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50 難儀な人を愛すると大変です
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夕方、士官学校の医務室へ連れて行かれる。
「なんだよ。わたしはどこも悪くないぞ!!」
「そんな訳ないだろう! 大事な人を忘れるんだから!」
「.........大事な人?」
伊吹は首を傾げた。
当番医の名前を見ると、
「よかった。遠野軍医だ」
と、池山中尉は胸を撫で下ろす。
「だからどこも悪くないってば......」
池山中尉はドアを開けて伊吹を押した。
「わっ!」
伊吹は前につんのめる。
「お......。男装軍人とその一人の三銃士」
「なんですか......。その一人なんて......」
池山中尉はむぅっとする。
「揶揄される気持ちが分かったか」
伊吹はくくっと笑う。
「なんだ、どうした?」
「大事な人をすっぽりと忘れてしまう病気ってなんですか」
池山中尉が聞く。
「.........そりゃあ」
遠野軍医は伊吹をチラリと見てみる。
(察してやれ)
と思ったものの、
「.........どういった状況でなったか分からんが、ストレスで忘れるだろうよ」
カルテを取り、さらさらと日本語で、
「はい、異常なし!」
それを池山中尉の胸に押し付けた。
「え?」
「若造よ、まだまだ若いな」
遠野軍医はふぅっと、溜め息。
「だから、なんの事だ!?」
伊吹は膨れた。
(ならば、ちょっと......)
「もう一度、息子とお見合いしてみるか?」
「え?」
酷く動揺したのは池山中尉。
「お見合いは断りましたよ」
息吹は苦笑する。
「まだいけるんじゃないか」
「もういきませんよ。わたしをすべて受け入れてくれる人でなければ、お見合いはしません。軍人を捨て、家に入るのはごめんです」
真剣な表情だった。
「何故、そこまで.........」
「例え戦場に行けなくても、わたしなりのやり方があるかも知れないと、今回の襲撃事件で分かりました」
「例えば......?」
「芸能を利用するんです。男装軍人と三銃士で騒がれたでしょう」
伊吹はニタリとした。
「今日の朝はお陰でうるさかったな」
「それがもっとうるさくなる。三銃士をヒーローにしてやる。おじさんの手を使ってな」
「赤いルージュ劇場か」
と、遠野軍医。
「他にも色々ありますよ。歌劇団とか」
「手を広めるなぁ」
「まずは赤いルージュ劇場で試してもらうのです」
伊吹はニコリとした。
「なぁ藤宮少尉」
「はい」
「本気で忘れたのか?」
「だから、何をです」
(もし好きなら、その劇場利用出来んだろ。色恋混じってんだし)
だから遠野軍医はそう聞いてみたのだ。
「おじさんの事だから、夜遅くてもいるだろう。早速今日あたり訪ねてみる」
「うーん...。もう少し暖めた方がいいんじゃないか?」
「なんでです?」
「俺も思います。騒がれるのはごめんです」
「いいじゃないか。ヒーローだぞ」
伊吹は面白そうにニタニタ。
「自分自身が傷付くんだぞ」
池山中尉は真顔だ。
「だからどうして!?」
突っかかる伊吹だが、
「お好きにどうぞ」
と、池山中尉はもう投げやりだ。
(池山中尉も......難儀な人を愛したもんだ)
遠野軍医は遠い目をした。
そして赤いルージュ劇場に向かうと、ちょうど夜の部が終わっていたところだ。
「千夏ちゃんの新しいブロマイドないかな」
池山は入り口から入ろうとしたところ、
「なんだよ、登喜子といい、ブロマイドブロマイドって騒いで。おじさんから貰え」
「あ、そうか。伊吹、頼んでくれよ」
「はー?」
伊吹は思いきり嫌な顔をする。
「そのくらいいいだろ」
池山はウキウキしながら、裏口から入った。
池山はノックをする。
「どうぞー」
おじさんの声。
「お久しぶりです。おじさん」
「おお、池山君じゃないか。珍しい。そのルックスのお陰か、あっという間に注目浴びたな」
「どうですかね」
池山は苦笑する。
「その話で、おじさんにご相談が......」
「伊吹も大変だったな。無事で何よりだ」
和夫は伊吹を抱き締めた。
伊吹は恥ずかしそうな顔をする。
するとカツカツとヒールの音が聞こえると、ドアがいきなり開いた。
「伊吹ーー! 凄く心配だったのよー!」
緑里がやってきて、伊吹を抱き締めた。
「緑里ーーーー!」
(え?)
