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22 海軍将校、裏の顔

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 手首にヒヤリとしたものに対して、
「え?」 
 と、伊吹は声を出した。

「あっ」
 
 遠野大尉も、声を出す。

「あーーーっ! 貴様こそ何をする! わたしは何もしていないのに逮捕かっ!」
 伊吹は警部の胸倉を掴んだ。
「さっき声を上げていただろう!」
「声を上げて何が悪いっ! ここは自由の場所だっ!」

「あっ、ダメよ!」 
 緑里はマイクで叫んだが、時すでに遅し。
 数人の刑事が伊吹に飛びかかり、床へ押さえ付けた。むぎゅう、と、伊吹は蛙が潰れたような声を出す。
「やめないかっ! 離せっ!」
 遠野大尉も声を上げたが、他の刑事が後手に回して手錠を掛ける。
 乱暴にテーブルに叩き着けた。
「傍若無人だぞっ」
 伊吹はそう抵抗すると、顔を蹴られた。
 床がゆらゆらと見える。意識が朦朧としているのだろう。
 視界が浮いた。
 外に連れていかれ、乱暴に車内に乗せられる。
 遠野大尉も同じ車内だった。

 意識がやっと正常になったのは牢屋に入れられてからだ。

 牢屋でも彼と一緒だった。軍服を着ている男が牢屋とは......。

 月明かりで彼の横顔が綺麗に照らす。
(どうしてわたしの周りにはハンサムが多いのだ...)
 

「大丈夫ですか?」
 彼はハンカチを渡した。
「ありがとうございます」
 伊吹は受け取る。
「思い切り蹴りやがって......」
 伊吹は悪態を吐いた。
 彼は苦笑する。

「今は何時くらいかなぁ」
 伊吹は呟くと、遠野大尉は懐中時計を開けて見る。
「深夜3時ですね」
「朝に近いではないか......。今日中に帰れるだろうか」
「そのうち帰れるんじゃないですか?」
「そうか」
「......あなた...、名将軍の子孫、藤宮伊吹陸軍少尉ですよね」
 伊吹は特に驚きもしなかった。
「そうか...、知っていたか」
「ええ、有名ですから」
「戦場に行った事のない陸軍少尉でか?」
 卑下した。
「いや、男に勝るのにどうして戦場に行かないのか、という話題」
「本当か?」
「......マスコットガールにしては勿体ない」
「マスコットガールなら、チヤホヤされるが、ちっともチヤホヤされんぞ」
「その話し方に、男装だからでしょう?」
「そして軍服だ」
 伊吹は苦笑した。
「それにしても、警察官の奴らは、なんかピリピリしていたな。お陰で酷い目にあった...」
「せっかくの美男子なのに、台無しだ」
(わたしを女と知って、美男子とは...)
 苦笑した。裕太郎とはまた違うタイプだ。とも思った。

 時間が経つと蹴られたところがズキズキ痛み始めた。
 士官学校でもこんな酷く殴られた事はないのは、やはり女であるからだろう。
(話す気にもなれない......)
 体育座りで蹲る。
 それを見て心配した遠野大尉は、
「大丈夫か?」
 と、声を掛ける。

 すると、引きずられて別の牢にぶちこまれたのは結社の一員でもない、ただのボーイだった。
 それを見かねた伊吹は刑事に声を掛けた。
「おいっ! その人は関係ないだろう!」
「一緒にいたのだ。関係あるだろう。そのうちお前たちだっ」
「一体、何がある!!」
 腕が伸びて、伊吹の襟首を掴んだ。

 ガシャンッ 

 と、身体が鉄格子に当たる。

「それはこっちの台詞だ! 反乱軍めっ!」
「は? ま、まて、わたしはっ......」
「他のヤツがあと一人だ。そいつが終わったら行くからなっ!」 
 そう言って突き放す。

 伊吹は遠野大尉に険しい眼を剥けた。

「落ち着け」
 遠野大尉は、ククッと笑う。
「落ち着いていられるかっ!」
「血気盛んな」
「わたしを反乱軍呼ばわりだぞ! 皇軍として、誠実に誓っているのに!」
「戦場に行った事のないヤツがよくいけしゃあしゃと言ってくれるな」
 声がよく通って、胸に響く。

「.........わたしだって、戦場で戦いたい......」

「所詮、女なんだよ。なんだかんだ少将の計らいだ」
「ボロクソ言いやがって」
「俺たちは海軍と陸軍だろう。よく思っていないね」
 
 すると数人の刑事が来て、牢の鍵を開けて行く。

「なんだ、急に......」
 伊吹は独り言のように呟く。
 
 昨夜顔を蹴り上げた刑事が、形相を変えてやってきた。
「さ、先程はも、申し訳ございませんでした!」
 と言って、敬礼する。

「お父上の計らいでしょ? 伊吹ちゃん」
 最後バカにした言い方で、伊吹はカチンとくる。
「ぐ、軍隊に入る時はどうか、お手を軟らかに......」
「名前は...?」
「め、目黒三太」
「......覚えておく。あと、あのボーイの手当てを」 
「ハッ!」
 敬礼する。
「手の平返しだね、じゃあ、また」
 遠野大尉は、牢の外へ出ていく。
「海軍だろう、貴様は」
「じゃあ、また」
 そう二度言って、出て行く。

「なんなんだ、あいつは...」
 伊吹はそう呟くも、牢から出て行く。
 
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