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セレスタ 故郷編
再会と拒絶
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おばさんの家を出て住んでいた家に向かって歩く。
どうしてかギルも付いて来た。
「家の場所ならわかるから大丈夫よ?」
いくらなんでも住んでた家を忘れたりしない。
大丈夫だと告げるけどギルはマリナを見ないまま答える。
「もし親父さんが帰ってなかったらホルクさんの家まで案内する必要があるだろ。
流石に覚えてないだろうし」
「まあ、確かにそうね」
覚えてないというか知らない。
家にいなければ父親が帰ってくるまで待つしかないので、ギルの言葉はありがたい。
「悪いわね」
「別に、大した距離じゃないし」
ギルの言う通り父親の住む家は目と鼻の先だ。
数分も歩かないうちに目的地に辿り着いた。
変わらない。
マリナが家を出た時から何も変わっていないのではないかと錯覚をするほど記憶のままだ。
扉を見つめて足を止める。
視線の高さも違うのに、あのときに戻ったみたい。
伸ばそうとした手が止まり、動かなくなる。
ヴォルフとギルの視線が背中に突き刺さった。
ここで逡巡しても仕方ない。
息を吸い、平静を装ってから扉を叩いた。
「はい」
声が聞こえる。
こんな短い返事でも父親の声だとわかった。
返事だけで扉が開く気配はない。こっちから開けると思っているんだろう。
叩いて合図さえしたら訪ねる側から扉を開けても、この辺では失礼じゃない。
だから開けてもいいのにどうしても躊躇われた。
「…………?」
扉が開けられないことを訝しんだ父親の気配が扉の前に立つ。
「誰……」
扉を開けながら誰何する。
その瞳がマリナに止まり、言葉が途切れた。
「……」
父親だ、そう思った。
顔なんて覚えていないと思っていたのに、記憶の中の姿が鮮明になっていき、目の前の人に重なる。
中途半端に扉を開いたまま、父親は青灰色の瞳を大きく見開いていた。
「久しぶりね」
言葉を発しない父親に、自分の方から声を掛ける。
硬い声は思ったよりも冷たく響いた。
「ああ。 久しぶりだな」
父親が返した言葉も低く、温度のない音をしている。
お互いに、発した言葉には再会の喜びが感じられない。
言葉を交わしたのは、再会よりも久しいことだというのに。
マリナと父親の会話を見守るようにヴォルフもギルも言葉を発しない。
会ったら言おうと思っていた言葉が寸暇の間頭から消える。
先に次の言葉を発したのは父親の方。
続けられた台詞に、探していた言葉の全てが消え去った。
「何をしに来たんだ」
(何をしに……?)
問われた内容に心が急速に冷えていく。
「……どういう意味?」
「何か用があるからこんなところまで来たんだろう」
その通りだけど……。
言葉の裏にある意味には気がつかないふりをして答える。
「人を紹介しに来ただけよ」
振り返ると唖然としたギルと平然としてるように見えてわずかに表情を曇らせているヴォルフが目に入った。
ヴォルフの顔を見ると冷えていたと思った胸の内が痛みを訴えていることに気付いて苦しくなる。
「彼は共に王子に仕えているヴォルフよ。 いずれ結婚するわ。
一応紹介した方がいいかと思って連れてきたんだけれど、余計なことだったみたいね」
苦しさを覆い隠して一息で伝える。突き放すような言い方になったことをマリナが悔やむより速く、父親から拒絶の言葉が放たれた。
「そうか、なら用事は済んだな」
「……は?」
思わず零れた吐息は問いかけなのか嘲笑なのか自分でも判然としない。
「ちょっと待てよ親父さん、他に言うことがあるだろ」
見かねたのかギルが口を挿む。しかし父親はにべもなく言い放った。
「俺から言うことは何もない。 反対などもしないから好きにすればいい」
「おい!」
年長者への礼儀も捨ててギルが叫ぶ。
ヴォルフも厳しい目をしながら父親を見ている。
「言いたいことはそれだけ……?」
手が、怒りで震える。声だけは平静に怒りを湛えていた。