と、感じたのは池山。
(どうしてみんなの事は覚えているんだ......?)
「なんだよ、俺の時も嬉しそうにしてくれよ」
「何言ってるんですか。おじさんなんですから」
「まぁ......、珈琲でも飲むか?」
「おじさんの淹れてくれる珈琲は格別ですね」
「チョコレイトは品切れだぞ」
「砂糖は?」
まるでパンがなければケーキがあるじゃない、的な発言である。
池山も緑里も溜め息。
「今淹れるから待ってろ」
ドタドタ廊下が騒がしくなり、扉が開いた。
「さっき伊吹を見たって言うスタッフがいたから」
裕太郎がやってくると、正一と千夏もやってきた。
「伊吹おねえさま! ご無事で何よりです」
千夏が伊吹を抱き締める。
「うぉっ!! 千夏ちゃん!」
目の前にいる自分のアイドルに気付き、池山は思わず壁に背中を打ち付けてしまう。
「池山中尉殿ってかっこいーすねぇ! 初めてまして、正一と言います」
正一は手を差し伸べてきた。
マスターの部屋はガヤガヤうるさくなる。
「正一! 馴れ馴れしいぞ」
それを止めたのは裕太郎だ。
「挨拶は肝心でしょう?」
正一はしょんぼり。
「物の言いかただな、正一。軽いぞ」
と、言ったのは伊吹。
「えー? そうでしたかぁ」
「ふにぁをやめろ」
伊吹は助言する。
「軍隊にでも入ったら違うんじゃないのか?」
と、マスター。
「ああ、鍛えてやろう」
「勘弁して下さいよー」
笑いが起こる。
「伊吹、珈琲と砂糖だ」
マスターはカップを渡す。
「ありがとう、おじさん」
池山は脳内千夏ちゃんでスパークされて、使い物にならない状況。
「正一、悪いんだが、千夏のブロマイド全て持ってきてくれ」
と、伊吹は命令した。
「え? あっ、はい! 少々お待ちを」
「何だよ勝手に......」
と言ったのはマスター。
「いいじゃないですか、ここお父様だって金出してるんだから」
「へぇ......。池山君はわたしより千夏が好みなの?」
緑里が池山に近づく。
池山は、
「その色仕掛けが苦手ですね。千夏ちゃん一筋です」
と、はっきり言った。
緑里はムッとした。
「伊吹一筋ではないの?」
「伊吹もいちいち突っかかるな」
裕太郎が止める。
(へぇ......、あの男、仲裁役なんだな。ん? 何故あの男だけ知らん?)
