モダンな財閥令嬢は、立派な軍人です~愛よりも、軍神へと召され.....

逢瀬琴

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51 本音をぶつけ合うのはエゴの固まり

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「や、やだ.........伊吹。なに冗談言ってるの」
 緑里は顔が引きつりながらも聞いてみる。
「いや。ほんとなんだ。他の全員知ってるんだけど、あの男だけ.......」
 いたたまれなくなった裕太郎は、部屋から出て行く。

「あっ.........あの男を傷つけたのか?」
 伊吹が心配そうに言う。
 マスターはふうっと溜め息を吐く。
「参ったな」
 伊吹は裕太郎の跡を追おうとすると、
「待ってて」
 と、緑里が囁き、ソファーに座らせる。
「珈琲を飲んで待ってろ」
 と言ったのは、マスター。
「俺も!」
 池山もそう言って出て行く。

 正一がブロマイドを持ってやってくると、
「大人全員出て行きましたけど、何かあったんですか?」
 と、聞いてきた。
 伊吹と千夏は苦笑しているしかなかった。 


 裕太郎は『恋は優しい......』を観客席に座り、鼻唄混じりに歌っていた。
 緑里がやってきて一緒に歌うと、なんともいえない美しい歌になった。
「素晴らしいっ」
 マスターがやってきて拍手をした。
「レコードにしたら売れそうだな」
 裕太郎は寂しそうに、マスターを睨んだ。
「それどころじゃあ......ないな」
「なんであんな状態にした?」
 はっきりと言うマスター。やはり姪は可愛いである。
「.........あの襲撃事件を、たまたま遭遇しましてね」
 裕太郎は語り出す。
「見たのね......」
 と、緑里。
 裕太郎は頷く。
「命がけで戦っていた伊吹のことを......」 
 二人は黙って聞いていると、後から池山がやってきた。
「軍鬼と.........思ってしまった」
「あなたのそう思った顔に表れていたのね。きっと」
「俺のことを、すっぽり忘れてしまったのなら、それしか考えられない」
「俺たち一族に深入りするなと忠告したのに、聞かないでいた結果、伊吹を傷つけたんだな.........」
「あの状況でそんな酷い事を思っていたなんて......」
 池山が怒ったようにやってきて、裕太郎の襟首を掴んだ。
「他人事のように、なにが見ていただよ! 薄情者っ! 最低だっ!! 好きな人にそんな顔されたら忘れたい気持ちになるだろうっ。こっちは必死だったのにっ。裕太郎さんなら.........、裕太郎さんなら伊吹を取られてもいいと思ってたんだ!!」
 池山は乱暴に手を離した。
「殴ったっていいのに.........」
「殴る価値もないっ! もう、伊吹に近づくなっ!! 住む世界が違うんだ」
「ちょっと、それは!」
 緑里がカッとなって文句を言おうとしたが、マスターが止める。男同士の喧嘩なんて危ないし、怪我をする。
 池山は観客席から出て行く。

「池山君が怒るのも無理はない。もう伊吹は諦めろ」
 マスターの言葉。
「パトロンのいない生活をしたい.......」
「............」
「歌って踊って繁盛しているつもりなのに......」
 裕太郎はマスターを睨み付ける。
「何故だ......。何故、僅かな給金なんだっ!!」
 裕太郎は前の席を蹴りあげる。関係ないのは分かっているが、八つ当たりのようになってしまう。
「おじさま.........」
 裕太郎はわざと叔父様と言う。
「あなたがどうこう人の心情に命令されようが、無意味ですよ? 本人が会いたくないと言うのなら別もんだけど!! 命令しないで頂きたい。するのは舞台だけだっ!!」
 裕太郎もさすがに取り乱してしまう。
 マスターを押し退けて、客席から出だ。
 緑里も跡を追った。
「みっともない......」
「そう思った..........」
「一人でいたくないなら、これから酒でも......?」
「いや、1人にさせてくれ」
 裕太郎の悲痛な訴えに、緑里は黙って頷いた。
 

 ドアを開けると気まずそうに伊吹が立っており、池山は背中を向けていた。
「...........」 
「...........」
「...........」
 
(俺を忘れている伊吹に謝ったところ、何にもならんよな.........)

「帰ろうっ」
 池山が伊吹の手を握り、引っ張る。
「ま、待ってくれっ」
 このまま本当に今生の別れだと思うと切なくなり、呼び止めてしまう。
 池山は睨み付ける。
「ま......待ってるから........」
「え?」
「あなたが......嫌でも.........思い出してくれるまで......待っていたい」
「まったく......分からないんだ」
 困惑する伊吹。
 
 池山はカッとなり、裕太郎の襟首をつかんで奥へひきずるように連れて行く。
「伊吹の記憶が戻ったら悲しむのは伊吹なんだっ! よくも平気でそんなことをっ!」
「離せよっ!!」
 裕太郎も黙ってはいない。池山の腕を振り払う。
「そのままにしてそれこそ不誠実じゃないのか!!」
「傷つけておいて、よく言う!!」
 裕太郎は珍しく手を出し、襟首を掴んだ。

「エゴの押し付け合いはやめろ!」
 伊吹がやってきて、二人の仲裁に入った。
「聞いてるとみっともない!!」
 二人を睨み付ける。
「わたしが傷付いたのを思い出して、その後はどうするんだ?」
 伊吹が率直に問う。
「............」
「それがよくない結果なら?」
「それでダメなら......もう...諦める」
 裕太郎はポツリと言った。
「複雑な奴だな」
 伊吹も呆れ気味だ。
「......何年掛かるかも知れないし、数日かもしれない。それでもいいのか?」
「ああ」
「あなたにもし、好きな人が表れたらどうする?」
「それはない」
 はっきりと言う。
「わたしはあるかも知れない」
「それなら仕方ない。運命だ」
「なら今諦めたらどうだ? あなたを忘れたと言う事は、よっーーーーぽど嫌な事があったんだ。わたしを舐めるな。行こう、池山」
 伊吹は振り返りもせず、劇場を去る。

 裕太郎だけが取り残された。

 劇場のドアが開いた。
「完全なる失恋ね、裕太郎」
 緑里がほくそ笑んだ。
「俺が悪いんだ」
「ご令嬢に慰めて貰ったら」
 緑里は耳元で囁く。
「それも.........いいけどな......」
 裕太郎は苦笑した。

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