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異世界<日本>編
状況把握 1
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「おつかれさまでしたー!」
元気な笑顔で帰りのあいさつをする。
イライラを押し殺して笑顔を作っていたせいでいつもより疲れた。
ここに来てから怒ったりということがなかったので久々の感覚に消耗する。
店のドアを開けて道の向こう側を見るとヴォルフの姿が見えない。
「ん?」
首を傾げて辺りを見回す。いなくなる訳ないんだけど…。
きょろきょろして黒い姿を探す。
《どこを見ている》
「うわ!」
すぐ近くからした声に飛び上がる。探していた対象は足元に座ってマリナを見上げていた。
《言われたとおり、店には近づかなかったぞ》
自慢げに語る姿に舌打ちしかける。どうせなら視界に入らないところに居ろっての。
怒鳴りたい気持ちを抑えて無言で歩きだす。ヴォルフも黙って後ろをついてきた。
沈黙がふたりの間に落ちる。ヴォルフの方を見ないように建物の看板を見ながら歩く。
「…」
この世界がにぎやかでよかった。沈黙を続ける気まずい空気も、車の通る音や家路につく人たちの足音が紛らわしてくれる。
マリナの目にコンビニの灯りが目に入った。
「ちょっとここで待ってて。 買い物してくる」
ヴォルフを見ないままに告げて自動ドアを潜る。
弁当が並んだ棚を見て肉が入った弁当を2つ取り、レジに向かう。
財布を出しているとレジの横にあったから揚げが目に入る。
「すみません。 あと、から揚げ二つ」
財布の中身で買えるぎりぎりの数だけ注文した。
必要な分しか持ってこなかったことを少しだけ後悔する。
店員の声を背中に店を出るとヴォルフは植木の前で大人しく座っていた。
ちらとだけ見て家へ向かう。ヴォルフも黙ったまま後ろをついて来る。
「…」
最初の波が消えると胸にあるのはうれしさともつかない複雑な感情だった。
二度と会うことがないと思っていた自分の世界の人間に会えて、しかもよく知っている人間だった。心強くはある。
アパートの前で後ろを振り向く。相変わらず黙ったままのヴォルフと目が合い、視線を逸らした。
辺りを見回す。犬を連れて入るところを見られたらまずい。
人がいないのを確かめて目線でヴォルフを促す。
ととっと静かに階段を上がる姿を見て犬って便利だな、と思う。
音の響く金属製の階段も、肉球のおかげかほとんど音を立てない。
ヴォルフは上りきったところでマリナを待っていた。
鍵を取り出しながらヴォルフの目の前を通り過ぎる。
マリナが鍵を差し込むと近づいてきて隣でドアが開くのを待つ。
ペットだったらかわいい仕草だけど、元の姿を知っているだけに微妙な気分になる。
扉を開けて中に入るよう促すと玄関に入ったところで座った。土の付いた足のまま部屋に上がるのを遠慮したんだろう。
「はいはい、ちょっと待って」
靴を脱いで部屋に入り、適当なタオルを濡らしてヴォルフの足を取る。
《ちょっと待て! 自分でやる》
慌てた様子で身を引く。触るなと言われたことにむっとして強引に足を引っ張った。
「こっちの方が早いでしょう。 大人しくしてなさいよ」
タオルで足を手早く拭っていく。思ったよりも汚れは少なくてすぐに済んだ。
「はい、上がって」
不本意そうに三和土を上がりテーブルの前に腰を下ろす。
ヴォルフ的には跪かれて足を拭かれている感覚なんだろうか。嫌がるのも道理だ。
マリナが向かいに座るのを待ってヴォルフが口を開いた。
《言いたいことは色々あるが…》
「その前にちょっと待って」
左手をかざして目を閉じる。体内に流れる力を手の平に集めていく。
口内で呟くと放たれた魔力がヴォルフを包んだ。
ひと月ぶりに行使する魔法は寸分の狂いなく狙った効果を生む。
「おい…」
不満そうな声が聞こえる。
目を開くと犬の姿のままテーブルに手をつくヴォルフが目に入った。
「元の姿に戻すんじゃなかったのか! どういうつもりだ、これは!」
「怒鳴らないで、隣に聞こえる」
隣人は帰りが遅いとはいえ、注意するに越したことはない。
マリナの注意に、怒りを堪えるように眉間にシワを寄せてため息を吐く。
「俺を元に戻す気がないのか?」
「戻す気がないんじゃなくて戻せないの」
