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セレスタ 故郷編
治療院 2
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アンネさんを連れてきたのは治療院からすぐの喫茶店。
ここならアンネさんも少しは安心できるかなと思って連れてきた。
何かあってもすぐにわかるし。何かなんてないと思うけどね。
食事をする気分じゃないのはわかるけど、食べないと体がもたないのも余計に気分が落ち込むのも知っている。
勝手に注文をするマリナを咎めるでもなく、アンネさんはぼうっとしていた。
「アンネさん、お家の方は大丈夫でしたか?」
黙っているのも気詰まりなので当たり障りのないところから話を振る。
「ええ、クルトさんが怪我をしたことを伝えたら両親もとても心配して……。
店はいいから様子を見てほしいといわれて、あ、両親とも顔見知りなんです。
この街に来た頃から家のパン屋をひいきにしてくれて」
「そうだったんですか」
手を握り合わせてまだ落ち着かない様子だったけど会話はしてくれた。
「いつも笑顔で、パンを買うときも毎回ありがとうって言ってくれて、すごくいい人なんです」
ごく普通の優しさを好きになったと話すアンネさん。
話している方が落ち着くならその方が良い。
「優しくて、私が作った試作品のパンもうれしそうに食べてくれるんですよ?
きっとおいしくないのもあったのに」
アンネさんの表情がその時を思い出したのかわずかに緩む。
笑みの形を作ろうとした口元が、不意に震えて歪んだ。
「まだ一度も目を覚まさないんです」
ぽた、と机上に涙が落ちる。
「顔色だって最初よりは良くなっているのに、目を開けてくれないんです。
呼吸だって弱々しくて、目を離したらそのまま眠るように止まってしまうんじゃないかと不安で……!」
囁くような訴えに胸が痛む。
落とした涙は一つきり。泣くまいと堪える姿が痛々しい。
「大丈夫ですよアンネさん」
身を乗り出して机の上で握られた拳に手を重ねる。
「大丈夫です、すぐに目を覚まします」
「でも……」
不安に揺れる青い瞳に気休めじゃないと微笑む。
「お医者様も危険な状態は脱したと言っていたんでしょう?」
見上げる瞳は希望を映して揺れている。
「少し長く眠っているだけですよ、酷い怪我だったのですから」
ね?と言い聞かせるような声で話すと小さく肯いた。
「本当に大丈夫ですか?」
「はい、本当です」
言い切って微笑むとアンネさんの顔に生気が戻る。
「だからちゃんと食事をして、クルトさんが目を覚ました時に側にいられるようにしましょう?」
アンネさんが倒れてしまってはみんな心配しますよ、と告げるとようやくぎこちない笑みを浮かべた。
「そうですね。 父にも母にも心配かけてしまいますし、アンネに怒られちゃう」
浮かべた微笑みは思いのほかしっかりしている。もう大丈夫そうだった。
タイミングを計っていた店主が料理を運んでくる。
香辛料を効かせた玉子と野菜の料理がおいしかった。
ヴォルフは少し足りないようで追加でパンを注文する。
そういえば朝もらったパンを袋に入れたままだ。明日になったら少し硬くなっているかもしれない。
アンネさんも軽い物だったけどしっかり食べてまた治療院に戻って行った。
◇ ◇ ◇
眠るクルトさんの顔を見つめて呼吸に耳を澄ませる。
さっきよりもずっと呼吸がはっきり聞こえてその規則正しさに安堵の溜め息を吐いた。
マリナさんに連れ出されてご飯を食べてきたからでしょうか、気持ちが落ち着いている。
「きっと目を覚ましてくれるもの」
お医者様も魔術師のマリナさんも言っていたのだから大丈夫。
心で唱えると本当に大丈夫と思えてくる。
敷布の上に投げ出された手はちゃんと暖かくて心も温まっていく。
「早く目を覚ましてください、クルトさん」
クルトさんの手を両手で包んで呟く。
閉じた瞳をじっと見つめると瞼が震え、ゆっくりと目を開ける。
現れた灰緑の瞳を信じられない思いで見つめていると、虚空を見つめていた視線がアンネに合わせられた。
「アンネ……?」
「……!!」
聞こえてきた声に息を呑む。
「クルトさん……!」
掴んでいた手に力が篭る。
その手が確かな力を持って握り返された。
「よかった……、よかったです……」
ずっと堪えていた涙が溢れる。
自分の身に何が起こったのか思い出したのか、嗚咽を零す私に大丈夫だと言うように反対の手を伸ばし、私の手に重ねる。
その感触にさらに涙が零れた。
ここならアンネさんも少しは安心できるかなと思って連れてきた。
何かあってもすぐにわかるし。何かなんてないと思うけどね。
食事をする気分じゃないのはわかるけど、食べないと体がもたないのも余計に気分が落ち込むのも知っている。
勝手に注文をするマリナを咎めるでもなく、アンネさんはぼうっとしていた。
「アンネさん、お家の方は大丈夫でしたか?」
黙っているのも気詰まりなので当たり障りのないところから話を振る。
「ええ、クルトさんが怪我をしたことを伝えたら両親もとても心配して……。
店はいいから様子を見てほしいといわれて、あ、両親とも顔見知りなんです。
この街に来た頃から家のパン屋をひいきにしてくれて」
「そうだったんですか」
手を握り合わせてまだ落ち着かない様子だったけど会話はしてくれた。
「いつも笑顔で、パンを買うときも毎回ありがとうって言ってくれて、すごくいい人なんです」
ごく普通の優しさを好きになったと話すアンネさん。
話している方が落ち着くならその方が良い。
「優しくて、私が作った試作品のパンもうれしそうに食べてくれるんですよ?
