双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

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セレスタ 故郷編

故郷の夜 3

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 ギルに案内されてまだ人の住んでない家に足を踏み入れる。
 内装の途中だと言っていたけど、ほとんど完成しているように見えた。
「好きな部屋を使ってくれ。 布団はここに置いておくから」
 持ってきてくれた布団を床に置いて帰っていくギルの背中に向かってお礼を言う。
「ありがとう、ギル」
「悪いな」
 ギルは扉を開けたところで振り返り気にするなと笑う。
「気にするなよ、長旅で疲れてるだろ。 今日はゆっくり休んで明日また家に来いよ。 母さんが朝食も用意して待ってるって言ってたからな」
 カイを迎えに行かせるからと言われて苦笑する。
「なんだかすっかりお世話になっちゃって悪いわね」
「いいんだよ、人の世話を焼くのが好きなんだから」
 ギルの台詞に笑う。
「おかげで助けられてばかりだわ」
 幼い頃も、今も。おばさんみたいな暖かい人たちが近くにいて、幸せだった。
 マリナの言葉にギルも笑みを浮かべて答える。
「話につき合わされてすっかり遅くなったからな、さっさと休めよ」
「うん、ありがとう。 おやすみなさい」
 笑い合って別れる。
 来て、良かった。
 おばさんと会えて、ギルとも話ができて。
 それだけでも来て良かったと言える。
 父親のことは残念だけど、……仕方のないことだろう。
「疲れたか?」
 ヴォルフがマリナの顔を覗き込むようにして聞く。
「そうね、少し疲れたかも」
 ただでさえ盗賊騒ぎで睡眠不足だったし、ここまでも急いできたから休息は最低限しか取っていない。
 おばさんたちとの楽しい時間に忘れていたけど、やっぱり疲れているみたいだ。
 布団に横になったらすぐにでも眠れそう。
「布団はどこに運ぶ? すぐ寝るだろ」
 ヴォルフが布団を抱えて聞く。ここで寝るって言ったら怒られるわよね、やっぱり。
 移動するのも億劫に感じる。意識した途端、急に眠い。
「すぐそこの部屋でいい」
「本当に眠そうだな」
「うん、やっぱり寝不足はだめね。 ヴォルフは平気なの?」
 ヴォルフは普段と同じに見える。多少長く寝てるにしてもヴォルフも睡眠時間は少なかったはずなのに。
「俺はまだ平気だな。 昨日から魔力を多く使ってるから疲れてるんだろう。
 盗賊退治はともかく怪我人の治療は気の張る作業だったろうからな」
 言われてみたらそうかもしれない。怪我を治すのに慣れてるといってもマリナの周囲で頻繁に魔術で治療が必要な怪我人なんて出ない。
 まして緊急性の高い怪我だったから気づかないうちに変に力が入っていたのかも。
 疲れたと感じるのはそれだけが原因じゃないんだろうけれど。
 思い出して俯きそうになるのを意識して止める。
「運んでくれてありがとう」
「ああ、……大丈夫か?」
 布団を置いたヴォルフがマリナの頬に手を伸ばそうとするのを顔を背けて手を避けた。
「ごめん、寝るね。 明日も早そうだし」
 荷物に手を伸ばして視線を逸らしたまま告げる。
 ヴォルフの暖かい手に触れられたらそのまま離せなくなってしまいそうで。
 今だけはその手を取れない。
 泣きたくなんてないのに、縋ってしまいそうになるから。
「大丈夫。 ここでは大丈夫でいたいの」
 明日、泣き腫らした目で会いに行けばおばさんもギルもきっと気に病む。
 父親とのことはどうしようもないんだとしても、心配させたくない。
「強がりで意地っ張りなのはあんまり良い事じゃないな」
 苦笑いするヴォルフに頬を摘まれて目を瞬く。いきなりのことに怒るタイミングがなかった。
「お前の気持ちはわかったけど側にいるくらいはさせてくれ。
 ……一人にさせたくない」
 穏やかに微笑んだ口元から発せられた言葉にしては、やけに真剣な声で紡がれた呟きに胸が暖かくなる。
「ヴォルフって意外と過保護よね」
「それくらいでないとお前は一人で抱え込むだろう。 だからこれでいいんだ」
「……ありがとう」
 眠って、起きたらきっと受け入れられる。
 今はただ、全て忘れて眠りたかった。
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