モダンな財閥令嬢は、立派な軍人です~愛よりも、軍神へと召され.....

逢瀬琴

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38 ドアを締める音...

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「......お姉さまはどうしている?」
 暫くして、伊吹は問いかける。
「学校に通っているよ、ちゃんとね。あれから捕まった後、またあの店に行ってみたのだけど」
「ああ......」
「やっぱり舞台の上で、謳っていた。少し顔つきも変わっていたと思ったら、結社の連中と釣るんでいたらしくてね。必死で、声を掛けた。」
「必死? いつも余裕に感じたがな?」
 伊吹は笑う。
「なかなか芯の強い女性だから、このままでは政治活動にのめり込んでしまうのではと思ったんだ」
「お姉さまならやりかねんかもな......」
「だけど、俺のこの魅力だ。すぐに打ち解けてくれた」
「必死だったんだろうが......」
「.........俺の魅力を知ればあっという間と言う事だ」
「それはそれは」
 伊吹の返答に、純は溜め息。
「まぁ......とにかく、二人きりで......、もう話すこともないだろう」

「そうだな」

「それじゃ」
 純は敬礼して、部屋を出て行く。


 ※  ※  ※ 


 ちょうど廊下では須美と父の軍医が純とすれ違う。
 声を掛ける雰囲気ではなかった。
 
 ......泣いていたから。

 名高い海軍将校の大尉でも。

 二人は顔を見合わせた。 
 ドアを開けると、伊吹も暗い表情をしていて、二人は何となく悟った。

(人の奥を知れば知るほど、寂しくなるなんて、わがままだな......)

「そんなしょんぼりしなさんな」
 須美は伊吹の背中をぽんっ、と、優しく叩いた。彼の父親は奥の部屋に......。
「情事なんてそんなもんなんだから。話すこともなく、それをずっと引きずってたら、恨みつらみに変わるんだよ」
「人の心が、読めるのか?」 
「そうかな......。さて、始めようかね。明日の準備だよ」
 
 クリームでだいぶ痣が隠れ、その上に須美は色々塗ながら教える。
「うん、こんなもんかな」
 そうして鏡を見せる。
「凄い魔法だな」
 伊吹は鏡を見て、ほうっと見惚れた。
「あとは、サングラスなんてどう? わたしからのプレゼント」
 と言って、丸渕のサングラスをつけてあげた。
「えっ?! いいのですか?」
「あら、ますますかっこいいわね」
「明日は......、ワンピースなんだが」
 須美はニコリとして、婦人雑誌を見せる。
「流行りだよ。ツバの帽子にサングラス」
 その雑誌を見て、伊吹の表情が明るくなった。「明日が楽しみだ」

「残酷なもんだよね......」

 ポツリと言う。
 なんだか、その言葉に胸が痛んだ。

(言い方が冷たかったが、どうしただろう)


 ※  ※  ※


 邸宅。

 伊吹はクローゼットを開け、一枚のワンピースを取る。ハデではない黄色い木地に手の込んだ桜の刺繍がところどころちりばめられていて、高級な仕上がりになっている。
 それを着てみると、須美に貰ったサングラスとツバのある帽子を。
 スカートの裾を軽く手にして、くるりとターンしてみた。
「ふふっ」
 伊吹はそれを見て笑う。
 
 今の伊吹は、待ち遠しい初デートを楽しむ、女学生のよう。
 ふわふわな気持ち、初めてだ。
 考えただけで、ニコニコしてしまう。


 ーーー翌朝。


「お嬢様、せっかくですからわたしがお送り致しますか?」 
 執事の前崎がそわそわしながら言う。
「いや、電車があるから大丈夫だ」
「いえ、しかし、こんな格好ですし......」
「今は朝だぞ。前崎」
「は、はぁ...」
「心配するな。夜までには帰ってくる」
「分かりました」
 前崎は頭を下げた。

 わくわくしながらルージュ劇場に向かう。
 履き慣れないヒールで、よろけながらも。
 入り口には赤い車がある。オープンカーだ。胸が弾みながら、裏口へ向かった。
 事務室をノックする。
「どうぞ」
 叔父の和夫だ。
 ドアを開ける。
「おじさん、おはよう」
 裕太郎の姿があった。裕太郎は伊吹の姿を見ると、嬉しそうな笑みを向ける。
「とても綺麗だ。しかも化粧もして、見違えたよ」
「そ、そう?」
「参ったな」
「何が......?」
「他の男だって、黙ってみてられない。きっと」

(俺の前でよっくも......!)
 凄い顔をして見ている和夫。
(しかも、このままだと、二人の関係がまずくなるぞ)

「......あぁ...、すまんな、伊吹」
「え? 何が?」
「裕太郎の代役が見つからなくてなぁ」
「何言ってるのです? マスター」
 裕太郎も何を今さらという会話に引く。
「悪いが、今日はキャンセルにしてくれないか?」
 その言葉に、伊吹の瞳から涙が一粒零れた。

「......え?」
 叔父の和夫も動揺。

 涙が溢れてきた。伊吹は慌てて、須美から貰ったサングラスを掛けるが、どうにもならず、ソファーへ崩れ落ちた。
 女々しい自分にも驚いている。
 楽しみにしていたせいなのだろうか。自分でもよく分からない。 
 
 舞台の大好きな人間だ。

(わたしより、仕事を選ぶだろう)

 
  

 
 

   

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