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21 ジャズ喫茶という名目で、闇を消すつもりです...

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「ここは自由だっ!」
 そして彼は声を張り上げた。
 マイクも使わずによく声が通る。

「好きな事を自由に語れ。ここは、咎めなしだ!」
 
 飲めや歌えやの感覚だった。

(姉はどうやってこの場所を知ったんだ?!)

「軍人だろうがなんだろうが、ここにいる時は忘れて、語り空かすんだっ」
 
(どこかに何がいるのか分からんのに、何をうたっているんだ!)
 
 姉の事が凄く心配になった。

 素性をばらしてはまずい気もする。

 姉との関係も......。

(何を冷たい事を思っているんだ、わたしは)

 素性がバレたりしたら、恐怖でもある。

 その青年はこちらを見た。
 狙った得物は離さない、という眼をずっとむけている。
 伊吹もそれに対応するかのように、睨みつけた。何かあったら容赦せんぞ、という反抗心だ。
 青年はそれに対してせせら笑った。

「訴えたい奴は、この舞台に立て!」

 ボーイがコーヒーカップを持ってきた。伊吹は微笑んでコーヒーカップを受けとる。

(おあいにく様だな)

 すると、姉のひよりが舞台の上に立った。

(な、何を考えてるんだ?!)

「わたしは、軍人一族であり、それなりの教育を受けてまいりました。ですがわたしは、夢があります!」

 ひよりは伊吹を見付けるが、動じる事はなく、伊吹を見つめた。
「ファッションの勉強をしていて、こんな情況なのだから、留学は出来ません」
(......そういえば、色々描いていたな...)
「贅沢な夢かもしれないけど、わたしの家族は、戦場で戦うという事だけを願って生きているのです! 将校のよき妻になれと、そんな事ばかり言われます! わたしに、心はないのですか、と言いたいのです! わたしのきょうだいも、いい被害者です! 戦争被害者です!!」

(被害者呼ばわりするな...)

「裕福な奴でも、悩みはあるものだ。彼女がその例である! 自由を語れ! 自由を恐れるな!」
  
......自由...。

「これが自由だっ!」

 伊吹は自分の胸を掴んで叫んだ。

 緑里は驚いて眼を向く。

「父のお陰で、自由に生きている! 不満は、何もないっ!」

 耐えられなくなってそう叫ぶ。

(姉よ、どうか踏み外さないでくれ!)
 
 ひよりは伊吹を見つめた。驚きもせず、冷静に。
「自分の選択こそが、自由だっ」
 伊吹はそう叫ぶと、そうだ、そうだと声が上がった。
「同調圧力なんて真っ平ごめんよ! こうするべき、ああするべきなんて、わたしはわたしだわ」
「そうだ、その通りだっ」
 伊吹は思わず賛同してしまった。
「戦争が終われば、自由になるの!」
  拍手喝采。 
(えっ......?)

 戦争が、終わる...?

 そんな事ちっとも考えてもいなかった。

 すると、
 ドアが開いた。
 首にバラの入れ墨をした少女が、緑里に声を掛ける。
「当局らしい奴らが来ます」
 それを聞いていた先程の青年が手を上げて、奥へと合図する。

 緑里は舞台に立ち、ピアノの演奏が流れ始めた。

「お前も早くッ!」
 青年が急がせると、ある海軍将校も、
「さぁ、急いで」
 と言った。
 青年は助言して、奥へ引っ込んで去って行った。

 緑里はジャズを歌い始める。
  
「早く、当局が来ちまうよ」
 首にバラの入れ墨をした少女がイラついた声を出した。

 ドアが乱暴に開く。

「ここで講習会があったと聞くが!」
 一人の刑事が声を上げる。
 公安だろうか。 

 少女がこそこそ背中を向けた。

「お前、黒バラ組の一人だろう」
 
 知らんぷりをしたもので、ガシッと肩を掴んだ。
「やっぱり、首にバラか」
「な、なにするんだいっ!」
 
 黒バラ組というのを聞いた事がある。確か不良グループの一味だ。
 仁義なきに憧れる不良たちがハデにやるものだ。

 伊吹は溜め息をついて、
「手荒な真似はやめないかっ!」
 と、声を上げる。
「お前もなんだ? 黒バラ組の幹部か?」
「そんな奴が、大胆なわけなかろう」
「叩けば何か匂いそうだな、貴様」
 まさにあー言えばこう言うだ。

「まあまあ、彼女も何かに紛れ込んでしまったのだろう、子猫のようにね」
 海軍将校、遠野大尉が前に出た。

 いつの間にか、伴奏と緑里の歌が止まる。

「美しい音楽に紛れ込んだのだろう?」
 遠野大尉はウィンクをした。 
 少女はコクコク頷く。

 遠野大尉はマエストロのように、二人にむけて軽く手を上げて演奏を促した。
「一曲聞きながら、リラックスしたまえ。ワインがあるが、どうかな?」
 と、何事もなかったかのように、優雅に振る舞う。

 だが、堅物刑事は、
「こっちは仕事をしているんだ! ふざけるな!」
 威嚇するようにテーブルを蹴り上げた。
 女給たちが悲鳴を上げる。
 
 怖がる女給を見て心配になった伊吹は、
「熱くなるなっ!」
 と、声を上げて、その刑事を止めようとした。
 
「貴様もその仲間かっ!」
 手を振り上げられ、殴られると思い、伊吹は思わず顔を覆い隠した。 

 ガチャリッ。
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