モダンな財閥令嬢は、立派な軍人です~愛よりも、軍神へと召され.....

逢瀬琴

文字の大きさ
上 下
35 / 78

35 降旗軍曹の妹はヤンチャ?

しおりを挟む
 裕太郎は舞台の緞帳の隙間から、そっと客席を眺めた。
 伊吹の両親と、伊吹が来ていた。
 先程は動揺を隠せなかったが、なんとか挨拶をしてのり切った。
「どうされたのですか? 裕太郎にいさま」
 千夏だ。
「伊吹と、伊吹の両親が見に来ているのだよ」
「えっ、どちら?」
 嬉々として覗ぞく。
「伊吹お姉さまっ」
「あっ、こらっ、客席に分かる」
「す、すみません」
「気をつけて」
「はーい」
 千夏はペロッと舌を出した。
 たまに二人でデュエットをする場面も増えてきて、千夏も少女誌に載るようになった。
 千夏の載る雑誌は、売れ行きもよくなり、出版社界も、千夏のオファーを頼みにくるくらいになっていた。
 音楽が鳴り、二人が舞台に立つと拍手喝采。
 裕太郎は、チラリと伊吹を見ると、伊吹の服装は男装だった。

(学校でも、休んで来たのかな)
 
 休憩が入り、裕太郎は、また、眺めて見ると、伊吹と謙三の姿はなかった。 

(なんだ? どうしたんだ、伊吹は......?)
 裕太郎は深い溜め息を吐く。
 今日はお嬢様も来てないから、一緒に帰れるかと思ったのに......。

 
 ※  ※  ※


「何もお父様も来なくていいのでは......」
「また酷い目に合ったらどうするんだ」
「......そうですが...」
「そんな子、いるのかい」
「彼女、わたしの部下の妹なのです」
「参ったな......」
「ええ......。どうしてくれようかと......」
「その言い方だと、復讐になるからやめなさい......」
「そうでしたか......」
「その娘はどこにいるんだね」
「カフェーで、門番みたいな事をしています」
「そんな強いのか?」
「いえ.....、どちらかと言うと、小柄な感じですよ」
「そうか......」
「あぁ、そろそろです」
 まさにカフェーの雰囲気ある店が見えてきて、朧気に人影が見える。
 影もしっかりしてきた。
 少女は伊吹を見て、逃げようとする。
「待ちなさいっ」
 伊吹はその手を掴んだ。
「離せよっ!」
「降旗軍曹の妹だねっ!」    
 動揺したのか、目が泳ぐ。
「離せッ、離せーっ!」
「兄の立場を分かっているのか」
「お、おい、伊吹、それは......」
  父の謙三を見て、さらに驚き、伊吹の腕に噛みついた。
「いったぁぁっ」
「おいっ、君!」
 謙三の険しい顔。    

 そして降旗軍曹の妹は、怖いもの知らずで、謙三の股間を蹴りあげた。
「ヴッ」
 謙三は目を剥き、しゃがみ混んでしまう。
「お、お父様!?」
 この衝撃で、伊吹は腕の痛みも吹き飛び、謙三の背中を擦る。

 名誉将軍の先祖である父になんて醜態を!
 しかも、少将の位を持っているのに!

 伊吹に怒りがこみ上げてくる。

「こ、この、小娘がーーーーっ!」

 伊吹も追いかける。 

 すると、カフェーのドアが開いたのを、感情的になっていた伊吹は分からなかった。
    
 下町の方へ入り、妹はある路地へ曲がると、数人のゴロツキが、伊吹を見てニタニタしていた。
 手には木の棒や、鉄パイプ。
「多勢に無勢だな......」
 伊吹はボソリと呟くと、
「なら、これをやるよ」
 と、一人の男が鉄パイプを投げ渡した。それを軽々と受けとる。
「キヨ子から聞いたよ。あんた、男装軍人だってな」
 下世話な笑い。キヨ子とはきっと妹の事だ。
 他の男が言う。
「男を教えてやろうか?」
 そうして、舌滑り。
「ほぅ。そうはさせんぞ」
 伊吹はギラリと睨み付け、鉄パイプを構えた。その姿は獲物を狙う軍鬼。軍神ではない。ゴロツキも恐れおののくぐらいだ。
「男装軍人ではない。立派な軍人だっ! 貴様らを打ち取ってやる!」
 と、鉄パイプを振り上げようとした。

 パァンッ!

 と、銃声の轟く音に、さすがの伊吹もびくりとした。
「ここは戦場じゃないよ? 藤宮少尉殿」
 拳銃から煙がすぅっと出ている。遠野大尉の片手には拳銃のグリップを握り締めていた。
「こんなところで、流血沙汰になったらブタ箱行きだ。まぁ、戦場で命散らずとも、ブタ箱から帰ってきたら、俺がその後、面倒見てやるから、心配するな」
「心配してるのか、どっちか分からん」
「戦場に行って欲しくないっ!」
 彼はキッパリ言った。
「俺の嫁になってくれ」
 いきなりの申し出。
「断る」
「あの頃の性格、可愛かったのにっ」
「昔は昔、今は今だっ!」
 恥ずかしながらも、伊吹は喚く。

