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10 おじさんの夢②
しおりを挟む夕飯時は和夫はいなかった。
「叔父様はどこへ?」
12才のひよりは半ば呆れ気味。
「あいつの話しはするな! 顔も見たくないっ。藤宮将軍の名前を汚すだけだ!」
祖父は怒鳴った。
(あまり立派な方とは言えないようでしたけど...)
先祖を調べていたひよりはそう思ったが、口には出さなかった。
何せ、明新天皇が亡くなると共に自害なさったようだからだ。
伊吹はお子様ランチのような物を、美味しそうに頬張っていた。
※ ※ ※
和夫は陸軍学校に通っていた下宿先の街へきていた。
いつも通っていた定食屋にいた。
「...生憎、娘は出掛けていましてね」
和夫を見て渋りながら言う。あまりよく思われていない。
「.....水子の供養になるかと思いましてね」
和夫は分厚い香典を渡そうとした。
すると亭主が出てきて、
「誰がそんな金いるか! 娘を傷付けておいて!」
と、怒鳴り、亭主は入り口の扉を開けた。
「帰ってくんねーかい? お坊ちゃんよ。のこのこ現れやがって」
「ただいまぁ」
買い物籠を下げてやってきたのはくみ子という、この定食屋のたった一人の愛娘である。
そうして財閥の御曹司であるこの不埒な男に弄ばれたのだから、無理もない。
他にも寄り付く場所はあるのに、わざわざ遠方から来たにもかかわらず。
「か、和夫さん.....?」
くみ子は買い物籠を落とした。卵の割れた音がする。くみ子はわなわなと身体が震える。
「あぁ、卵が割れてしまったかな? また、買いに行くことにしよう。お金かい? なぁに、気にする事はないさ」
外に出たくて、一人よがりな芝居をする。
「そ、それよりどうしてここに?」
「もちろん、くみ子が心配でやってきたのさ」
「......三年もご無沙汰なしですよ?」
ピシャリと言う。
「留学をしていた時だったからな。申し訳なく思っている」
「それはほんとうなの? 和夫さん」
「ああ、一生懸命だった。くみ子や水子の事は、忘れた事は一度もなかったのはほんとうだっ」
ポケットから以前くみ子に送ったお守りを、くみ子に見せた。
「和夫さん!」
くみ子は和夫を抱き締めた。
「心を入れ替え、留学に励んで、迎えに行こうと思った」
「よくもまぁ、勝手な事を言ってくれるじゃねぇか! またその御曹司に騙されるぞっ!!」
「お父さん、分かって!! されど、御曹司よ!」
くみ子もその辺は黙っていない。
父親に目配せした。
「もちろん、苦労はさせない!」
和夫は言い切る。
「それもほんとうですか? 和夫さん」
くみ子は目をうるうるさせて和夫を見る。
(ふんだくるだけ、ふんだくってやる! 悲しい思いをしたんだからっ)
和夫はそっとくみ子の髪を撫でて、愛おしそうに抱き締めた。
のちに、この出来事が、伊吹を軍人への道へと導く事となるのだが......。
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