これまでに繰り返した台詞をもう一度口にする。
「そんなわけないだろう! お前ほどの魔法の使い手が!」
ヴォルフの発言に怒りが爆発した。
「だからあのバカ王子のせいで出来なくなったのよ!」
「…! どういうことだ…?」
内容の方が気になるのか今度はバカ呼ばわりしても怒らなかった。
「あんたがその姿になって姿を消した直後…」
ヴォルフが今の姿になったのは不慮の事故のようなものだ。少なくともマリナにとっては。
元の世界で共に同じ主に仕えていたヴォルフは、マリナの魔力の暴走によって元の人間の姿から犬の姿に変わってしまった。
それは確かにマリナのせいだが。
魔法を解くのは難しくない。
当然かけた本人のマリナには呼吸をするように簡単に解くことができる。
それを激怒した王子が…。
「あんたが走っていなくなった直後、バカ王子が聖剣を持ち出してきたのよ」
犬になったショックからかヴォルフは走って姿を消してしまった。
どうやって捕まえようか考えていたマリナに激昂した王子が聖剣を振り下ろしたのだ。
「酷いわよね。 こんなか弱い少女に向かって剣を振り下ろすなんて」
「それは…」
「言っておくけどすっごい痛かったわ。 思い出しても最低の気分」
聖剣は人を殺傷することはできない。
それでも剣が身体を通り貫けていく感触は違和感と痛みで気を失いそうなものだった。
「…」
「聖剣がどういう効果を持つのかは知ってるわよね?」
聖剣は魔力を断つ効果があるのと同時に魔力を奪う効果があった。
放たれた魔法に使えばそれを打ち消すことが出来たし、人に突き立てればその人物の魔力を奪うことができる。
大昔の大戦中に作られたもので、その力から平和になった今の王国では使用が制限され、厳重に保管されていた。
当然人に向けて使うことなど許されていない。
「それをバカ王子が取り出してきて私に使った」
いくら腹心の部下が犬にされたといっても怒りに身を任せてやっていいことじゃない。
責任ある立場ならなおさらのこと、許されないことだ。
「その後この世界に追放されたのよ」
そういった経緯でマリナは魔力を失った状態で異世界に追放された。
「裁判もなしにね」
マリナが王子に一番腹を立てているのはそこだ。
踏むべき手順をすっ飛ばして自らの感情で人を裁くなんて許されない。
元気な笑顔で帰りのあいさつをする。
イライラを押し殺して笑顔を作っていたせいでいつもより疲れた。
ここに来てから怒ったりということがなかったので久々の感覚に消耗する。
店のドアを開けて道の向こう側を見るとヴォルフの姿が見えない。
「ん?」
首を傾げて辺りを見回す。いなくなる訳ないんだけど…。
きょろきょろして黒い姿を探す。
《どこを見ている》
「うわ!」
すぐ近くからした声に飛び上がる。探していた対象は足元に座ってマリナを見上げていた。
《言われたとおり、店には近づかなかったぞ》
自慢げに語る姿に舌打ちしかける。どうせなら視界に入らないところに居ろっての。
怒鳴りたい気持ちを抑えて無言で歩きだす。ヴォルフも黙って後ろをついてきた。
沈黙がふたりの間に落ちる。ヴォルフの方を見ないように建物の看板を見ながら歩く。
「…」
この世界がにぎやかでよかった。沈黙を続ける気まずい空気も、車の通る音や家路につく人たちの足音が紛らわしてくれる。
マリナの目にコンビニの灯りが目に入った。
「ちょっとここで待ってて。 買い物してくる」
ヴォルフを見ないままに告げて自動ドアを潜る。
弁当が並んだ棚を見て肉が入った弁当を2つ取り、レジに向かう。
財布を出しているとレジの横にあったから揚げが目に入る。
「すみません。 あと、から揚げ二つ」
財布の中身で買えるぎりぎりの数だけ注文した。
必要な分しか持ってこなかったことを少しだけ後悔する。
店員の声を背中に店を出るとヴォルフは植木の前で大人しく座っていた。
ちらとだけ見て家へ向かう。ヴォルフも黙ったまま後ろをついて来る。
「…」
最初の波が消えると胸にあるのはうれしさともつかない複雑な感情だった。
二度と会うことがないと思っていた自分の世界の人間に会えて、しかもよく知っている人間だった。心強くはある。
アパートの前で後ろを振り向く。相変わらず黙ったままのヴォルフと目が合い、視線を逸らした。
辺りを見回す。犬を連れて入るところを見られたらまずい。
人がいないのを確かめて目線でヴォルフを促す。
ととっと静かに階段を上がる姿を見て犬って便利だな、と思う。
音の響く金属製の階段も、肉球のおかげかほとんど音を立てない。
ヴォルフは上りきったところでマリナを待っていた。
鍵を取り出しながらヴォルフの目の前を通り過ぎる。
マリナが鍵を差し込むと近づいてきて隣でドアが開くのを待つ。
ペットだったらかわいい仕草だけど、元の姿を知っているだけに微妙な気分になる。
扉を開けて中に入るよう促すと玄関に入ったところで座った。土の付いた足のまま部屋に上がるのを遠慮したんだろう。
「はいはい、ちょっと待って」
靴を脱いで部屋に入り、適当なタオルを濡らしてヴォルフの足を取る。
《ちょっと待て! 自分でやる》
慌てた様子で身を引く。触るなと言われたことにむっとして強引に足を引っ張った。
「こっちの方が早いでしょう。 大人しくしてなさいよ」
タオルで足を手早く拭っていく。思ったよりも汚れは少なくてすぐに済んだ。
「はい、上がって」
不本意そうに三和土を上がりテーブルの前に腰を下ろす。
ヴォルフ的には跪かれて足を拭かれている感覚なんだろうか。嫌がるのも道理だ。
マリナが向かいに座るのを待ってヴォルフが口を開いた。
《言いたいことは色々あるが…》
「その前にちょっと待って」
左手をかざして目を閉じる。体内に流れる力を手の平に集めていく。
口内で呟くと放たれた魔力がヴォルフを包んだ。
ひと月ぶりに行使する魔法は寸分の狂いなく狙った効果を生む。
「おい…」
不満そうな声が聞こえる。
目を開くと犬の姿のままテーブルに手をつくヴォルフが目に入った。
「元の姿に戻すんじゃなかったのか! どういうつもりだ、これは!」
「怒鳴らないで、隣に聞こえる」
隣人は帰りが遅いとはいえ、注意するに越したことはない。
マリナの注意に、怒りを堪えるように眉間にシワを寄せてため息を吐く。
「俺を元に戻す気がないのか?」
「戻す気がないんじゃなくて戻せないの」
これまでに繰り返した台詞をもう一度口にする。
「そんなわけないだろう! お前ほどの魔法の使い手が!」
ヴォルフの発言に怒りが爆発した。
「だからあのバカ王子のせいで出来なくなったのよ!」
「…! どういうことだ…?」
内容の方が気になるのか今度はバカ呼ばわりしても怒らなかった。
「あんたがその姿になって姿を消した直後…」
ヴォルフが今の姿になったのは不慮の事故のようなものだ。少なくともマリナにとっては。
元の世界で共に同じ主に仕えていたヴォルフは、マリナの魔力の暴走によって元の人間の姿から犬の姿に変わってしまった。
それは確かにマリナのせいだが。
魔法を解くのは難しくない。
当然かけた本人のマリナには呼吸をするように簡単に解くことができる。
それを激怒した王子が…。
「あんたが走っていなくなった直後、バカ王子が聖剣を持ち出してきたのよ」
犬になったショックからかヴォルフは走って姿を消してしまった。
どうやって捕まえようか考えていたマリナに激昂した王子が聖剣を振り下ろしたのだ。
「酷いわよね。 こんなか弱い少女に向かって剣を振り下ろすなんて」
「それは…」
「言っておくけどすっごい痛かったわ。 思い出しても最低の気分」
聖剣は人を殺傷することはできない。
それでも剣が身体を通り貫けていく感触は違和感と痛みで気を失いそうなものだった。
「…」
「聖剣がどういう効果を持つのかは知ってるわよね?」
聖剣は魔力を断つ効果があるのと同時に魔力を奪う効果があった。
放たれた魔法に使えばそれを打ち消すことが出来たし、人に突き立てればその人物の魔力を奪うことができる。
大昔の大戦中に作られたもので、その力から平和になった今の王国では使用が制限され、厳重に保管されていた。
当然人に向けて使うことなど許されていない。
「それをバカ王子が取り出してきて私に使った」
いくら腹心の部下が犬にされたといっても怒りに身を任せてやっていいことじゃない。
責任ある立場ならなおさらのこと、許されないことだ。
「その後この世界に追放されたのよ」
そういった経緯でマリナは魔力を失った状態で異世界に追放された。
「裁判もなしにね」
マリナが王子に一番腹を立てているのはそこだ。
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