双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

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異世界<日本>編

歩み寄り 2

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 川沿いを当てもなく歩いて行く。
 「もう少し前ならなー」
  植えられた樹を見ながらそんなことを呟く。テレビや本で見た桜の花はとても綺麗だった。
  何よりもわずかな時期に咲いて散っていくところがいい。
  この国の人間はそこに美しさを見出すらしい。
  確かに大きく広がった枝に一斉に花を咲かせる姿は直に見たら溜息が出るほどの光景だろう。
  といってもマリナが価値を見出したのは美しさそのものじゃない。一息で盛りを迎える植物は生命力が強い。
  特に樹はその大きさもあって蓄えている力が多いので魔力を得るには最適な対象だった。
  マリナがこの国に来たころには花が終わるところだったので見られなかったけれど。いつか見られたらいいな。
 「ふう…」
  立ち止まって木々から降り注ぐ木漏れ日を浴びる。呼吸をすると清涼な空気と共に微弱な魔力が入ってきた。
 「やっぱり街中じゃこんなものかな」
  魔力は自然の多い場所の方が得やすい。人の多い場所は力も多いが魔力として取り込むには向かない性質をしている。
  ベンチを探すと座って目を閉じる。息をするたび流れ込んでくる力に心が安らいだ。
  力が満ちていく感覚に懐かしさを覚える。まだまだ世界を越えるには遠く及ばないが、常にあったものを取り戻す感覚は心地よかった。
  目を閉じて魔力の感触に浸っている姿は眠っているように見えるのだろう。遠慮がちに声がかけられる。
 「眠っているのか?」
  耳に親しんだ声。ヴォルフの声。追いかけてきたのか。
  声をかけられる前から気が付いていたけれど、意識が魔力の流れに集中していたため、反応が遅れる。
  返事がないことに困って目の前をうろうろして顔を覗き込む。
  視線がうっとうしくて目を開けた。
 「起きたか?」
 「眠ってない」
  意識が半覚醒状態にあるせいでどうしてもぶっきらぼうな口調になる。
  相手が嫌いな人間だったら魔力で攻撃しそうなくらいには気分が悪い。
  頭を振って意識を浮上させる。寝てないと言ったもののマリナの動きが寝起きに似ているためヴォルフが眉を寄せる。
 「こんな場所で寝るな。 危ないだろう」
 「ここは向こうより安全な場所よ。 それはいらぬ心配というものね」
  たまたま飛ばされたこの国はこの世界でも有数の安全な国らしい。戦争中の国などに飛ばされなかったのは偶然だろうけれど本当に幸運だった。
  また言い争いになると思ったのかヴォルフが話を逸らす。
 「何をしてたんだ?」
 「魔力を得ていたのよ。 ここで得られるのは少量だけどね」
  積極的に取り戻そうとしていなかったせいで、マリナの中にある魔力は多くない。微量だとしてもないよりましだった。
 「そうなのか?」
 「そう。 半年後には間に合うといいんだけどね」
 「半年後? 何故」
 「…」
  溜息を禁じ得ない。本当に何も考えていない。
 「行方不明で廃嫡できるのは少なくともいなくなってから半年後って法律で決まってるの。
 家族が廃嫡を望まなければ期間は伸ばせるけどね」
 「ほう…。 そうだったのか」
 「関係あるあんたがなんで知らないのよ」
  マリナに直接関係しなくても王子を補佐する立場から法律も学んでいる。なんでヴォルフは知らないんだろう。
 「俺の役目は王子を守ることだからな」
  騎士として直接的な害意から王子を守ることが役目だと言い切った。
  そう言って学ぼうとしないから王子と一緒にとんちんかんなことを言うんだ…。呆れる。
  以前、マリナが双翼に任じられたばかりの頃、水門を管理する貴族が水門を閉める許可を王子に求めたことがあった。
  彼の領地は穀倉地帯で水が得られなければ麦が駄目になってしまうという訴えだった。冬を越す食料がなくなるのは確かに国にとっても大事だ。
  が、下流にはいくつも小さな村があった。水門をせき止められたら彼らは乾きに苦しむことになり、水が得られない小さな村は消滅の危険もあった。
  頷きそうだった王子に下流にいる民を殺す気かと言って止めたんだったな。もちろん雨が降らないことが続けばそういった選択肢も視野に入れないといけないけれど、あの段階ではまだそれは必要ない。
  王子は与えられた情報の裏面を考えようとしない。いつも裏側を論って考えるよう促すのがマリナの役目だった。
  考えるときに与えられた情報のみで判断しがちな癖がある。二度目は同じ過ちはしないのが救いだけれど。