 謙三もよたよたやってくると、ゴロツキどもは急いで去って行く。
「ま、待って!」
 それを見たキヨ子は泣きそうだ。
「そっちへ行ったところ、飼い殺しにされるだけだぞっ!」
 遠野大尉が声を上げた。
「ヒッ!」
 キヨ子は怖がる。
「そ、それじゃ、どうしたらいいんだよぉぉお」
 少女はペタリと地面へしゃがみ込み、声を上げて泣き出した。
「いきがっていても、まだ子どもだな」
 伊吹は溜め息。
 キヨ子はそれでも伊吹を睨み付けた。
 伊吹は優しい眼差しを向ける。
 すると、二人してきゅるきゅるとお腹がなった。
「お腹がすいたな」
「ラーメン食べたい」
 キヨ子はポソリと恥ずかしそうに言う。
「ラーメン?」
 伊吹はキョトンとした。
「屋台があったな」
 と、謙三。
「え、屋台?」
 伊吹には益々分からない。
「そこで食べよう」
 謙三がそう言うと、キヨ子の顔がパァッと明るくなった。
「やった! ラーメン!」
「ラーメンって?」
「えっ? 知らないのか? 他の連中と食べに行ったりとか?」
「いや......、まだ未成年だから。他の同期は飲みに行った帰りとか、たまに聞く」
「そう......か」
「それにしても美味しそうな匂いだ。早く行こうっ!」
 謙三と遠野大尉が二人きりになった時、遠野は、
「少尉のくせに、籠の中のご令嬢に近いじゃないですか......」
 と、呟く。
「......色々忙しかったからな」
 謙三は罰の悪い顔をした。

(だから世間知らず......)
 遠野大尉は溜め息を吐いものの、
(それはそれで可愛いんだよな)
 とも思っていた。


 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

画仙紙に揺れる影ー幕末因幡に青梅の残香

冬樹 まさ
歴史・時代
米村誠三郎は鳥取藩お抱え絵師、小畑稲升の弟子である。 文久三年(一八六三年)八月に京で起きて鳥取の地に激震が走った本圀寺事件の後、御用絵師を目指す誠三郎は画技が伸び悩んだままで心を乱していた。大事件を起こした尊攘派の一人で、藩屈指の剣士である詫間樊六は竹馬の友であった。 幕末の鳥取藩政下、水戸出身の藩主の下で若手尊皇派が庇護される形となっていた。また鳥取では、家筋を限定せず実力のある優れた画工が御用絵師として藩に召しだされる伝統があった。 ーーその因幡の地で激動する時勢のうねりに翻弄されながら、歩むべき新たな道を模索して生きる侍たちの魂の交流を描いた幕末時代小説! 作中に出てくる因幡二十士事件周辺の出来事、鳥取藩御用絵師については史実に基づいています。 1人でも多くの読者に、幕末の鳥取藩有志たちの躍動を体感していただきたいです。

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

狂乱の桜(表紙イラスト・挿絵あり)

東郷しのぶ
歴史・時代
 戦国の世。十六歳の少女、万は築山御前の侍女となる。  御前は、三河の太守である徳川家康の正妻。万は、気高い貴婦人の御前を一心に慕うようになるのだが……? ※表紙イラスト・挿絵7枚を、ますこ様より頂きました! ありがとうございます!(各ページに掲載しています)  他サイトにも投稿中。

【淀屋橋心中】公儀御用瓦師・おとき事件帖  豪商 VS おとき VS 幕府隠密!三つ巴の闘いを制するのは誰?

海善紙葉
歴史・時代
●青春真っ盛り・話題てんこ盛り時代小説 現在、アルファポリスのみで公開中。 *️⃣表紙イラスト︰武藤 径 さん。ありがとうございます、感謝です🤗 武藤径さん https://estar.jp/users/157026694 タイトル等は紙葉が挿入しました😊 ●おとき。17歳。「世直しおとき」の異名を持つ。 ●おときの幼馴染のお民が殺された。役人は、心中事件として処理しようとするが、おときはどうしても納得できない。 お民は、大坂の豪商・淀屋辰五郎の妾になっていたという。おときは、この淀辰が怪しいとにらんで、捜査を開始。 ●一方、幕閣の柳沢吉保も、淀屋失脚を画策。実在(史実)の淀屋辰五郎没落の謎をも巻き込みながら、おときは、モン様こと「近松門左衛門」と二人で、事の真相に迫っていく。 ✳おおさか 江戸時代は「大坂」の表記。明治以降「大阪」表記に。物語では、「大坂」で統一しています。 □主な登場人物□ おとき︰主人公 お民︰おときの幼馴染 伊左次(いさじ)︰寺島家の職人頭。おときの用心棒、元武士 寺島惣右衛門︰公儀御用瓦師・寺島家の当主。おときの父。 モン様︰近松門左衛門。おときは「モン様」と呼んでいる。 久富大志郎︰23歳。大坂西町奉行所同心 分部宗一郎︰大坂城代土岐家の家臣。城代直属の市中探索目附 淀屋辰五郎︰なにわ長者と呼ばれた淀屋の五代目。淀辰と呼ばれる。 大曽根兵庫︰分部とは因縁のある武士。 福島源蔵︰江戸からやってきた侍。伊左次を仇と付け狙う。 西海屋徳右衛門︰ 清兵衛︰墨屋の職人 ゴロさん︰近松門左衛門がよく口にする謎の人物 お駒︰淀辰の妾

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。 しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。 帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。 帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!

処理中です...