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異世界<日本>編

状況把握 2

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「それは、しかし…」
  王子を敬愛するヴォルフはそれでも王子を庇いたいようだけれど、それを許すことはできない。
 「一国の王子が一時の怒りに身を任せて臣下を切り捨ててもいいの? 違うでしょう」
  王子だからこそ怒りを飲み込んで行動しなきゃいけないのに、いつもそこが足りない。
 「バカの短絡的な行動のせいでこっちもいい迷惑よ」
  あのバカ王子が早まったマネをしなければ、ヴォルフもすぐに元の姿に戻れたし、マリナもこうして異世界に追放されることはなかった。
 「それでは、元に戻せないというのは、魔力が無いから出来ないということか?」
 「そう。 今やったみたいに言葉だけを戻すくらいならともかく、姿を戻すのはムリ」
 「ん? そういえば言葉が元に戻っているな」
  鈍い男は今更気が付いたらしい。
 「魔力さえ戻れば姿を戻してあっちの世界に帰すくらい簡単なんだけど、今の感じじゃ当分無理ね」
 「お前の魔力は無くなったんじゃないのか?」
  騎士で根っからの体力馬鹿なヴォルフには、魔力の基本から説明しないとダメらしかった。
 「なんて言ったらいいかな…。 魔力っていうのは液体みたいなものでね…」
  魔術知識ゼロの人間に説明する難しさを感じながら言葉を選ぶ。
 「皮袋に入った水だと仮定するとわかりやすいかな。
 皮袋の大きさっていうのが魔力の器で、水が魔力。 魔力の量は器の大きさに比例するの」
  ヴォルフは真剣に話を聞いている。説明しているのは初等科ぐらいで習うことなんだけど。
  さぼっていたのか、関心がないから覚えなかったのか。多分後者だろう。
  嫌になるくらい想像がついたので深く掘り下げないで話を続ける。
 「聖剣はその器に穴を開けることができる。 肉体を傷つけることなくね」
  マリナも痛みはともかく、体に傷はない。
 「皮袋に穴が開けば水は流れていく。
けれど器に付いた傷は身体に付いた傷と同じように時間が経てば治っていく。
 穴が塞がればまたそこに魔力を満たすことができるの」
  きちんと理解したかはわからないけれど、一番大切なところは理解できたみたいだ。
 「つまり、お前も時間が経てば魔力が溜まり、魔法が使えるようになるということだな」
 「そう、そのとおりよ」
 「いつになったら俺を戻せるくらい魔力が溜まるんだ?」
 「はっきりとはわからないわ、でもこの世界ではかなりの時間がかかりそうね」
  この世界で魔法が夢物語なのは魔力の薄さと関係しているのかもしれない。
  マリナはそう推測していた。
 「あっちの世界ほど魔力が濃密じゃないから、時間がかかる」
  自分の中から湧いてくる魔力だけでは世界を移動するほどの魔力を溜めるのは気の遠くなる時間が必要だった。
  そのため自然から魔力を取り込むのだけれど…。
 「魔力を取り込もうとしても薄いせいであまり取り込めない」
  マリナの答えを聞いてヴォルフが顔を顰める。
 「具体的にどれくらいかかりそうなんだ?」
 「そうね、それこそ2年とか3年とか」
  これまでの感じだとそれくらいはかかりそうだった。
 「そんなに待っていられない! 俺は…!」
  荒げた声にはっとする耳に、階段を上る音が聞こえた。静かにするよう身振りで示す。
  足音が消えると少し落ち着いたのか、いくらか音量を落とした声で言う。
 「俺は今すぐにでも戻らなければいけない理由がある」
 「それは…、弟さんの為?」
  ヴォルフが驚いたようにマリナを見た。
 「知っていたのか?」
 「当たり前でしょう?」
  彼の家は代々続く侯爵家で、ヴォルフは家督を継ぐことがすでに決まっている。
 「弟さんは伯爵家のお嬢様と婚約してるのよね」
  爵位持ちの家には珍しく、彼の弟さんは見合いでなく恋愛から婚約に至ったという。
  恋人の家は由緒ある家柄とはいえ家格は劣る。
  そんな家に婿に入るというロマンスは王宮で働く女官の間で大きな噂になっていた。
 「俺が帰らなければ、弟が家督を継がなければならない。 それはさせられない!」
 「お嬢様は一人娘ですものね」
  一人娘が婿を迎えなければ家は断絶する。
  弟さんが家督を継げば、同じく家を継ぐ恋人と結ばれることはできない。
 「弟には幸せな家庭を築いてほしい。 そのためにも俺は帰らなければならない!」
  卓に右手(右前足)を乗せ苦悩するように頭を押さえる。
  犬って結構表情豊かだな。今まで犬との交遊がなかったので知らなかった。
  余計なことを考えているとヴォルフが改まって声をかける。
 「俺が逃げたためにお前にも苦労を掛けたが、どうか協力してくれないか?」
  確かに彼が姿を消さなければ王子も激昂して斬りかかることはなかったと思う。あってもヴォルフが止めただろう。