目を細めて父親を見据えると青灰の目を一瞬だけマリナに止め、目を逸らす。
「……!」
拒絶の言葉よりも何よりも、逸らされた視線に怒りを感じた。
「私がわざわざ許可を求めに来たとでも思うの? そんな許可なんてなくたって結婚はできるわよ」
怒りに震える拳を握りしめる。
「そうだろうな」
父親はマリナと視線を合わせないように足元を見つめて答える。
「放置していた俺に言えることなんて何もない。 今更だろう。
だから……」
「今更!?」
父親が続けようとした言葉を遮って叫ぶ。
「今更と言うの!? あなたが!?」
燃え広がるように怒りの炎が胸の中を染めていく。
「今更なんてあなたが言う台詞じゃないわ! 放置してたと認めるなら向き合って見せるくらいしなさいよ!!」
迸る怒りのままに言葉をぶつける。
怒鳴られても俯いて視線を合わせようとしない父親に怒りとやるせなさが同時に湧いてくる。
「変わらないわね……」
憤りを押し殺した声で呟く。
「そうやって目を逸らしてばかり。
非があると思うのなら……」
そこまで言って言葉を切る。
謝ってほしい? それも違う。
言葉が見つからなくて黙る。
ただ言えるのはこんな再会を望んでいたんじゃないということだ。
「帰るわ。 時間の無駄だったわね」
怒りと失望が胸の中で渦巻いている。
父親と家に背を向けて歩き出す。
戸惑いながらギルも付いてきた。
ヴォルフだけは足を動かさず、その場に止まっている。
「ヴォルフ、その人に何を言っても無駄よ。 好きなだけ過去に浸っていればいいわ」
自分でも冷酷に聞こえる声で言い捨てる。
踵を返す前にヴォルフが何事か父親に告げた言葉は、マリナの耳には届かなかった。
どうしてかギルも付いて来た。
「家の場所ならわかるから大丈夫よ?」
いくらなんでも住んでた家を忘れたりしない。
大丈夫だと告げるけどギルはマリナを見ないまま答える。
「もし親父さんが帰ってなかったらホルクさんの家まで案内する必要があるだろ。
流石に覚えてないだろうし」
「まあ、確かにそうね」
覚えてないというか知らない。
家にいなければ父親が帰ってくるまで待つしかないので、ギルの言葉はありがたい。
「悪いわね」
「別に、大した距離じゃないし」
ギルの言う通り父親の住む家は目と鼻の先だ。
数分も歩かないうちに目的地に辿り着いた。
変わらない。
マリナが家を出た時から何も変わっていないのではないかと錯覚をするほど記憶のままだ。
扉を見つめて足を止める。
視線の高さも違うのに、あのときに戻ったみたい。
伸ばそうとした手が止まり、動かなくなる。
ヴォルフとギルの視線が背中に突き刺さった。
ここで逡巡しても仕方ない。
息を吸い、平静を装ってから扉を叩いた。
「はい」
声が聞こえる。
こんな短い返事でも父親の声だとわかった。
返事だけで扉が開く気配はない。こっちから開けると思っているんだろう。
叩いて合図さえしたら訪ねる側から扉を開けても、この辺では失礼じゃない。
だから開けてもいいのにどうしても躊躇われた。
「…………?」
扉が開けられないことを訝しんだ父親の気配が扉の前に立つ。
「誰……」
扉を開けながら誰何する。
その瞳がマリナに止まり、言葉が途切れた。
「……」
父親だ、そう思った。
顔なんて覚えていないと思っていたのに、記憶の中の姿が鮮明になっていき、目の前の人に重なる。
中途半端に扉を開いたまま、父親は青灰色の瞳を大きく見開いていた。
「久しぶりね」
言葉を発しない父親に、自分の方から声を掛ける。
硬い声は思ったよりも冷たく響いた。
「ああ。 久しぶりだな」
父親が返した言葉も低く、温度のない音をしている。
お互いに、発した言葉には再会の喜びが感じられない。
言葉を交わしたのは、再会よりも久しいことだというのに。
マリナと父親の会話を見守るようにヴォルフもギルも言葉を発しない。
会ったら言おうと思っていた言葉が寸暇の間頭から消える。
先に次の言葉を発したのは父親の方。
続けられた台詞に、探していた言葉の全てが消え去った。
「何をしに来たんだ」
(何をしに……?)