 「それでヴォルフは何でここにいるの?」
 「それは…。 お前が、いきなり出ていくから」
  気にして追いかけて来たらしい。
 「どうやってここまで来たの」
 「それは、だな…」
  言い辛そうにしてても想像はつく。多分においを辿って来たんだろうな。
 「まあいいけど」
  女性の後を、においを嗅いでついて来たっていうのは不名誉極まりないだろう、人間なら。
なので、それ以上掘り下げはしなかった。
 「座る?」
  開いた場所を示す。わざわざ追いかけてきてくれたので帰れとは言いたくない。
 「いや、俺は…」
  ヴォルフが足を見て逡巡する。来ていたパーカーを脱ぎベンチの上にばさっと置いた。
 「はい」
  敷いた上着の上に座るよう手で示す。
 「いや…、これは」
 「…」
  形だけを笑みにした瞳でヴォルフを見つめる。見つめ合った後、ヴォルフの方が折れた。
 「…」
 「気持ちいい風だねー」
  心地いい風に目を閉じる。青い空の下で感じる風は匂いまで違う気がする。
 「すまなかったな」
 「何?」
  いきなりの謝罪に戸惑う。謝られたのなんて6年間の中でも数えるほどだ。
 「先程お前が怒ったのは俺のせいだろう?」
  流石にそこはわかったのか。何でか、まで理解してるのかな。
 「そうだね」
 「不快にさせてすまなかった」
 「別に、いいよ」
  今に始まったことじゃないんだし、と毒づきそうな言葉は飲み込んだ。折角ヴォルフの方で気が付いて謝ってくれてるんだし、ケンカになるような話し方はするべきじゃない。
 「よくない!」
 「!」
  突然の怒鳴り声に驚いてヴォルフの顔を見る。
 「あ、いや…。 怒鳴ってすまない」
  マリナの視線に申し訳なさそうに顔を下げる。今までにない反応だ。どうしたんだろう。
 「前からよく言っていたな。 『別にいい』『もういい』『好きにすれば』と。
  俺はそれを鵜呑みにしてお前の考えを聞いたことがなかった」
  ヴォルフの言う通り、ほとんど口癖のように言っていた。知る気がなくて、知る必要がないなら、無理に聞かせることもないと思って。
 「でもそれではいけなかったんだな。 俺はお前の話をもっと聞くべきだった」
 「いきなり、何」
  突然そんなことを言われても、困惑するだけだ。
 「お前が怒るのも当然だ。 双翼候補になったとき、お前はまだ初等科に行っている年齢だった。
 学び舎に通っていたら四六時中王子の傍にいられるわけがない。
 少し考えればわかることに、6年も気づかなかった。
 無関心だと詰られても仕方ない」
  本当によく知らずにいられたと思う。その方が難しいだろうに。
  半身だけヴォルフに向いたマリナに全身で向き合う。瞳は真剣にマリナを見ていた。
 「今さら、と思うかもしれないが、俺に教えてくれないか? お前のことを」
 「…っ」
  真剣に見つめられて息が止まる。
  胸から広がった熱で体温が急激に上がった気がした。
  動揺を表に出さないように注意しながら発した言葉がこれだったのは、やっぱり混乱していたのかもしれない。
 「話すことなんてないわよ」
  自分の口から出た言葉にさらに焦る。
 「あ…、違う、そうじゃなくって…。 話せるようなことがないっていうか」
 「話したくないということか?」
  話したくないことももちろんあるけれど…。
 「そうじゃなくて…。 そもそも何を聞きたいの?」
  マリナの生い立ちなんかは戻ってから誰かに聞いた方がわかりやすいと思う。わざわざ自分で話したい内容でもないし。
 「何でもいい。 どんな話でもかまわないから、お前のことを教えてほしい」
  声がヴォルフの真剣さを示していた。それに気づいてしまうと胸が大きくざわめいた。
 「知って、どうするの?」
  動悸を無視するように言葉を吐く。我ながら冷たい台詞だと、思う。
 「知りたいと思う心に理由が必要か?」
  他意が無いとわかっているのに心臓は騒ぎ出す。
  ひねくれた答えばかりを返す自分に嫌気が差しても、絶対に胸の内を知られたくなかった。
 「本当に、話せるほどのことはないよ」
 「だが…」
  食い下がるヴォルフから目を逸らす。真っ直ぐな目がこっちを見ていることに慣れなくて、見ていられなかった。
  目を逸らしたまま一言だけ答える。
 「だから、ヴォルフが聞きたいことを聞いてよ」
  隠すようなことはない。ただ話したいことも見つからない。
  自分から話すのは、言わなくてもいいことを言いそうで怖かった。
 「ありがとう!」
  バカみたいに頭を下げる。ありがとう、なんてヴォルフが言う言葉じゃないのに。
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