44 / 78
44 片想いから憎しみへ?
しおりを挟む昨日から雨が降っている。しとしと雨だ。
「あー、雨は憂鬱だな」
池山は教室から外を眺めながら言う。
「そうでもないがな」
と、伊吹。
「これから、付き合ってくれないか?」
「どこへ?」
池山はニコリとして、
「剣術の練習」
と、くったくなく言う。
「ふん......身体も生ってるしなぁ」
廊下を歩いていると、
「昨日は楽しかったか? 遊園地」
と、池山中尉。
「えっ? なんで知ってるんだ?」
「......大前大尉が話してたから」
「そうかい......」
「まさか、あんな人を趣味だったとはね」
「......どうした?」
伊吹は立ち止まって、訝しい顔をする。
「ずっと一緒にいるのに、何故だろうね」
そう言った池山の表情は無。その表情を見て、ぞくりとくる。池山らしくない。
道場の入り口で、二人は頭を下げると中へ。
壁に掛けられてある木刀を伊吹に放り投げると、それを軽やかに受けとる。
(いつもの池山じゃないな......)
池山も木刀を取り、構えた。
「いいか、ここは戦場だ」
「どうしたんだ?」
「敵も死にたくないからな。問答無用でなりふり構わず狙ってくる。礼儀なんてない」
柄を握りしめた腕の筋肉が盛り上る。本気だ。
声もあげず、素早く木刀を振り上げた。伊吹は木刀で弾くが、腕が痺れる。
(なんて力だ!)
池山の木刀が、猛威を振るう。必死で交わすが、やっとだった。握っている手も痺れる。
力が緩んだ隙に、池山の木刀が脇腹にヒットする。
「ガッ!」
激痛に身体を曲げる。
「戦場では、命落としたな」
飄々と言ってのける池山。
伊吹はギッと睨み付けるが、
「命あるなら戦うのみ!」
池山は、木刀をひとまずは威嚇するように振るう。
ブンッ!
と、空を切る。
伊吹はその音に、気が緩む。
恐怖だ。
あと、いつもの池山ではない、という恐怖もある。
「単なる男装軍人と言われないように、根性を見せてみろ!」
伊吹も柄に力を込めた。
「わたしは男装軍人ではない...。立派な軍人だっ!」
木刀を振り上げた。
ビシッ、ビシッ!
と、木刀同士がぶつかる音。
(ダメだ。また手が痺れてきて......)
「隙やり!」
池山の声に伊吹はよろける。そうして、逃がさないよう壁に押さえ、木刀を横にして首を押さえ付けた。
「あっ!!」
伊吹は反射的に木刀から離そうとするが、力的に敵わない。
「ぐっっっ!」
(池山に......こ、殺される!)
「死にたくなければ、ここからもがけ」
呼吸がしたい。
天上を見据えたままで、どうにもならない。
どうしたらここから逃げ切れるか......。
渾身の力を振り絞り、池山を見る。
池山の怒りの表情......。
手を掴んで、掌に爪を立てるが怯まない。
視界が緩んでくる。
廊下からどやどやと歩く音に、賑やかになってきた。
扉の開く音で、池山はパッと手を離す。
「なにやってんすか!!!」
降旗軍曹の声だ。
伊吹はどっと倒れてしまい、手で首を押さえながら、呼吸を探す。瞳孔は開き、半ばパニックを起こしていた。
降旗軍曹は伊吹の側へ駆け寄り、
「深呼吸して下さいっ!」
と、叫ぶ。
「......そんなくらいで倒れるんなら、戦場に行ったらあっとゆう間に散るんだよ!」
池山はもがき苦しんでいる伊吹の側へ寄り、
「いいか、何人殺した、と言うのを競い合う世界なんだ。お前みたいな財閥令嬢に務まるっていうのか?! 軍服を着飾って、のうのうと学校に通っているだけなんだよ!」
池山の戯れ言を聞きながら、伊吹は木刀に手を伸ばし、ぐっと掴んだ。
息苦しくも、なんとか立ち上がろうとする。
「貴様を......! ぶったぎってやる!」
潰れた声を必死に出す。
回りにいた隊員たちは、伊吹の根性に感服する。しかし、ふらついた身体で構え、睨み付けるが、そのままフェードアウト......。
目を覚ますと士官学校の医務室だった。
伊吹はガバッと起き上がる。いきなり
「ウェーッ、ゲホッ、ゲホッ」
と、息が詰まり、喉を押さえた。
「少尉殿!」
窓辺に寄り添っていた降旗軍曹が駆け付けて、背中を優しく擦る。
「触るな!」
ピシャリと冷たく解き放した。
「な......こんな.........ゲホッ......柔ではない!」
「一度殺され掛けたんですよ、少尉殿は!」
「う......うそだ!」
「その証が、呼吸困難になってる! 兵隊で戦場に行きゃあ、誰でもあり得る事だ!」
「だ......だが......い、池山に.........」
「だからなんすよ! 信頼している奴ほど、衝撃は激しい! 失礼、少尉殿!」
と言うと、襟首を掴んで、顔を近付けた。唇が近い。降旗軍曹の吐息。
「..............やめろ!」
降旗軍曹を押し退ける。
「.........ほら、治まった」
「何がほら、だ。貴様」
伊吹はほっとしたように、また、枕へ倒れ込む。何事もなかったかのように呟く。
「......すんません...」
「今は何時だ」
「もう十時過ぎてます」
「なんだ。妹が心配するじゃないか」
いや、目を覚ました時に誰もいないのは、可哀想だから......、と、思う降旗軍曹ではあるが。
「ちくしょう、池山の奴......」
「ああ、明日もその訓練をやるそうですよ」
「はぁ? こうなったら負けてられるか! 降旗、付き合え!」
「え? 何を......」
「池山をぶったぎってやる訓練だ!」
気の毒だなぁ。
と、意味深に思う降旗軍曹。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
白薔薇黒薔薇
平坂 静音
歴史・時代
女中のマルゴは田舎の屋敷で、同じ歳の令嬢クララと姉妹のように育った。あるとき、パリで働いていた主人のブルーム氏が怪我をし倒れ、心配したマルゴは家庭教師のヴァイオレットとともにパリへ行く。そこで彼女はある秘密を知る。
黄金の檻の高貴な囚人
せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。
ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。
仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。
ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。
※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129
※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません
https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html
※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる