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セレスタ 故郷編
拒絶の理由 1
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疲れていたんだろう、マリナは布団に入ってすぐに眠りに落ちた。
眠ったマリナを残して外に出る。
まだ深夜と言えるほどの時間でないにも関わらず、村は真っ暗だった。
月明かりと星だけが明るい空を見上げて息を吐く。
父親のことになるとやはり冷静ではいられないようだ。
怒りに震える姿がヴォルフには泣きそうに見えた。
父親がどうしてあのようなことを言ったのか理解に苦しむ。
あんなやり方ではマリナの苦しみを除くことにはならない。
このまま帰らせていいものかと自問する。
憎みたくも恨みたくもないと言っていたマリナ。
去り際の瞳に色濃く映していたのはそのどちらでもなく、失望。
やるせない気持ちが胸の内を満たしている。
溜め息を押し殺して視線を下ろすとまだ帰っていなかったらしいギルと目が合った。
「さっき、親父さんに何言ってたんだ」
「……」
答えるか迷うと視線を落として言葉を重ねる。
「親父さんがあんな反応するなんて思わなかった」
ギルの言葉に眉を上げて続きを待つ。
「マリナがいなくなってからも、親父さんは変わらず酒びたりだったよ。
母さんや村の大人がほどほどにしなって注意しても聞かないで」
「……」
黙ってギルの話に耳を傾ける。
マリナの父親の話は予想通りと言えば予想通りのものだった。マリナがいなくなったことで変わるならそれまでにも変化があるだろう。
あいつが村を出たのは8歳の頃だと聞いている。母親を亡くしてから8年だ。向き合う時間はたっぷりあったはずだ。
「でも、最近はそうでもなかったんだよ。
酒も飲まなくなったし仕事だって少しずつだけどしてた」
そうなのか。確かに先ほど見た顔は酒に酔っていたようには見えなかった。
「ちょうどマリナが双翼になったって聞いた頃だよ、親父さんが酒を飲まなくなったのは」
「……!」
時期を考えればそれがきっかけになった可能性はあるな。
「父さんや母さんはマリナが立派な仕事をしてるから自分もきちんと身を立て直さなきゃいけないと思ったんじゃないかって言ってたし、俺もそうだと思ってた。
いつかマリナが戻ってきたとき、だらしない生活をしてるのを見せられないからだと。
だから、あんなことを言ったのが信じられないんだ。 マリナに会いたかったんじゃないのかって」
「そうか……」
ギルの疑問は尤もだが、自分は少し違うことを考えていた。
「負い目があるから拒絶するんだろう」
問うような視線を向けるギルに浮かんだ考えを告げる。
「憎まれたいんじゃないのか、マリナの父親は」
「どういう意味だ?」
意味がわからないとギルの目が言っている。そうだろう。ヴォルフも予想として挙げたが理解はできない。
「マリナが村を出ることになったのは父親が育てることを放棄したからだ」
ラウールがマリナを連れ出さなかったら、それ以前に側にいる大人たちがマリナを気に掛けることがなかったら、きっとマリナは生きられなかった。
その責任は全て父親にある。
「その責任を認識していて、許しを請うこともできないと思っているのなら……」
本当に、全く理解できないが、可能性の一つとして挙げられる予想がある。
「憎まれることで罰を受けたいのではないか?」
ゆっくりと驚きに見開かれた目が失望に伏せられる。
「それが何になるんだ……。 マリナはそんなこと望まないだろ」
「ああ」
ギルの言葉に頷く。
マリナは憎みたくない、とはっきりと口にしていた。
父親の望みが罰を得ることなら、それはマリナを苦しめるだけだ。
「だから聞いた。 憎まれた方が楽なのか、と」
ここまで来た時点でマリナが父親のすべてを拒絶しているわけでないことは伝わる。
だというのにあのような拒絶をぶつけるのはなぜなのか。
ヴォルフの問いに答えた瞳は驚きに見開かれていて。
どうしてわかったのかと、返す言葉すら出てこない顔を見て途方もない怒りが湧き上がってきた。
眠ったマリナを残して外に出る。
まだ深夜と言えるほどの時間でないにも関わらず、村は真っ暗だった。
月明かりと星だけが明るい空を見上げて息を吐く。
父親のことになるとやはり冷静ではいられないようだ。
怒りに震える姿がヴォルフには泣きそうに見えた。
父親がどうしてあのようなことを言ったのか理解に苦しむ。
あんなやり方ではマリナの苦しみを除くことにはならない。
このまま帰らせていいものかと自問する。
憎みたくも恨みたくもないと言っていたマリナ。
去り際の瞳に色濃く映していたのはそのどちらでもなく、失望。
やるせない気持ちが胸の内を満たしている。
溜め息を押し殺して視線を下ろすとまだ帰っていなかったらしいギルと目が合った。
「さっき、親父さんに何言ってたんだ」
「……」
答えるか迷うと視線を落として言葉を重ねる。
「親父さんがあんな反応するなんて思わなかった」
ギルの言葉に眉を上げて続きを待つ。
「マリナがいなくなってからも、親父さんは変わらず酒びたりだったよ。
母さんや村の大人がほどほどにしなって注意しても聞かないで」
「……」
黙ってギルの話に耳を傾ける。
マリナの父親の話は予想通りと言えば予想通りのものだった。マリナがいなくなったことで変わるならそれまでにも変化があるだろう。
あいつが村を出たのは8歳の頃だと聞いている。母親を亡くしてから8年だ。向き合う時間はたっぷりあったはずだ。
「でも、最近はそうでもなかったんだよ。
酒も飲まなくなったし仕事だって少しずつだけどしてた」
そうなのか。確かに先ほど見た顔は酒に酔っていたようには見えなかった。
「ちょうどマリナが双翼になったって聞いた頃だよ、親父さんが酒を飲まなくなったのは」
「……!」
時期を考えればそれがきっかけになった可能性はあるな。
「父さんや母さんはマリナが立派な仕事をしてるから自分もきちんと身を立て直さなきゃいけないと思ったんじゃないかって言ってたし、俺もそうだと思ってた。
いつかマリナが戻ってきたとき、だらしない生活をしてるのを見せられないからだと。
だから、あんなことを言ったのが信じられないんだ。 マリナに会いたかったんじゃないのかって」
「そうか……」
ギルの疑問は尤もだが、自分は少し違うことを考えていた。
「負い目があるから拒絶するんだろう」
問うような視線を向けるギルに浮かんだ考えを告げる。
「憎まれたいんじゃないのか、マリナの父親は」
「どういう意味だ?」
意味がわからないとギルの目が言っている。そうだろう。ヴォルフも予想として挙げたが理解はできない。
「マリナが村を出ることになったのは父親が育てることを放棄したからだ」
ラウールがマリナを連れ出さなかったら、それ以前に側にいる大人たちがマリナを気に掛けることがなかったら、きっとマリナは生きられなかった。
その責任は全て父親にある。
「その責任を認識していて、許しを請うこともできないと思っているのなら……」
本当に、全く理解できないが、可能性の一つとして挙げられる予想がある。
「憎まれることで罰を受けたいのではないか?」
ゆっくりと驚きに見開かれた目が失望に伏せられる。
「それが何になるんだ……。 マリナはそんなこと望まないだろ」
「ああ」
ギルの言葉に頷く。
マリナは憎みたくない、とはっきりと口にしていた。
父親の望みが罰を得ることなら、それはマリナを苦しめるだけだ。
「だから聞いた。 憎まれた方が楽なのか、と」
ここまで来た時点でマリナが父親のすべてを拒絶しているわけでないことは伝わる。
だというのにあのような拒絶をぶつけるのはなぜなのか。
ヴォルフの問いに答えた瞳は驚きに見開かれていて。
どうしてわかったのかと、返す言葉すら出てこない顔を見て途方もない怒りが湧き上がってきた。
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