  ヴォルフが両手(前足)を卓について頭を下げる。
  真剣に頼む様子に唖然とした。
  年下の娘、それも事件の元凶に頭を下げるヴォルフ。
  さんざん怒った自分が気まずい。
 「…元はといえばあんたに魔法をかけたのは私だしね」
 「それでは…!」
  ヴォルフの目がきらきらと希望に光る。
 「元の姿に戻す必要はあると思ってる」
  マリナがこの世界に追放されたのはよかったのかもしれない。
  そうでなければ彼は元に戻れる希望もないまま、犬の姿で生きていかなければならなかった。
  それはきっと、ものすごく辛いと思う。
 「そうだ、これ」
  コンビニで買った弁当を取り出す。
  ラップを取り、テーブルのヴォルフの目の前に置く。
  冷めているのは仕方ない。うち、レンジないし。
 「この世界に来てからちゃんと食べてないでしょう」
  犬の姿なのでよくわからないけれど、人間だったときより痩せた雰囲気があった。
 「…! い、いいのか!?」
 「私はバイト先で食べてきたから、全部どうぞ」
 「!!」
  ヴォルフは感激に身体を震わせ、弁当に顔を突っ込んだ。
  身体を変化させる魔法は簡単だが、精神に負担がかかるためあまり使われない。
  人間が動物と同じように過ごすのは意外にきつい。
  身体が動物に変化しても、精神は変わらないからだ。
  毛皮を裸と認識してしまえばその姿でいることも辛いし、動物と同じ食べ物を取ることはなお大変だ。
  猫の姿に変化してもネズミを食べようと言う気にはならないし、這いつくばって食事をとるのもかなりの精神的負担になる。
  痩せたのもちゃんと食べ物が取れなかったせいかもしれない。ペットフードとか、おいしそうに見えないし。
  テーブルに上半身を乗せて弁当を食べるヴォルフから視線を外してテレビを点ける。
  夜のニュースはよくわからないこの国の政治について話していた。
  向こうの世界ではほぼ王が治める体系だった。この国に王がいないことは理解したけれど、どうやって国を治めているのか、そのシステムは不明だ。
  やがてニュースは天気の予報に移る。
 「こういうの、便利だよね」
  向こうの世界でもあってよさそうなものなのに。
  魔法である程度天気を調べることはできる。あとはそれをどうやって農民に伝えるかが…。
 (なんて、考えてもしょうがないよね…)
  追放された身で向こうの生活を向上させる方法なんて考えたところで、意味がない。
  国に帰ることは出来ないし、帰ったとしても助言する方法もないのだ。
  他国なら働き口はあるが、生まれた国を売ってまで向こうの世界にこだわる理由もなかった。
 「…」
  静かになったので目をやると、食べ終わったヴォルフがこちらを見ていた。
 「ん? 終わった?」
 「ああ、うまかった。 ありがとう」
  きれいに空になった容器を流しに運ぶ。とりあえず水につけ、テーブルに戻る。
  座ってヴォルフを観察する。満足できたみたいでよかった。
 「元に戻す魔力が溜まるまで大人しくしてて。
 外には好きに出ればいいけど、絶対に人に見られないようにしてちょうだい。 動物禁止だからね、ここのアパート」
 「ああ、わかった」
  神妙に頷く。彼もこの世界で数週間過ごして、ある程度知識を身につけたらしい。
 「じゃあ、私はもう寝るね。 ヴォルフはこれ使って」
  薄い毛布を投げて渡す。犬の身体なら気候的に必要ないかもしれないが、一応渡しておく。
  するとヴォルフが慌てた様子で被さった毛布から頭を出した。
 「ちょ、ちょっと待て! ここで休む気か!?」
 「当たり前でしょう、ここは私の家だもの」
 「他に部屋はないのか?」
 「王宮の下働きの部屋もこんな広さよ? 別に狭くない」
  貴族のヴォルフからしたら狭いかもしれないけれど、マリナには十分な広さだ。
 「大人二人ならともかく、子供一人と犬一匹で狭い訳ないでしょ」
 元のでかい図体なら邪魔だったけど。
 「そういうことではなく、一つの部屋で男女が休むなど…!」
  ヴォルフの心配がわかった。馬鹿な心配してるなーと思う。
 「何もしないんだから問題ないでしょう」
 「何を言うんだ! 噂がたったら困るだろう」
 「噂が立って困るのはあんただけだし、この世界で誰が噂するっていうのよ」
  外聞を気にする貴族と違ってマリナにどんな噂が立とうと気にする人間なんていない。
  それに異世界のことを噂できる人間がどこにいるっていうんだか。
 「じゃあ、そういうことでお休み」
  納得するまで話に付き合うのも馬鹿馬鹿しいので、毛布をかぶって横になる。
  ヴォルフのことだ、一晩寝てしまえば渋々従うに違いない。
  目を閉じると急に睡魔が襲ってくる。
 「待て! 寝るな!」
  焦る声で呼びかけるヴォルフの声もすぐに聞こえなくなった。
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