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29 母の愛、そして強さ
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「伊吹。あなたの自由よ」
依子はそう言ってくれた。
「何を言ってる? 相手は純だぞ」
「ですが、あなたの嫌う海軍ですわ」
(確かに)
「そうだが......」
「伊吹にだって、決める自由があります」
「どうなの、伊吹」
「その日は約束がありますので、お見合いはいたしません」
伊吹は母の助言のお陰で、ハッキリ言う。
ニコニコしながら。
「他の日ならいいか?」
謙三は食い下がらない。
「お見合いはございません。示談して下さるようお話をしておいて下さい」
「伊吹......」
「戦場で散らす覚悟があるのなら、今を存分に、楽しみなさい」
「依子! 伊吹は娘だっ!」
「今さら何ですか! 軍人にしたという事はそうなのです!」
母が声を荒げた。
「それでは、大学がありますので、失礼します」
伊吹はしっかり朝ごはんを食べて、食堂を出た。
気は張っていたが、泣きそうだ。
いきなりお見合い......。
「好きでもない相手と......?」
「お嬢様、お車で送ります」
前崎がそっとやってきた。
「ありがとう」
と、伊吹はお礼を言う。
車内で、
「今、戦況が怪しくなっているのです」
と、教えてくれた。
「怪しい......? そう言えば、戦地では戦死者も出始めていると言っていた」
「はい。なので、謙三様はそれを心配なさっているのです」
「......わたしはそうして...」
「それは充分分かっております。お嬢様。どうか、謙三様と依子様のお気持ちを酌んでいただけませんか」
「車を止めろ......」
険しい口調。
「はい」
前崎は車を路肩に止めた。
「わたしはこれ以上に二人の気持ちを酌んでいるつもりだ」
「お嬢様......」
「お見合いは父の勝手なやり方だろう! 母はわたしを思って助言をしてくれた!」
「お、お嬢様」
「お前は、今まで何を見ていたんだ? うわっつらなだけか? ただ仕事でこなしていただけか?!」
とりとめもないイラつきが、伊吹を襲う。
「......それは心外でございます」
「心外? こっちも心外だっ! 歩いて行くから去れっ!」
伊吹は車内から出て、乱暴にドアを締め、歩き出した。背後から前崎の叫ぶ声がする。
「お嬢様!」
「お前は帰れっ!」
伊吹は怒鳴る。
前崎はいつまでもその場に立ち尽くしていた。
また誰かに呼び止められる声に、伊吹は素知らぬ振り、
「伊吹っ!」
そして腕をぐいっと引っ張られた。
「何をする!」
相手が誰かも知らずに腕をねじ上げる。
「あっ、痛っ」
「えっ?」
思わず腕を離した。
裕太郎は肩を押さえて、顔を歪めていた。
「いきなり酷いな......」
「すすすまない」
伊吹は平謝りだ。
「こんなところで会えるとは思わなかったし」
「それもそうだ」
「あの公園の時と同じだ。不意を突かれる」
伊吹は腰ベルトに吊るしてある懐中時計を、見て見る。
「7時か......」
「赤いルージュ劇場が通りの奥にあるからな」
「ああ......。そうか。肩、大丈夫か? 申し訳ない」
「平気だよ。さっき怒鳴っていたけど、泣きそうになってたからどうしたのかと思ったんだ」
「見ていたのか......」
裕太郎は頷いた。
「何があったんだ?」
「......お見合いをさせられそうになってね」
「お見合い......?」
一瞬、裕太郎が険しい顔をした。
「裕太郎と遊びに行く日に限ってさ」
伊吹は苦笑する。
依子はそう言ってくれた。
「何を言ってる? 相手は純だぞ」
「ですが、あなたの嫌う海軍ですわ」
(確かに)
「そうだが......」
「伊吹にだって、決める自由があります」
「どうなの、伊吹」
「その日は約束がありますので、お見合いはいたしません」
伊吹は母の助言のお陰で、ハッキリ言う。
ニコニコしながら。
「他の日ならいいか?」
謙三は食い下がらない。
「お見合いはございません。示談して下さるようお話をしておいて下さい」
「伊吹......」
「戦場で散らす覚悟があるのなら、今を存分に、楽しみなさい」
「依子! 伊吹は娘だっ!」
「今さら何ですか! 軍人にしたという事はそうなのです!」
母が声を荒げた。
「それでは、大学がありますので、失礼します」
伊吹はしっかり朝ごはんを食べて、食堂を出た。
気は張っていたが、泣きそうだ。
いきなりお見合い......。
「好きでもない相手と......?」
「お嬢様、お車で送ります」
前崎がそっとやってきた。
「ありがとう」
と、伊吹はお礼を言う。
車内で、
「今、戦況が怪しくなっているのです」
と、教えてくれた。
「怪しい......? そう言えば、戦地では戦死者も出始めていると言っていた」
「はい。なので、謙三様はそれを心配なさっているのです」
「......わたしはそうして...」
「それは充分分かっております。お嬢様。どうか、謙三様と依子様のお気持ちを酌んでいただけませんか」
「車を止めろ......」
険しい口調。
「はい」
前崎は車を路肩に止めた。
「わたしはこれ以上に二人の気持ちを酌んでいるつもりだ」
「お嬢様......」
「お見合いは父の勝手なやり方だろう! 母はわたしを思って助言をしてくれた!」
「お、お嬢様」
「お前は、今まで何を見ていたんだ? うわっつらなだけか? ただ仕事でこなしていただけか?!」
とりとめもないイラつきが、伊吹を襲う。
「......それは心外でございます」
「心外? こっちも心外だっ! 歩いて行くから去れっ!」
伊吹は車内から出て、乱暴にドアを締め、歩き出した。背後から前崎の叫ぶ声がする。
「お嬢様!」
「お前は帰れっ!」
伊吹は怒鳴る。
前崎はいつまでもその場に立ち尽くしていた。
また誰かに呼び止められる声に、伊吹は素知らぬ振り、
「伊吹っ!」
そして腕をぐいっと引っ張られた。
「何をする!」
相手が誰かも知らずに腕をねじ上げる。
「あっ、痛っ」
「えっ?」
思わず腕を離した。
裕太郎は肩を押さえて、顔を歪めていた。
「いきなり酷いな......」
「すすすまない」
伊吹は平謝りだ。
「こんなところで会えるとは思わなかったし」
「それもそうだ」
「あの公園の時と同じだ。不意を突かれる」
伊吹は腰ベルトに吊るしてある懐中時計を、見て見る。
「7時か......」
「赤いルージュ劇場が通りの奥にあるからな」
「ああ......。そうか。肩、大丈夫か? 申し訳ない」
「平気だよ。さっき怒鳴っていたけど、泣きそうになってたからどうしたのかと思ったんだ」
「見ていたのか......」
裕太郎は頷いた。
「何があったんだ?」
「......お見合いをさせられそうになってね」
「お見合い......?」
一瞬、裕太郎が険しい顔をした。
「裕太郎と遊びに行く日に限ってさ」
伊吹は苦笑する。
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