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1 笑顔で虜にしてしまうのを、少尉は知りません
しおりを挟む帝和6年。
寒さもまだ厳しい2月。
寮の前にあるグラウンドで、兵隊が走り込みをしている。
10週目に入る頃で、みんなくたくただ。
倒れそうになりながらも走っていた。
終わってから、みんな倒れ込む。
「そのくらいでへばるようなら、戦場では堪えられないぞっ。少しでも敵を倒して、ヤスクニへ行けっ!」
と、息を切らしながらも、声を張り上げているのは藤宮伊吹少尉。軍事訓練をやっているおかげなのか、スラリとしており、長身な方だ。
訳あり軍人でなければ、モデルでも通用する容姿だ。
「戦場に行った事のないやつの言う事ですかね」
そう言ったのは降旗軍曹。少し呆れ気味。彼は戦場で積み重ね、やっと軍曹になれからだ。
戦場の苛酷さを知らない伊吹は19才だ。降旗軍曹はそれが気に入らない。
「まあまあ...」
そう軽く擁護したのは、池山中尉だ。
女性なら誰もが目を惹く容姿をしていて、財閥の御曹子だ。21才である。
「話を聞いていたぞ、降旗。少なくとも階級はお前より上だ」
「それは、失礼しました」
「次は組の練習だ」
「それじゃ、お相手願います。まだ戦場に行った事のない少尉殿」
嫌味ったらしく強調した。
伊吹は眉間に皺を寄せて、降旗軍曹を睨み付けた。
「戦場での戦いを教えますよ」
有無を言わせずに構えた。
「面倒な奴だ。お前が勝ったら...」
「俺の部下に茶屋で高級料理と酒、と、高級女」
「ほぉ」
「少尉殿は?」
「お前の嫌味ったらしい口調を治せ。あとは素直にわたしの命令に従え」
「それだけでよろしいかと?」
伊吹は眉根を潜めた。
「男とゆーものを教えてやったっていい」
「それはわたしが負けたと言う事じゃないか」
「どっちでも」
「貴様っ!」
伊吹も素早く構えて、拳を顔面に向けるも、すぐに避ける。
「感情的になると、負けますよ」
「それもそうだな」
伊吹はニコリと微笑む。
池山中尉や降旗軍曹はその笑顔にドキリとした。まれに微笑む伊吹の笑顔が可愛いと言うのを、伊吹自身分かっていない。
(おっ、揺るんだ)
すっと手を出して平手打ち。兵隊たちは顔をしかめた。思いっきりひっぱたかれたからだ。
降旗軍曹は頬を押さえてよろける。
「卑怯な手を使いやがって!」
「なんだっ! 卑怯な手とはっ! 上司に向かってそんな口調はないだろ! うぉっ!」
悲鳴が上がる。降旗軍曹にタックルされて倒れ込んだ。
顔を地べたに思いきり押し付ける。
ぐりぐりされて頬がひりひり痛む。
口を開けたら土が入りそうだ。兵隊からの野次が跳びまくる。逃げる術が見つからない。
屈辱で意識が飛びそうだ。
「大丈夫ですかね?」
池山中尉が大前大尉にぼそっと言う。
「もう少し。ありゃ、子供の喧嘩だ」
と言って笑う。
池山中尉は心配で堪らなかった。
「あっ......」
降旗軍曹の焦った声に緩んだ。伊吹はハッとして砂利を掴むと、降旗軍曹の顔に投げ付けた。
「ウッ!」
避けた彼の腕を取り、投げ飛ばした。
「一本!!」
そう叫んだのは大前大尉だ。
痛む腰を押さえながらも、
「なんでですか?! わたしのほうが有利だったでしょう?」
と、降旗軍曹は訴えた。
「子供っぽいからだ」
笑いを堪えながら言った。
「おもしろくねぇっ!」
降旗軍曹は伊吹の足元へ唾を吐き捨てた。
「上司に向かって唾を吐き捨てるとは、下手をしたら懲罰が下るぞ」
と、大前大尉。
「以後気をつけたらそれでいい」
寛大な伊吹だ。
そして溜め息。
降旗軍曹が立ち去ったあと、池山中尉が伊吹にハンカチを渡した。
「医務室に行ったほうがいい」
「このくらい、大丈夫だ」
「寒いな」
「ああ。アイスクリームあんみつが食べたい」
「......少し感性がおかしいと言われないか?」
「好きな物を食べて、落ち着きたい」
「付き合おう」
伊吹は微笑んだ。
それをちらりと降旗軍曹が話を聞いていた。
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