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35 降旗軍曹の妹はヤンチャ?
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裕太郎は舞台の緞帳の隙間から、そっと客席を眺めた。
伊吹の両親と、伊吹が来ていた。
先程は動揺を隠せなかったが、なんとか挨拶をしてのり切った。
「どうされたのですか? 裕太郎にいさま」
千夏だ。
「伊吹と、伊吹の両親が見に来ているのだよ」
「えっ、どちら?」
嬉々として覗ぞく。
「伊吹お姉さまっ」
「あっ、こらっ、客席に分かる」
「す、すみません」
「気をつけて」
「はーい」
千夏はペロッと舌を出した。
たまに二人でデュエットをする場面も増えてきて、千夏も少女誌に載るようになった。
千夏の載る雑誌は、売れ行きもよくなり、出版社界も、千夏のオファーを頼みにくるくらいになっていた。
音楽が鳴り、二人が舞台に立つと拍手喝采。
裕太郎は、チラリと伊吹を見ると、伊吹の服装は男装だった。
(学校でも、休んで来たのかな)
休憩が入り、裕太郎は、また、眺めて見ると、伊吹と謙三の姿はなかった。
(なんだ? どうしたんだ、伊吹は......?)
裕太郎は深い溜め息を吐く。
今日はお嬢様も来てないから、一緒に帰れるかと思ったのに......。
※ ※ ※
「何もお父様も来なくていいのでは......」
「また酷い目に合ったらどうするんだ」
「......そうですが...」
「そんな子、いるのかい」
「彼女、わたしの部下の妹なのです」
「参ったな......」
「ええ......。どうしてくれようかと......」
「その言い方だと、復讐になるからやめなさい......」
「そうでしたか......」
「その娘はどこにいるんだね」
「カフェーで、門番みたいな事をしています」
「そんな強いのか?」
「いえ.....、どちらかと言うと、小柄な感じですよ」
「そうか......」
「あぁ、そろそろです」
まさにカフェーの雰囲気ある店が見えてきて、朧気に人影が見える。
影もしっかりしてきた。
少女は伊吹を見て、逃げようとする。
「待ちなさいっ」
伊吹はその手を掴んだ。
「離せよっ!」
「降旗軍曹の妹だねっ!」
動揺したのか、目が泳ぐ。
「離せッ、離せーっ!」
「兄の立場を分かっているのか」
「お、おい、伊吹、それは......」
父の謙三を見て、さらに驚き、伊吹の腕に噛みついた。
「いったぁぁっ」
「おいっ、君!」
謙三の険しい顔。
そして降旗軍曹の妹は、怖いもの知らずで、謙三の股間を蹴りあげた。
「ヴッ」
謙三は目を剥き、しゃがみ混んでしまう。
「お、お父様!?」
この衝撃で、伊吹は腕の痛みも吹き飛び、謙三の背中を擦る。
名誉将軍の先祖である父になんて醜態を!
しかも、少将の位を持っているのに!
伊吹に怒りがこみ上げてくる。
「こ、この、小娘がーーーーっ!」
伊吹も追いかける。
すると、カフェーのドアが開いたのを、感情的になっていた伊吹は分からなかった。
下町の方へ入り、妹はある路地へ曲がると、数人のゴロツキが、伊吹を見てニタニタしていた。
手には木の棒や、鉄パイプ。
「多勢に無勢だな......」
伊吹はボソリと呟くと、
「なら、これをやるよ」
と、一人の男が鉄パイプを投げ渡した。それを軽々と受けとる。
「キヨ子から聞いたよ。あんた、男装軍人だってな」
下世話な笑い。キヨ子とはきっと妹の事だ。
他の男が言う。
「男を教えてやろうか?」
そうして、舌滑り。
「ほぅ。そうはさせんぞ」
伊吹はギラリと睨み付け、鉄パイプを構えた。その姿は獲物を狙う軍鬼。軍神ではない。ゴロツキも恐れおののくぐらいだ。
「男装軍人ではない。立派な軍人だっ! 貴様らを打ち取ってやる!」
と、鉄パイプを振り上げようとした。
パァンッ!
