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39 マスターの酷い仕打ちから
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「行きますよ」
裕太郎の言葉。
「ん?」
「マスターが悪いのですよね、人を探さなかったのだし。前から話しておいたのですから」
理不尽な事をされると、男らしくなる裕太郎だ。
すると廊下から足音が聞こえて、ノックする音。
「どうぞ......」
「遅くなりました。裕太郎にいさんっ!」
新人俳優の正一だ。
伊吹と年齢はあまり変わらないが、20だ。
ぷっくりとした唇に、くりっとした大きな目。舞台映えする長身は、裕太郎とあまり変わらないだろう。
裕太郎が男前なら、正一は爽やかな感じのアイドルだ。
千夏とたまにレビューをやると、大盛況だ。
「正一君」
裕太郎は胸を撫で下ろした。
それでも伊吹はソファーへ蹲って、めそめそ泣いていた。それを見た正一は、
「あぁ...。せっかく楽しい日になると言うのに、こんなに泣いて...... 」
正一はギッとマスターを睨むと、マスターは動揺する。
「僕に代役を立てたと言うのに、なんて酷い事をするのです?」
「え? 聞いていたのか」
「ええ。姪っ子さんをそんなに傷つけたいのですか?」
「あー、いゃあ......」
和夫は戸惑う。
「裕太郎にいさんは、やっぱり僕の憧れの人ですねっ。女性を第一に守れるようになりたいです」
正一はガッツポーズをする。
「もう泣かないで下さい。伊吹お嬢様。気を取り直して」
甘い囁き。
伊吹も戸惑う。
「伊吹」
裕太郎の声のする方へ、身体を向ける。
「恥ずか....... しい...」
「俺に身体を預けて......」
伊吹はそっと立ち上がると、裕太郎は伊吹の肩をそっと回した。伊吹はその胸に預ける。
裕太郎はマスターに一言。
「お陰で俺は、好都合でしたよ。マスター。車をお借りします」
好都合...。
よく伊吹が言葉にする。
「劇場の方はご心配なさらず。ちゃんと裕太郎にいさんのコンセプトを殺しませんから」
「......俺の...、コンセプト?」
「......ロマンスにぴったりの男だ」
と、マスター。
「...緑里は?」
「プリンセス。今、言う事じゃないがな。さっきは悪かった。たまには息抜きしろ」
マスターは謝り、コーヒーミルで豆を挽き始める。
伊吹は車に乗っても黙ったまま。涙は流さなくなったが...。
「海と遊園地、楽しみだなぁ」
「いい天気だしな」
裕太郎は続けた。
「伊吹」
裕太郎は名前を呼ぶ。
それでも、伊吹は俯いたまま。
裕太郎は溜め息をついて、車を路肩へ止める。
「陸軍少尉殿が、こんな風になるなんて。いつも毅然としたあなたはどこにいったの......」
伊吹はサングラスの奥から、チラリと裕太郎を見る。裕太郎は優しい眼差しでこちらを見ていた。
「......わたしも驚いている」
「やっと喋った。このまま喋らないで海へ着いたら、どうしようかと」
「せっかくのデイトなのにな」
「そうさ。楽しもう」
裕太郎はウィンクをした。
「なら......、わたしも運転してもいいか?」
「...... え?」
裕太郎は相変わらずな質問にキョトンとしてしまう。
「わたしは陸軍少尉だ。免許の一つくらい持っている」
伊吹はニタリとした。
「帽子とバックを持って下さる?」
そうして、わざとらしい口調で、気高い令嬢の真似をした。
裕太郎はふっと笑い、
「かしこまりました。お嬢様」
と、執事のように言った。
「前崎は二人もいらない」
いつもの伊吹と戻る。
伊吹は運転席へと変わり、
「飛ばすぞ」
と言い放すと、アクセルを思い切り踏む。身体が前のめりになるくらいのスピード。
「伊吹っ! 安全運転!」
「心得てる!」
「うそをつけっ!」
「これからが楽しみなのに、そんな事しないっ」
海が見えてくると、
「裕太郎! 海だ! 海!」
と、運転しながらはしゃぐ伊吹。
「さ、最高だ......」
裕太郎の顔色はよくない。
(か、風が気持ちいい。オープンカーでよかった)
車を止めて、伊吹は嬉しそうに走り出した。
楽しそうな伊吹を見ていると、吐き気も納まる。
「海なんて、何年ぶりだろう」
「今年の夏、泳ぎに行こうか......」
「.......あと3ヶ月だぞ」
「また楽しみが出来る」
「いいのか?」
「正一が代役をやってくれるさ」
「随分なハンサムが入ったな」
「千夏の相手役で、オーディションをやったら、彼が抜擢された」
「叔父さんもさすが、見る目があるな」
伊吹は感心した。
「......今度は海に泳ぎに行こう」
