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12 少尉はマドンナ的存在だと、陸大の同期は気付きます
しおりを挟む夜の部が終わる。
「よかったなぁ、千夏ちゃん」
ほうっ、と、池山は何とも言えない溜め息を吐いた。登喜子もそんな感じである。
「池山、これから飲みに行かねーか?」
と、同期。
伊吹はいそいそと、池山の背後にしおらしく隠れた。
「さっきから気になっていたんだが、そちらのお嬢さんは?」
裏口から、【赤いルージュ劇場】の人たちがやってきた。
「おおっ! 千夏ちゃんだっ!!」
同期が気付いた。
千夏は恥ずかしそうにはにかむと、
「可愛いーっ!」
なんて言う悲鳴が沸き起こる。
裏口のドアが開き、和夫が紙袋を持ってきて大声で、
「伊吹ーーーっ! 忘れもん」
と、叫んだ。
同期たちが、
「えっ? 伊吹って......、あの藤宮少尉かよっーーーっ!」
と、驚いてじろじろ見る。
「余計な事を言って!!」
伊吹は和夫を睨みつけ、紙袋を受け取りに行く。同期は信じられないとともに、
マドンナ的な表情で伊吹を見る。
(やりづらいな......)
和夫はニタニタと意地の悪い顔をした。
伊吹は頬を膨らませた。
どこからか、タバコを吹かしながら緑里がやってきた。
「裕太郎、泊めてくれる?」
やたらベタベタ裕太郎にスキンシップしてくる。
「......画家さんと揉めたのかい?」
「作品が出来なくてイライラしてるだけよ」
「タバコはやめろと言ってるだろ」
「死ぬ時は死ぬでしょ」
(......その通りだ)
伊吹は緑里に共感してしまった。
が......、
「馬鹿な考えだよ」
と、裕太郎が止める。
戦場に行ってヤスクニへ逝く事だけを考えている伊吹にとって違和感を感じざるを得ない。
あの劇場はきらびやかで華やかな世界なのだ。
「あ、あの!」
同期の1人に声を掛ける。
「何かしら?」
「それなら、一緒にお酒でもいかがですか?」
「......あなた方陸大?」
いやらしくじろじろ見る。
「は、はいっ!」
「芸術のお話は出来て?」
「芸術......ですか?」
「ええ。単なる愛国心のお話だけなら退屈でつまらないわ」
同期たちは喉を詰まらせた。
1人が悔しそうな表情をした。
「愛国心の何がいけないのですか?」
普段大人しい人だ。髙梨と言う。
「やめとけ」
と言ったのは池山だ。
「いや、やめなくていい」
「伊吹ッ」
「......どうせ自分に酔ってるだけじゃない」
「失礼だが、わたしから一言」
「また? 没落貴族のお姫様」
「...言っておくが、今は帝和だ。まぁ、わたしの祖母あたりは没落貴族ではあったが......」
それをその場で聞いていたみんなは、近い、と、突っ込みたくなった。
「まぁ、話はそれたが、軍人になるものなんて、犠牲が多い」
和夫は伊吹の言葉に息を飲んだ。
(犠牲......だと? あの頃は喜んで引き受けたが、所詮はチビの時だ......)
ヒヤリとする。
「自分に言い聞かせて、兵隊になる者だっている。家族のために」
「どうしてあなたは軍人なんかに?」
「ただ......、家族のためだ。財産もなくなり、路頭に迷うだろ? 叔父は軍人には向いてなかったしな」
そう言った伊吹に、和夫は胸を撫で下ろした。ひとまずはよかった。と、思う和夫。
「わたしは、戦場でこの命を散らす事が出来る」
その台詞にみんな青ざめる。
青ざめていないのは、陸大の人たち。
真剣な顔を向けた。
「覚悟はあるぞ」
千夏は伊吹に憧れの表情を向け、胸に手を置いた。
「エリートすぎる陸大の兄ちゃんたちと、俺たちじゃあ合わないって事かぁ」
場の空気を上げるために前田は言った。
「男子諸君は所詮、兵隊になる身だ」
たじろいだ。
だが伊吹は、ニコリと微笑む。
同期たちは伊吹の笑顔にドキリ。
「けれど、とても楽しかった。緑里さんも勇ましい女性ですね」
緑里は戸惑いながらも、
「い、いいえ」
と、頭を下げる。
飴と鞭だ。軍隊で育ってきたようなものだから、そうゆう事を自然とやってしまうのだが、笑顔で周りの空気が帳消しになってしまうのは、伊吹の技。
「酒でも飲みに行こう」
と促したのは池山だ。
「ねぇ、裕太郎、いいでしょ? 泊めてよ」
「困ったお嬢さんだな」
「それじゃあね、伊吹。また日曜日」
と、登喜子。
伊吹は笑顔で手を振る。
それぞれの会話。
電車もバラバラだ。
(......置き去りだと、なんか寂しいな)
今まで感じた事がない完成に、伊吹は違和感を覚えた。
寂しさを胸に抱えて。
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