その心情にやっと気付いた伊吹。
伊吹は珈琲を飲むが、やはり苦くて砂糖を入れた。4つ目の砂糖を入れようとすると、
「そんな入れたら飲めないですよ!」
と、裕太郎が止める。
「そ、そうか」
伊吹は動揺する。
珈琲を啜ると、渋い顔をした。
「甘い」
「そりゃそうでしょ」
と、裕太郎。
「もっと早く言ってくれないか」
(いやいや、そこは自分のミスだろう)
この部屋にいる全員が思う。
「............すまないんだが......」
「俺?」
と、裕太郎。
「まったく覚えてないんだ。あなたの事、何故あなただけか.........、不思議なんだ」
屈託なく言う伊吹。
そうして、
ここにいる全員空気が凍りつく。
「なんだよ。わたしはどこも悪くないぞ!!」
「そんな訳ないだろう! 大事な人を忘れるんだから!」
「.........大事な人?」
伊吹は首を傾げた。
当番医の名前を見ると、
「よかった。遠野軍医だ」
と、池山中尉は胸を撫で下ろす。
「だからどこも悪くないってば......」
池山中尉はドアを開けて伊吹を押した。
「わっ!」
伊吹は前につんのめる。
「お......。男装軍人とその一人の三銃士」
「なんですか......。その一人なんて......」
池山中尉はむぅっとする。
「揶揄される気持ちが分かったか」
伊吹はくくっと笑う。
「なんだ、どうした?」
「大事な人をすっぽりと忘れてしまう病気ってなんですか」
池山中尉が聞く。
「.........そりゃあ」
遠野軍医は伊吹をチラリと見てみる。
(察してやれ)
と思ったものの、
「.........どういった状況でなったか分からんが、ストレスで忘れるだろうよ」
カルテを取り、さらさらと日本語で、
「はい、異常なし!」
それを池山中尉の胸に押し付けた。
「え?」
「若造よ、まだまだ若いな」
遠野軍医はふぅっと、溜め息。
「だから、なんの事だ!?」
伊吹は膨れた。
(ならば、ちょっと......)
「もう一度、息子とお見合いしてみるか?」
「え?」
酷く動揺したのは池山中尉。
「お見合いは断りましたよ」
息吹は苦笑する。
「まだいけるんじゃないか」
「もういきませんよ。わたしをすべて受け入れてくれる人でなければ、お見合いはしません。軍人を捨て、家に入るのはごめんです」
真剣な表情だった。
「何故、そこまで.........」
「例え戦場に行けなくても、わたしなりのやり方があるかも知れないと、今回の襲撃事件で分かりました」
「例えば......?」
「芸能を利用するんです。男装軍人と三銃士で騒がれたでしょう」
伊吹はニタリとした。
「今日の朝はお陰でうるさかったな」
「それがもっとうるさくなる。三銃士をヒーローにしてやる。おじさんの手を使ってな」
「赤いルージュ劇場か」
と、遠野軍医。
「他にも色々ありますよ。歌劇団とか」
「手を広めるなぁ」
「まずは赤いルージュ劇場で試してもらうのです」
伊吹はニコリとした。
「なぁ藤宮少尉」
「はい」
「本気で忘れたのか?」
「だから、何をです」
(もし好きなら、その劇場利用出来んだろ。色恋混じってんだし)
だから遠野軍医はそう聞いてみたのだ。
「おじさんの事だから、夜遅くてもいるだろう。早速今日あたり訪ねてみる」
「うーん...。もう少し暖めた方がいいんじゃないか?」
「なんでです?」
「俺も思います。騒がれるのはごめんです」
「いいじゃないか。ヒーローだぞ」
伊吹は面白そうにニタニタ。
「自分自身が傷付くんだぞ」
池山中尉は真顔だ。
「だからどうして!?」
突っかかる伊吹だが、
「お好きにどうぞ」
と、池山中尉はもう投げやりだ。
(池山中尉も......難儀な人を愛したもんだ)
遠野軍医は遠い目をした。
そして赤いルージュ劇場に向かうと、ちょうど夜の部が終わっていたところだ。
「千夏ちゃんの新しいブロマイドないかな」
池山は入り口から入ろうとしたところ、
「なんだよ、登喜子といい、ブロマイドブロマイドって騒いで。おじさんから貰え」
「あ、そうか。伊吹、頼んでくれよ」
「はー?」
伊吹は思いきり嫌な顔をする。
「そのくらいいいだろ」
池山はウキウキしながら、裏口から入った。
池山はノックをする。
「どうぞー」
おじさんの声。
「お久しぶりです。おじさん」
「おお、池山君じゃないか。珍しい。そのルックスのお陰か、あっという間に注目浴びたな」
「どうですかね」
池山は苦笑する。
「その話で、おじさんにご相談が......」
「伊吹も大変だったな。無事で何よりだ」
和夫は伊吹を抱き締めた。
伊吹は恥ずかしそうな顔をする。
するとカツカツとヒールの音が聞こえると、ドアがいきなり開いた。
「伊吹ーー! 凄く心配だったのよー!」
緑里がやってきて、伊吹を抱き締めた。
「緑里ーーーー!」
(え?)