と、銃声の轟く音に、さすがの伊吹もびくりとした。
「ここは戦場じゃないよ? 藤宮少尉殿」
拳銃から煙がすぅっと出ている。遠野大尉の片手には拳銃のグリップを握り締めていた。
「こんなところで、流血沙汰になったらブタ箱行きだ。まぁ、戦場で命散らずとも、ブタ箱から帰ってきたら、俺がその後、面倒見てやるから、心配するな」
「心配してるのか、どっちか分からん」
「戦場に行って欲しくないっ!」
彼はキッパリ言った。
「俺の嫁になってくれ」
いきなりの申し出。
「断る」
「あの頃の性格、可愛かったのにっ」
「昔は昔、今は今だっ!」
恥ずかしながらも、伊吹は喚く。
謙三もよたよたやってくると、ゴロツキどもは急いで去って行く。
「ま、待って!」
それを見たキヨ子は泣きそうだ。
「そっちへ行ったところ、飼い殺しにされるだけだぞっ!」
遠野大尉が声を上げた。
「ヒッ!」
キヨ子は怖がる。
「そ、それじゃ、どうしたらいいんだよぉぉお」
少女はペタリと地面へしゃがみ込み、声を上げて泣き出した。
「いきがっていても、まだ子どもだな」
伊吹は溜め息。
キヨ子はそれでも伊吹を睨み付けた。
伊吹は優しい眼差しを向ける。
すると、二人してきゅるきゅるとお腹がなった。
「お腹がすいたな」
「ラーメン食べたい」
キヨ子はポソリと恥ずかしそうに言う。
「ラーメン?」
伊吹はキョトンとした。
「屋台があったな」
と、謙三。
「え、屋台?」
伊吹には益々分からない。
「そこで食べよう」
謙三がそう言うと、キヨ子の顔がパァッと明るくなった。
「やった! ラーメン!」
「ラーメンって?」
「えっ? 知らないのか? 他の連中と食べに行ったりとか?」
「いや......、まだ未成年だから。他の同期は飲みに行った帰りとか、たまに聞く」
「そう......か」
「それにしても美味しそうな匂いだ。早く行こうっ!」
謙三と遠野大尉が二人きりになった時、遠野は、
「少尉のくせに、籠の中のご令嬢に近いじゃないですか......」
と、呟く。
「......色々忙しかったからな」
謙三は罰の悪い顔をした。
(だから世間知らず......)
遠野大尉は溜め息を吐いものの、
(それはそれで可愛いんだよな)
とも思っていた。
伊吹の両親と、伊吹が来ていた。
先程は動揺を隠せなかったが、なんとか挨拶をしてのり切った。
「どうされたのですか? 裕太郎にいさま」
千夏だ。
「伊吹と、伊吹の両親が見に来ているのだよ」
「えっ、どちら?」
嬉々として覗ぞく。
「伊吹お姉さまっ」
「あっ、こらっ、客席に分かる」
「す、すみません」
「気をつけて」
「はーい」
千夏はペロッと舌を出した。
たまに二人でデュエットをする場面も増えてきて、千夏も少女誌に載るようになった。
千夏の載る雑誌は、売れ行きもよくなり、出版社界も、千夏のオファーを頼みにくるくらいになっていた。
音楽が鳴り、二人が舞台に立つと拍手喝采。
裕太郎は、チラリと伊吹を見ると、伊吹の服装は男装だった。
(学校でも、休んで来たのかな)
休憩が入り、裕太郎は、また、眺めて見ると、伊吹と謙三の姿はなかった。
(なんだ? どうしたんだ、伊吹は......?)
裕太郎は深い溜め息を吐く。
今日はお嬢様も来てないから、一緒に帰れるかと思ったのに......。
※ ※ ※
「何もお父様も来なくていいのでは......」
「また酷い目に合ったらどうするんだ」
「......そうですが...」
「そんな子、いるのかい」
「彼女、わたしの部下の妹なのです」
「参ったな......」
「ええ......。どうしてくれようかと......」
「その言い方だと、復讐になるからやめなさい......」
「そうでしたか......」
「その娘はどこにいるんだね」
「カフェーで、門番みたいな事をしています」
「そんな強いのか?」
「いえ.....、どちらかと言うと、小柄な感じですよ」
「そうか......」
「あぁ、そろそろです」
まさにカフェーの雰囲気ある店が見えてきて、朧気に人影が見える。
影もしっかりしてきた。
少女は伊吹を見て、逃げようとする。
「待ちなさいっ」
伊吹はその手を掴んだ。
「離せよっ!」
「降旗軍曹の妹だねっ!」
動揺したのか、目が泳ぐ。
「離せッ、離せーっ!」
「兄の立場を分かっているのか」
「お、おい、伊吹、それは......」
父の謙三を見て、さらに驚き、伊吹の腕に噛みついた。
「いったぁぁっ」
「おいっ、君!」
謙三の険しい顔。
そして降旗軍曹の妹は、怖いもの知らずで、謙三の股間を蹴りあげた。
「ヴッ」
謙三は目を剥き、しゃがみ混んでしまう。
「お、お父様!?」
この衝撃で、伊吹は腕の痛みも吹き飛び、謙三の背中を擦る。
名誉将軍の先祖である父になんて醜態を!