「約束だ」
二人は自然と手を繋いだ。
二人とも、無意識に......。
裕太郎の言葉。
「ん?」
「マスターが悪いのですよね、人を探さなかったのだし。前から話しておいたのですから」
理不尽な事をされると、男らしくなる裕太郎だ。
すると廊下から足音が聞こえて、ノックする音。
「どうぞ......」
「遅くなりました。裕太郎にいさんっ!」
新人俳優の正一だ。
伊吹と年齢はあまり変わらないが、20だ。
ぷっくりとした唇に、くりっとした大きな目。舞台映えする長身は、裕太郎とあまり変わらないだろう。
裕太郎が男前なら、正一は爽やかな感じのアイドルだ。
千夏とたまにレビューをやると、大盛況だ。
「正一君」
裕太郎は胸を撫で下ろした。
それでも伊吹はソファーへ蹲って、めそめそ泣いていた。それを見た正一は、
「あぁ...。せっかく楽しい日になると言うのに、こんなに泣いて...... 」
正一はギッとマスターを睨むと、マスターは動揺する。
「僕に代役を立てたと言うのに、なんて酷い事をするのです?」
「え? 聞いていたのか」
「ええ。姪っ子さんをそんなに傷つけたいのですか?」
「あー、いゃあ......」
和夫は戸惑う。
「裕太郎にいさんは、やっぱり僕の憧れの人ですねっ。女性を第一に守れるようになりたいです」
正一はガッツポーズをする。
「もう泣かないで下さい。伊吹お嬢様。気を取り直して」
甘い囁き。
伊吹も戸惑う。
「伊吹」
裕太郎の声のする方へ、身体を向ける。
「恥ずか....... しい...」
「俺に身体を預けて......」
伊吹はそっと立ち上がると、裕太郎は伊吹の肩をそっと回した。伊吹はその胸に預ける。
裕太郎はマスターに一言。
「お陰で俺は、好都合でしたよ。マスター。車をお借りします」
好都合...。
よく伊吹が言葉にする。
「劇場の方はご心配なさらず。ちゃんと裕太郎にいさんのコンセプトを殺しませんから」
「......俺の...、コンセプト?」
「......ロマンスにぴったりの男だ」
と、マスター。
「...緑里は?」
「プリンセス。今、言う事じゃないがな。さっきは悪かった。たまには息抜きしろ」
マスターは謝り、コーヒーミルで豆を挽き始める。
伊吹は車に乗っても黙ったまま。涙は流さなくなったが...。
「海と遊園地、楽しみだなぁ」
「いい天気だしな」
裕太郎は続けた。
「伊吹」
裕太郎は名前を呼ぶ。
それでも、伊吹は俯いたまま。
裕太郎は溜め息をついて、車を路肩へ止める。
「陸軍少尉殿が、こんな風になるなんて。いつも毅然としたあなたはどこにいったの......」
伊吹はサングラスの奥から、チラリと裕太郎を見る。裕太郎は優しい眼差しでこちらを見ていた。
「......わたしも驚いている」
「やっと喋った。このまま喋らないで海へ着いたら、どうしようかと」
「せっかくのデイトなのにな」
「そうさ。楽しもう」
裕太郎はウィンクをした。
「なら......、わたしも運転してもいいか?」
「...... え?」
裕太郎は相変わらずな質問にキョトンとしてしまう。
「わたしは陸軍少尉だ。免許の一つくらい持っている」
伊吹はニタリとした。
「帽子とバックを持って下さる?」
そうして、わざとらしい口調で、気高い令嬢の真似をした。
裕太郎はふっと笑い、
「かしこまりました。お嬢様」
と、執事のように言った。
「前崎は二人もいらない」
いつもの伊吹と戻る。
伊吹は運転席へと変わり、
「飛ばすぞ」
と言い放すと、アクセルを思い切り踏む。身体が前のめりになるくらいのスピード。
「伊吹っ! 安全運転!」
「心得てる!」
「うそをつけっ!」
「これからが楽しみなのに、そんな事しないっ」
海が見えてくると、
「裕太郎! 海だ! 海!」
と、運転しながらはしゃぐ伊吹。
「さ、最高だ......」
裕太郎の顔色はよくない。
(か、風が気持ちいい。オープンカーでよかった)
車を止めて、伊吹は嬉しそうに走り出した。
楽しそうな伊吹を見ていると、吐き気も納まる。
「海なんて、何年ぶりだろう」
「今年の夏、泳ぎに行こうか......」
「.......あと3ヶ月だぞ」
「また楽しみが出来る」
「いいのか?」
「正一が代役をやってくれるさ」
「随分なハンサムが入ったな」
「千夏の相手役で、オーディションをやったら、彼が抜擢された」
「叔父さんもさすが、見る目があるな」
伊吹は感心した。
「......今度は海に泳ぎに行こう」
「約束だ」
二人は自然と手を繋いだ。
二人とも、無意識に......。
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