上 下
51 / 78

51 本音をぶつけ合うのはエゴの固まり

しおりを挟む
「や、やだ.........伊吹。なに冗談言ってるの」
 緑里は顔が引きつりながらも聞いてみる。
「いや。ほんとなんだ。他の全員知ってるんだけど、あの男だけ.......」
 いたたまれなくなった裕太郎は、部屋から出て行く。

「あっ.........あの男を傷つけたのか?」
 伊吹が心配そうに言う。
 マスターはふうっと溜め息を吐く。
「参ったな」
 伊吹は裕太郎の跡を追おうとすると、
「待ってて」
 と、緑里が囁き、ソファーに座らせる。
「珈琲を飲んで待ってろ」
 と言ったのは、マスター。
「俺も!」
 池山もそう言って出て行く。

 正一がブロマイドを持ってやってくると、
「大人全員出て行きましたけど、何かあったんですか?」
 と、聞いてきた。
 伊吹と千夏は苦笑しているしかなかった。 


 裕太郎は『恋は優しい......』を観客席に座り、鼻唄混じりに歌っていた。
 緑里がやってきて一緒に歌うと、なんともいえない美しい歌になった。
「素晴らしいっ」
 マスターがやってきて拍手をした。
「レコードにしたら売れそうだな」
 裕太郎は寂しそうに、マスターを睨んだ。
「それどころじゃあ......ないな」
「なんであんな状態にした?」
 はっきりと言うマスター。やはり姪は可愛いである。
「.........あの襲撃事件を、たまたま遭遇しましてね」
 裕太郎は語り出す。
「見たのね......」
 と、緑里。
 裕太郎は頷く。
「命がけで戦っていた伊吹のことを......」 
 二人は黙って聞いていると、後から池山がやってきた。
「軍鬼と.........思ってしまった」
「あなたのそう思った顔に表れていたのね。きっと」
「俺のことを、すっぽり忘れてしまったのなら、それしか考えられない」
「俺たち一族に深入りするなと忠告したのに、聞かないでいた結果、伊吹を傷つけたんだな.........」
「あの状況でそんな酷い事を思っていたなんて......」
 池山が怒ったようにやってきて、裕太郎の襟首を掴んだ。
「他人事のように、なにが見ていただよ! 薄情者っ! 最低だっ!! 好きな人にそんな顔されたら忘れたい気持ちになるだろうっ。こっちは必死だったのにっ。裕太郎さんなら.........、裕太郎さんなら伊吹を取られてもいいと思ってたんだ!!」
 池山は乱暴に手を離した。
「殴ったっていいのに.........」
「殴る価値もないっ! もう、伊吹に近づくなっ!! 住む世界が違うんだ」
「ちょっと、それは!」
 緑里がカッとなって文句を言おうとしたが、マスターが止める。男同士の喧嘩なんて危ないし、怪我をする。
 池山は観客席から出て行く。

「池山君が怒るのも無理はない。もう伊吹は諦めろ」
 マスターの言葉。
「パトロンのいない生活をしたい.......」
「............」
「歌って踊って繁盛しているつもりなのに......」
 裕太郎はマスターを睨み付ける。
「何故だ......。何故、僅かな給金なんだっ!!」
 裕太郎は前の席を蹴りあげる。関係ないのは分かっているが、八つ当たりのようになってしまう。
「おじさま.........」
 裕太郎はわざと叔父様と言う。
「あなたがどうこう人の心情に命令されようが、無意味ですよ? 本人が会いたくないと言うのなら別もんだけど!! 命令しないで頂きたい。するのは舞台だけだっ!!」
 裕太郎もさすがに取り乱してしまう。
 マスターを押し退けて、客席から出だ。
 緑里も跡を追った。
「みっともない......」
「そう思った..........」
「一人でいたくないなら、これから酒でも......?」
「いや、1人にさせてくれ」
 裕太郎の悲痛な訴えに、緑里は黙って頷いた。
 

 ドアを開けると気まずそうに伊吹が立っており、池山は背中を向けていた。
「...........」 
「...........」
「...........」
 
(俺を忘れている伊吹に謝ったところ、何にもならんよな.........)

「帰ろうっ」
 池山が伊吹の手を握り、引っ張る。
「ま、待ってくれっ」
 このまま本当に今生の別れだと思うと切なくなり、呼び止めてしまう。
 池山は睨み付ける。
「ま......待ってるから........」
「え?」
「あなたが......嫌でも.........思い出してくれるまで......待っていたい」
「まったく......分からないんだ」
 困惑する伊吹。
 
 池山はカッとなり、裕太郎の襟首をつかんで奥へひきずるように連れて行く。
「伊吹の記憶が戻ったら悲しむのは伊吹なんだっ! よくも平気でそんなことをっ!」
「離せよっ!!」
 裕太郎も黙ってはいない。池山の腕を振り払う。
「そのままにしてそれこそ不誠実じゃないのか!!」
「傷つけておいて、よく言う!!」
 裕太郎は珍しく手を出し、襟首を掴んだ。

「エゴの押し付け合いはやめろ!」
 伊吹がやってきて、二人の仲裁に入った。
「聞いてるとみっともない!!」
 二人を睨み付ける。
「わたしが傷付いたのを思い出して、その後はどうするんだ?」
 伊吹が率直に問う。
「............」
「それがよくない結果なら?」
「それでダメなら......もう...諦める」
 裕太郎はポツリと言った。
「複雑な奴だな」
 伊吹も呆れ気味だ。
「......何年掛かるかも知れないし、数日かもしれない。それでもいいのか?」
「ああ」
「あなたにもし、好きな人が表れたらどうする?」
「それはない」
 はっきりと言う。
「わたしはあるかも知れない」
「それなら仕方ない。運命だ」
「なら今諦めたらどうだ? あなたを忘れたと言う事は、よっーーーーぽど嫌な事があったんだ。わたしを舐めるな。行こう、池山」
 伊吹は振り返りもせず、劇場を去る。

 裕太郎だけが取り残された。

 劇場のドアが開いた。
「完全なる失恋ね、裕太郎」
 緑里がほくそ笑んだ。
「俺が悪いんだ」
「ご令嬢に慰めて貰ったら」
 緑里は耳元で囁く。
「それも.........いいけどな......」
 裕太郎は苦笑した。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!

明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。 当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。 ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。 空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。 空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。 日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。 この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。 共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。 その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

第一機動部隊

桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。 祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

浅井長政は織田信長に忠誠を誓う

ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。

古色蒼然たる日々

minohigo-
歴史・時代
戦国時代の九州。舞台装置へ堕した肥後とそれを支配する豊後に属する人々の矜持について、諸将は過去と未来のために対話を繰り返す。肥後が独立を失い始めた永正元年(西暦1504年)から、破滅に至る天正十六年(西暦1588年)までを散文的に取り扱う。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

処理中です...