しかも、少将の位を持っているのに!
伊吹に怒りがこみ上げてくる。
「こ、この、小娘がーーーーっ!」
伊吹も追いかける。
すると、カフェーのドアが開いたのを、感情的になっていた伊吹は分からなかった。
下町の方へ入り、妹はある路地へ曲がると、数人のゴロツキが、伊吹を見てニタニタしていた。
手には木の棒や、鉄パイプ。
「多勢に無勢だな......」
伊吹はボソリと呟くと、
「なら、これをやるよ」
と、一人の男が鉄パイプを投げ渡した。それを軽々と受けとる。
「キヨ子から聞いたよ。あんた、男装軍人だってな」
下世話な笑い。キヨ子とはきっと妹の事だ。
他の男が言う。
「男を教えてやろうか?」
そうして、舌滑り。
「ほぅ。そうはさせんぞ」
伊吹はギラリと睨み付け、鉄パイプを構えた。その姿は獲物を狙う軍鬼。軍神ではない。ゴロツキも恐れおののくぐらいだ。
「男装軍人ではない。立派な軍人だっ! 貴様らを打ち取ってやる!」
と、鉄パイプを振り上げようとした。
パァンッ!
と、銃声の轟く音に、さすがの伊吹もびくりとした。
「ここは戦場じゃないよ? 藤宮少尉殿」
拳銃から煙がすぅっと出ている。遠野大尉の片手には拳銃のグリップを握り締めていた。
「こんなところで、流血沙汰になったらブタ箱行きだ。まぁ、戦場で命散らずとも、ブタ箱から帰ってきたら、俺がその後、面倒見てやるから、心配するな」
「心配してるのか、どっちか分からん」
「戦場に行って欲しくないっ!」
彼はキッパリ言った。
「俺の嫁になってくれ」
いきなりの申し出。
「断る」
「あの頃の性格、可愛かったのにっ」
「昔は昔、今は今だっ!」
恥ずかしながらも、伊吹は喚く。
謙三もよたよたやってくると、ゴロツキどもは急いで去って行く。
「ま、待って!」
それを見たキヨ子は泣きそうだ。
「そっちへ行ったところ、飼い殺しにされるだけだぞっ!」
遠野大尉が声を上げた。
「ヒッ!」
キヨ子は怖がる。
「そ、それじゃ、どうしたらいいんだよぉぉお」
少女はペタリと地面へしゃがみ込み、声を上げて泣き出した。
「いきがっていても、まだ子どもだな」
伊吹は溜め息。
キヨ子はそれでも伊吹を睨み付けた。
伊吹は優しい眼差しを向ける。
すると、二人してきゅるきゅるとお腹がなった。
「お腹がすいたな」
「ラーメン食べたい」
キヨ子はポソリと恥ずかしそうに言う。
「ラーメン?」
伊吹はキョトンとした。
「屋台があったな」
と、謙三。
「え、屋台?」
伊吹には益々分からない。
「そこで食べよう」
謙三がそう言うと、キヨ子の顔がパァッと明るくなった。
「やった! ラーメン!」
「ラーメンって?」
「えっ? 知らないのか? 他の連中と食べに行ったりとか?」
「いや......、まだ未成年だから。他の同期は飲みに行った帰りとか、たまに聞く」
「そう......か」
「それにしても美味しそうな匂いだ。早く行こうっ!」
謙三と遠野大尉が二人きりになった時、遠野は、
「少尉のくせに、籠の中のご令嬢に近いじゃないですか......」
と、呟く。
「......色々忙しかったからな」
謙三は罰の悪い顔をした。
(だから世間知らず......)
遠野大尉は溜め息を吐いものの、
(それはそれで可愛いんだよな)
とも思っていた。
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