どうして、こう胸の高鳴りがするのだろうか。
夜の部が終わり、伊吹はマスターの部屋に戻った。
「凄い男だった......」
「裕太郎か?」
おじさんは苦笑する。
「それを見る目があるおじさんは凄いよ」
「じゃなきゃ、劇場なんて出来んよ」
「そうか......」
「珈琲を煎れてやる」
「ありがとう」
ドアが開くと、三井が、
「さすがに圧巻でしたねっ!! 話を進めさせて下さい!」
不躾に入ってきて話す。おじさんは立ち上がって、
「よろしいのですか?!」
と、嬉しそうに言った。
「裕太郎さんの色気ある歌声に、緑里さんの甘いハーモニィは堪りません! これは売れますよ!」
(うるさい奴だな。営業マンってこんな奴が多いのか?)
と、伊吹。
裕太郎と緑里がやってくると、
「二人とも凄く素晴らしいですねっ! ぜひ、レコードにしてもらいたいのです」
と、勢いよく言ってくるので、二人は驚いてしまう。
カバンから一枚の紙を取り出す三井。
「よろしければ、ここに契約をお願いいたします」
「えっ?」
戸惑う赤いルージュの人たち。
「いえね、客席の方もよくみたら、わたしと同じ職業の人たちがいましてねー。取り合いになる前にぜひ、うちの会社でと思いまして」
「ひとまず契約書を見せてくれ」
マスターもあきれ顔だが、手で寄越せと合図。
マスターに渡そうとしたところを、裕太郎が横取りする。
「おい......」
「こちらにもあるので、そんながっつかず」
「がっつきますよ」
と、裕太郎。
(ほぉ.......。がめつい奴だな)
伊吹はぷすっと笑う。
その声が聞こえたのか、裕太郎は流し目でチラリと見たので、ドキリとした。
伊吹は肩を竦める。
「......この契約ですと、ほぼそちらの取り分になってこちらにはあまり入ってこないですよ」
「え?」
伊吹も緑里と一緒に読んでみる。
「悪質だな。自分の懐に入れてるんじゃないのか?」
伊吹はきっぱり言う。
マスターは伊吹の言葉にドキリとした。狼狽したのを、裕太郎は見逃さない。
前田がポロリと晒した話だ。だが裕太郎は、まだ言わないでいた。
(自分の家族のために、給金が少ないなんて.....)
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「まさか、僕にはそんな回ってきませんよ。会社の利益です」
三井はニコニコしていた。
「なら、そこのお偉いさんも連れてきたらどうだ?」
と、伊吹。
「ああ。そうだな」
マスター。
「契約をしてくだされば、ここに連れてきますよ」
「こんな契約では、納得いきません」
裕太郎が声を上げた。
しかも真剣な表情で。
赤いルージュの人たちは目を剥く。
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