と、感じたのは池山。
(どうしてみんなの事は覚えているんだ......?)
「なんだよ、俺の時も嬉しそうにしてくれよ」
「何言ってるんですか。おじさんなんですから」
「まぁ......、珈琲でも飲むか?」
「おじさんの淹れてくれる珈琲は格別ですね」
「チョコレイトは品切れだぞ」
「砂糖は?」
まるでパンがなければケーキがあるじゃない、的な発言である。
池山も緑里も溜め息。
「今淹れるから待ってろ」
ドタドタ廊下が騒がしくなり、扉が開いた。
「さっき伊吹を見たって言うスタッフがいたから」
裕太郎がやってくると、正一と千夏もやってきた。
「伊吹おねえさま! ご無事で何よりです」
千夏が伊吹を抱き締める。
「うぉっ!! 千夏ちゃん!」
目の前にいる自分のアイドルに気付き、池山は思わず壁に背中を打ち付けてしまう。
「池山中尉殿ってかっこいーすねぇ! 初めてまして、正一と言います」
正一は手を差し伸べてきた。
マスターの部屋はガヤガヤうるさくなる。
「正一! 馴れ馴れしいぞ」
それを止めたのは裕太郎だ。
「挨拶は肝心でしょう?」
正一はしょんぼり。
「物の言いかただな、正一。軽いぞ」
と、言ったのは伊吹。
「えー? そうでしたかぁ」
「ふにぁをやめろ」
伊吹は助言する。
「軍隊にでも入ったら違うんじゃないのか?」
と、マスター。
「ああ、鍛えてやろう」
「勘弁して下さいよー」
笑いが起こる。
「伊吹、珈琲と砂糖だ」
マスターはカップを渡す。
「ありがとう、おじさん」
池山は脳内千夏ちゃんでスパークされて、使い物にならない状況。
「正一、悪いんだが、千夏のブロマイド全て持ってきてくれ」
と、伊吹は命令した。
「え? あっ、はい! 少々お待ちを」
「何だよ勝手に......」
と言ったのはマスター。
「いいじゃないですか、ここお父様だって金出してるんだから」
「へぇ......。池山君はわたしより千夏が好みなの?」
緑里が池山に近づく。
池山は、
「その色仕掛けが苦手ですね。千夏ちゃん一筋です」
と、はっきり言った。
緑里はムッとした。
「伊吹一筋ではないの?」
「伊吹もいちいち突っかかるな」
裕太郎が止める。
(へぇ......、あの男、仲裁役なんだな。ん? 何故あの男だけ知らん?)
その心情にやっと気付いた伊吹。
伊吹は珈琲を飲むが、やはり苦くて砂糖を入れた。4つ目の砂糖を入れようとすると、
「そんな入れたら飲めないですよ!」
と、裕太郎が止める。
「そ、そうか」
伊吹は動揺する。
珈琲を啜ると、渋い顔をした。
「甘い」
「そりゃそうでしょ」
と、裕太郎。
「もっと早く言ってくれないか」
(いやいや、そこは自分のミスだろう)
この部屋にいる全員が思う。
「............すまないんだが......」
「俺?」
と、裕太郎。
「まったく覚えてないんだ。あなたの事、何故あなただけか.........、不思議なんだ」
屈託なく言う伊吹。
そうして、
ここにいる全員空気が凍りつく。
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