問われた内容に心が急速に冷えていく。
「……どういう意味?」
「何か用があるからこんなところまで来たんだろう」
その通りだけど……。
言葉の裏にある意味には気がつかないふりをして答える。
「人を紹介しに来ただけよ」
振り返ると唖然としたギルと平然としてるように見えてわずかに表情を曇らせているヴォルフが目に入った。
ヴォルフの顔を見ると冷えていたと思った胸の内が痛みを訴えていることに気付いて苦しくなる。
「彼は共に王子に仕えているヴォルフよ。 いずれ結婚するわ。
一応紹介した方がいいかと思って連れてきたんだけれど、余計なことだったみたいね」
苦しさを覆い隠して一息で伝える。突き放すような言い方になったことをマリナが悔やむより速く、父親から拒絶の言葉が放たれた。
「そうか、なら用事は済んだな」
「……は?」
思わず零れた吐息は問いかけなのか嘲笑なのか自分でも判然としない。
「ちょっと待てよ親父さん、他に言うことがあるだろ」
見かねたのかギルが口を挿む。しかし父親はにべもなく言い放った。
「俺から言うことは何もない。 反対などもしないから好きにすればいい」
「おい!」
年長者への礼儀も捨ててギルが叫ぶ。
ヴォルフも厳しい目をしながら父親を見ている。
「言いたいことはそれだけ……?」
手が、怒りで震える。声だけは平静に怒りを湛えていた。
目を細めて父親を見据えると青灰の目を一瞬だけマリナに止め、目を逸らす。
「……!」
拒絶の言葉よりも何よりも、逸らされた視線に怒りを感じた。
「私がわざわざ許可を求めに来たとでも思うの? そんな許可なんてなくたって結婚はできるわよ」
怒りに震える拳を握りしめる。
「そうだろうな」
父親はマリナと視線を合わせないように足元を見つめて答える。
「放置していた俺に言えることなんて何もない。 今更だろう。
だから……」
「今更!?」
父親が続けようとした言葉を遮って叫ぶ。
「今更と言うの!? あなたが!?」
燃え広がるように怒りの炎が胸の中を染めていく。
「今更なんてあなたが言う台詞じゃないわ! 放置してたと認めるなら向き合って見せるくらいしなさいよ!!」
迸る怒りのままに言葉をぶつける。
怒鳴られても俯いて視線を合わせようとしない父親に怒りとやるせなさが同時に湧いてくる。
「変わらないわね……」
憤りを押し殺した声で呟く。
「そうやって目を逸らしてばかり。
非があると思うのなら……」
そこまで言って言葉を切る。
謝ってほしい? それも違う。
言葉が見つからなくて黙る。
ただ言えるのはこんな再会を望んでいたんじゃないということだ。
「帰るわ。 時間の無駄だったわね」
怒りと失望が胸の中で渦巻いている。
父親と家に背を向けて歩き出す。
戸惑いながらギルも付いてきた。
ヴォルフだけは足を動かさず、その場に止まっている。
「ヴォルフ、その人に何を言っても無駄よ。 好きなだけ過去に浸っていればいいわ」
自分でも冷酷に聞こえる声で言い捨てる。
踵を返す前にヴォルフが何事か父親に告げた言葉は、マリナの耳には届かなかった。
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