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7 褒められるのが苦手な財閥令嬢はツンデレです①
しおりを挟む【赤いルージュ劇場】の裏口へ入った。
事務室のドアをノックした。
「アポなしで来る奴はただ1人......」
伊吹はその声とともに、ドアを開けた。
「こんばんは、おじさん」
おじである石井和夫だ。
「伊吹、よく来てくれた」
石井はデレッとした顔付きになった。
(その顔が苦手なんだよなぁ......)
「珈琲豆を買ってきたんだ」
袋を見せた。
「ありがとう。ちょうど切らしていたんだ。飲むか」
「いや、鶴屋でクリームあんみつを食べてきたからいい」
「そうか。登喜子と一緒か?」
「うん。もう来てると思うぞ」
袋から缶を取り出す。
「高級豆じゃないか」
顔が綻ぶ。
伊吹はソファーに腰掛けた。
「デイトだったのか?」
「なんで?」
「ワンピースなんて珍しい」
袋を探っていたら、もう1つの長方形を見つけた。
「息抜きだよ。さっきは裕太郎に会ったぞ」
「そんな色男はやめておけ。泣かされるのがオチだ。だが、ロマンも大事だ」
「どっちだよ」
「これはなんだ」
贈り物を出して、伊吹に見せる。
「わたしの部下が酷い事をした、その謝罪だよ。いいとは言ってたんだが、気になってさ」
「......何があった?」
「いつものいざこざが、街でやりやがっただけだ」
新鮮な珈琲豆のいい匂いがしてきた。
「やっぱり貰おうかな。思い出したら腹が立った」
「おう」
石井はニコリとして、珈琲を作り出した。
「そろそろ始まるぞ」
「そんな見たいってほどではないから」
「そうか?」
「タバコの匂いも、どうもな」
石井は何も言わなかった。
「やっぱりストレートで飲むと苦いな」
伊吹は眉間に皺を寄せた。
「ガキだな」
石井は溜め息を吐いて机の引き出しから箱の入ったチョコレイトを出した。テーブルの上に置く。
「.....数ヶ月に買ったやつじゃないか」
確かメイドたちに上げたチョコレイト。
「察しろ。お前のためにとっておいたんだからな」
「ごめん」
伊吹は謝り、チョコレイトを一個口に入れた。
「旨い」
と言って、珈琲を流し込む。
「意味がないんだがな......」
「こんな飲み方もなかなか旨いけどな」
ドアをノックする音。
「どうした」
石井の声でドアを開ける。
「緑里がまたパニックを起こして......」
裕太郎だった。
「恋人と揉め事でも起こしたか......!」
緑里とは【赤いルージュ劇場】看板女優であるが、少し※メランコリーが入っていて、扱いが大変なのだ。
※うつ状態に陥ったりする事の意味だそうです。
「それはどうか存じませんが......」
「ひとまず代役を立てろ」
「千夏さんでよろしいですか」
「うむ。わたしもあとから行く」
「伊吹さんも協力して頂けませんか」
と、裕太郎。
「いやだね。揉め事は士官学校とさっきの鶴屋で充分だ」
珈琲を一口飲む。
「千夏さんたちを持ち上げて欲しいんだ」
「ますますごめんだ。ただ少し会った奴だけになんで、協力なんかしなくちゃいけないんだっ」
「もちろんっ、ただじゃない」
裕太郎の言葉に、石井は片眉を上げた。
(ほほぉ......)
「わたしが行ったところで、場の空気が悪くなるだけだ」
「千夏さんは多分、あなたがいるだけで嬉しくなるはずだ」
「あぁ...、あの娘、素直過ぎて、照れ臭い」
(......褒めると下がる人か?)
と思ったのは、裕太郎だ。少し考えて、
「......出来ないんですか?」
少々意地悪く言う。
その言葉に眉根を潜めたのは言うまでもなく、伊吹。
「行こうじゃないか」
(......乗りやすいが、軍人として大丈夫か? 伊吹)
石井は溜め息を吐く。
そして、珈琲を飲んだ。
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