上 下
36 / 78

36 降旗軍曹は妹思い

しおりを挟む
 翌日の夕方、伊吹は講堂に入ると血相を変えた降旗軍曹がやってきた。
 いきなり胸倉を捕まれ、壁に背中を叩き付けられた。壁ドンとは言いがたい。あまりの強さに咳き込む。
 みんなが息を飲んだ。
 池山はまだ来ていない。

「な、なんだいきなり」
「妹をどうしたっ」
「い、妹......? だからって、叩きつける事なかろうっ!」
 伊吹は昨夜の妹の真似をしてみた。降旗軍曹の股間を蹴り上げたのだ。

「ウゴッ!」

 声に鳴らない悲鳴。
 筋肉質な降旗軍曹でもさすがに弱い。講堂にいた兵隊たちは観て見ぬふり...。
「...ふにゃふにゃしている......」
 伊吹は眉間に皺を寄せた。
 降旗軍曹はギッと睨み付けたものの、あまりの激痛にどうにもならない。 
「だけど......、どうしてわたしのところにいるかも知れないと言うのが分かった?」
 悶絶しているにも関わらず、伊吹は質問した。 池山がやってくると、
「おい、少し待ってやれ」
 と、教えた。
 降旗軍曹は整え、深呼吸をした。
「仲間が、あんたらと一緒にいたのを見掛けたらしい」
「そうか......」
「......いつも朝飯作ってくれるんだが、今日はなかったし...」
「健気な一面もあるな。昨日は疲れて、そのまま眠ってしまったようだからな」
「何があった?」
「心配するな。海軍将校が助けてくれた」
「え?」
「そうして、お前の妹は、わたしのところで働く」
「なんだと?」
「メイドだし、それなりの給金だって出る」
「......何故事がそんなに進むんすか?」

「伊吹の傲慢さ、だろうな」
 池山がやってきた。
「そういえば言ってたな。兄の朝ごはんは作りたいから、ちゃんと帰して欲しいと」
「八時間労働か......?」
 降旗軍曹の質問に、伊吹はニコリとする。
 伊吹の笑顔で、ほんとうに戸惑ってしまう。
「そ、その方がいいか。俺も叱ったんすよ。入れ墨なんかしやがってって......」
 接し方がぎこちなくなる。
 伊吹は黙って聞く。
「妹を救ってくれて、ありがとうございます」
 荒くれの軍曹である降旗が、お礼を言った。
「お前の家族が不祥事を起こして、お前がダメになるからな」
「......それ...、貶しています? 何気に」
 降旗軍曹は眉間に皺を寄せる。
「いや、心配したから助けた」
(分かりづらい人だな)
 降旗軍曹は池山を見ると、池山は苦笑する。どうやら彼も困っているようだ。


 翌朝ーーーー


 降旗軍曹は目を覚ました。普段ならキヨ子が朝飯を作る音で目を覚ますのだが、今日はとても静かだ。そっと、隣の襖を開けてみると、キヨ子はぐっすり眠っていた。
 今は6時だ。
「作ってやるか......」
  あまりお金を使いたくないため、彼はほぼ自炊をしているので料理はお手の物。
 みそ汁、漬け物に、魚を焼く。
 ちゃぶ台に乗せてから、キヨ子を起こした。
「う...ん?」
 キヨ子はハッとして目を覚ます。
「えっ? に、にいさん?? あ、あれ? あっ! 朝飯作ってねぇっ! わ、悪い! 今作っから」
「いや、作ったから」
「......へ?」
 ちゃぶ台の方へ顔を向けると、美味しそうな朝食が並べられていた。
「こ、これ、みんなにいさんが?」
「まぁな。伊達に一人暮らししてねぇよ」
「お、美味しそう......」
「顔を洗って、飯にしよう」
「うん。ありがとう......。明日は作るからさ」
「慣れるまで大変だよ。俺も作るから」
「んじゃ、一緒に作ろうよ」
「.....そうだな」
 キヨ子は顔を洗面所で洗ってきて、座った。
「一緒に食べるのは、はじめてだな」
「う、そうだっけ......」
「いつもいなかったけど、今日はいる」
「気付いたらにいさんに起こされた。もう、朝だったんだな」
「ああ。食うか」
「うん」
「頂きます」
 手を合わせた。
 キヨ子はみそ汁を啜ると、顔を耀かせた。
「う、上手いっ」
「そうか」
「これからは......、真面目に働くよ」
 降旗は微笑む。
「にいさんが、戦場に赴いても心配しないように、真面目になる」
 キヨ子のその言葉で、顔を歪めた。
「.........そうなってくれたら、ありがてぇな」
 歪めたものの、取り直して、そう言った。
 そうして、二人で食事の後片付けをした。

 兄妹はそれぞれ身支度をした。
「今なら、始発の電車が間に合うぞ」
「う、うん」
 キヨ子は化粧をして、兄の後ろを追う。

「出発しまーす」
 車掌の声に、降旗軍曹は、
「待ってくれ!」
 と、声を掛けた。
「すぐ妹もくる」
 車掌は大通りを見ると、少女が走ってくる。
「勘弁してくださいよ」
「いいじゃねぇか」
 そしてキヨ子が、
「わ、悪いな」
 と、謝りながら入り口に飛び乗る。
「......ろくな兄妹じゃない」
 車掌はやれやれと首を横に降る。
「妹は関係ねぇだろ」
 と、降旗軍曹は凄みを見せる。
「そうかい? 街でゴロツキと.....」
「今はわたしの邸宅で働きたしだんだ」
 伊吹がやってきて、そう教える。
「え? 少尉殿?」
 降旗軍曹は背筋を伸ばす。
「電車を遅らせたのなら、申し訳ない。請求は、藤宮財閥まで送るとよいだろう」
「藤宮財閥?!」
 この電車に乗っていた乗客たちは驚く。
 
 すると伊吹の連れに気づく乗客。
「えっ? 裕太郎様?」
 若い女性だ。
 裕太郎は苦笑するもののウィンクをした。車内の黄色い悲鳴。  
 伊吹は眉間に皺を寄せて振り向く。
(そっちへ行けないじゃないか......)
 そうして肩を落とす。
 車中は二人の話で持ちきりとなる。

 なんで、財閥令嬢と看板俳優が? や、裕太郎様のパトロンかしら? など、付き合っていらっしゃるのかしら、という話ばかりだ。ざわざわし始める。裕太郎は立ち上がり、伊吹の方へ向かう。そうして車掌に、
「騒がせて申し訳ございません。今日は歩いていきます」
 と、爽やかに答えた。
「少尉殿、参りましょう」
 裕太郎は人目も憚らず、手を取り、電車から降りた。

「少尉殿!」 
 降旗軍曹は電車から降りて、伊吹の名前を呼ぶ。
「また、夕方の学校で」
 伊吹は手を振る。
 その笑顔は、とても嬉しそうな笑顔で、手を振っていた。士官学校では見たことのない、振る舞い方だった。 

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!

明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。 当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。 ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。 空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。 空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。 日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。 この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。 共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。 その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

古色蒼然たる日々

minohigo-
歴史・時代
戦国時代の九州。舞台装置へ堕した肥後とそれを支配する豊後に属する人々の矜持について、諸将は過去と未来のために対話を繰り返す。肥後が独立を失い始めた永正元年(西暦1504年)から、破滅に至る天正十六年(西暦1588年)までを散文的に取り扱う。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

処理中です...