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33 ...その夜から、朝②

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「えっ? ちょっと反対じゃないの?」
 裕太郎はすぐ迎いにある停車駅ではなく、反対方向へ歩き出した。
「始発の電車だよ」
「へえ、健全な事をなさる」
「嫌なら来るな」
「あら、見てみたいじゃない」
「くれぐれも、傷つけるような事を言うなよ」
「やっさしいのね」
「......くどいと怒るぞ」
 裕太郎は真顔になる。緑里は肩を竦めた。
「え?」
 緑里は軍服姿が、停留所で待っているのを見つけて声を出した。
 遠くからではあるが、すらりとした姿は、女性なら振り向かざるを得ないほどの、男装の麗人。「まさか......、待っていたのか?」
 近づくにつれて、それは伊吹だった。
 分厚い本を読んでいるようだ。
「伊吹」
 裕太郎は声を掛けた。
 どうやら本に集中力しているようだ。
「伊吹っ!」
 少し声を上げたら、振り向く。
 満面の笑みは、二十歳になる前なのに、少女に見える。
「裕太郎、おはよう」
「待っていたのか......?」
「今度の電車で来なければ、行こうと思っていたんだ」
「ごめんなさいね、伊吹」
 緑里がべったりと裕太郎の隣につく。
 まるで恋人のように、くっつく。
「おい、やめろ」
「あら、夜を一緒に過ごしたんだから、いいじゃない」
「......緑里」
 と言ったのは、伊吹。
「なぁに?」
「裕太郎が、嫌がってるぞ」
 緑里はむぅっとした。焼きもちを妬くと思った緑里だ。
「男なんだから......」
「緑里もどうだ? これから出発するぞ」
「いい。歩いて行くから」
「なんだよ......」
 と、伊吹。
 電車に乗る。
 
 始発でも朝なので混んでいた。
 伊吹は黙ったまま、吊り革に捕まっていた。
 伊吹から嫌な空気が流れている。
「伊吹......?」
 眉間に皺が寄ったまま。
「なんだ」
 こちらを見ようとしない。
「その.........」
「次じゃないのか? 降りるの」
「あ、そうか......」
 車掌が、停車駅を言うと電車が止まる。
「明日」
 と、辛辣に言っただけ。
 裕太郎はもどかしさを抱えながらも、電車から降りた。 
  
 裕太郎はその電車が見えなくなるまで、見守っていた。

(緑里には見せなかったけど、あれは、なんか怒っていたな。明日は遅刻しないようにしないと)

 裕太郎は早足で劇場に向かった。

 
 ※  ※  ※


 裕太郎が電車から降りたあと、伊吹は泣きたくなった。緑里の香水の香りが、生々しく、鼻腔に付きまとって気持ち悪かったのだ。
 あからさま過ぎだ。
 男女の関係が、ふしだらにさえ思えた。
(あいつの匂いは、あの独特な劇場の匂いなのに......)
 手に届く事のない、とりとめもない感情が、また伊吹を支配した。 


 
   
  
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