モダンな財閥令嬢は、立派な軍人です~愛よりも、軍神へと召され.....

逢瀬琴

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8 褒められるのが苦手な財閥令嬢はツンデレです ②  

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「やりたくないのよ!」
 廊下からすでに女性のキンキン声が響いてきた。
「仕事なんだよ。もうすぐ開演時間なんだって」 男性スタッフが宥めていた。
 裕太郎がドアを開けた。
「千夏さんに代役をやってもらえるから、大丈夫だよ。この時間は休んで」
「あの娘に主役を取られるじゃない」
「そんな事はない」
「......そのまま、そんな事をやっていたら主役を取られるんじゃないのか?」
 伊吹が横から声を掛けた。
「あんた、誰?」
 と、声を掛けたのは男性スタッフの前田。
 伊吹をじろじろ見る。
「裕太郎のこれかよ」
 と言って、小指を立てた。

「......そこら辺にいる軽い女と一緒にするな」
 伊吹はピシャリと言った。
「わたしの姪っ子だよ」
 後から石井がやってきてそう伝える。
「えっ? 姪っ子?」
「藤宮伊吹と申す。以後お見知りおきを」
 伊吹は頭を下げる。

「うえっ?! 確かあの藤宮財閥の一族かよ! 確か明新の時は貴族の称号もあって、た、確か...、そんで明新時代の有名な将軍の...! うわっ、お姫様かよ!!」
「確かがうるさいな...」
  と言ったのは石井だった。
「裕太郎、このまま逆玉に乗れるんじゃないか?!」
「失礼にも程がある。わたしは帰るぞ」
 伊吹は眉間に皺を寄せて帰ろうとすると、
「伊吹さんっ! 来て下さったのですか?!」
 と、千夏が伊吹を見つけてやってきた。
「あ......、いや、その......」
 素直な千夏に、対応出来なくなる。
「どうして名前も違うのに姪っ子なの? 没落貴族のお姫様がなんの用なのよ」 
 緑里がタバコの煙を伊吹に吹き掛けた。
「没落貴族でもないがな......。それに明新時代の頃だから、お姫様でもなんでもないし、財産は止められていない」
「何よ......」
「軍人一族として繋いでいる。馬鹿にするな」
「伊吹......」
 石井が止める。
「口先だけじゃない。どうせ」
 言い返そうとしたが、石井が、
「緑里......。今日はもう休め。代役に千夏を......」
「あんな子がやったって白けるだけじゃない!」

(なんだと?!)
 伊吹はふと千夏という少女を見てみると、傷ついたように俯いてしまっている。
「一生懸命頑張っている者を罵るのか?」
 石井が言った。
「そんな気持ちでは、どうにもならん。休め」
「......どこにも、行くところないもの」
 急に静かになる。
「あの評論家となんかあったのか......」
「なんも......」
 緑里は部屋からハンドバッグを取ってきて、
「千夏、さっきはごめんなさい。今日はよろしくね」
 と、謝った。
「緑里姉さん......」
 千夏は頭を下げた。

「あと、あなたも......」
 緑里は伊吹に謝り、出て行った。

「......他にも育てないと、やっていけないですよ、マスター...」 
 と、前田。
「......分かってるが、そんな余裕ない。千夏、仕度しろ」
「は、はいっ」
 千夏は伊吹を見ると、伊吹は微笑んで、
「客席で見てるから、頑張って」
 と、エールを送った。
 千夏は満面の笑みで返事をした。
 
 みんなやれやれと肩を落とし、落ち着いて持ち場に戻った。  
 
 その場に残ったのは伊吹と裕太郎のみとなった。
「わたしが来た意味ーーー、あったか?」
 と、伊吹。
「僕にはありましたよ」
 と、伊吹を見て微笑む。

「おーいっ! 裕太郎、早くしろーっ」
 と、前田。
「今行くから」
 裕太郎は声を出した。
「僕は舞台の上で待ってますから」
 歯の浮くような台詞を言ってのけ、伊吹から離れて行った。

(......なんだ、あいつは......?)

 興味なければそう思うのが当然だろう。 
 幼い頃から、女性でありながら軍人としての在り方を見て育ってきた伊吹だ。恋心が遅れているのも無理はないのだろう。
   
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