きっとおいしくないのもあったのに」
アンネさんの表情がその時を思い出したのかわずかに緩む。
笑みの形を作ろうとした口元が、不意に震えて歪んだ。
「まだ一度も目を覚まさないんです」
ぽた、と机上に涙が落ちる。
「顔色だって最初よりは良くなっているのに、目を開けてくれないんです。
呼吸だって弱々しくて、目を離したらそのまま眠るように止まってしまうんじゃないかと不安で……!」
囁くような訴えに胸が痛む。
落とした涙は一つきり。泣くまいと堪える姿が痛々しい。
「大丈夫ですよアンネさん」
身を乗り出して机の上で握られた拳に手を重ねる。
「大丈夫です、すぐに目を覚まします」
「でも……」
不安に揺れる青い瞳に気休めじゃないと微笑む。
「お医者様も危険な状態は脱したと言っていたんでしょう?」
見上げる瞳は希望を映して揺れている。
「少し長く眠っているだけですよ、酷い怪我だったのですから」
ね?と言い聞かせるような声で話すと小さく肯いた。
「本当に大丈夫ですか?」
「はい、本当です」
言い切って微笑むとアンネさんの顔に生気が戻る。
「だからちゃんと食事をして、クルトさんが目を覚ました時に側にいられるようにしましょう?」
アンネさんが倒れてしまってはみんな心配しますよ、と告げるとようやくぎこちない笑みを浮かべた。
「そうですね。 父にも母にも心配かけてしまいますし、アンネに怒られちゃう」
浮かべた微笑みは思いのほかしっかりしている。もう大丈夫そうだった。
タイミングを計っていた店主が料理を運んでくる。
香辛料を効かせた玉子と野菜の料理がおいしかった。
ヴォルフは少し足りないようで追加でパンを注文する。
そういえば朝もらったパンを袋に入れたままだ。明日になったら少し硬くなっているかもしれない。
アンネさんも軽い物だったけどしっかり食べてまた治療院に戻って行った。
◇ ◇ ◇
眠るクルトさんの顔を見つめて呼吸に耳を澄ませる。
さっきよりもずっと呼吸がはっきり聞こえてその規則正しさに安堵の溜め息を吐いた。
マリナさんに連れ出されてご飯を食べてきたからでしょうか、気持ちが落ち着いている。
「きっと目を覚ましてくれるもの」
お医者様も魔術師のマリナさんも言っていたのだから大丈夫。
心で唱えると本当に大丈夫と思えてくる。
敷布の上に投げ出された手はちゃんと暖かくて心も温まっていく。
「早く目を覚ましてください、クルトさん」
クルトさんの手を両手で包んで呟く。
閉じた瞳をじっと見つめると瞼が震え、ゆっくりと目を開ける。
現れた灰緑の瞳を信じられない思いで見つめていると、虚空を見つめていた視線がアンネに合わせられた。
「アンネ……?」
「……!!」
聞こえてきた声に息を呑む。
「クルトさん……!」
掴んでいた手に力が篭る。
その手が確かな力を持って握り返された。
「よかった……、よかったです……」
ずっと堪えていた涙が溢れる。
自分の身に何が起こったのか思い出したのか、嗚咽を零す私に大丈夫だと言うように反対の手を伸ばし、私の手に重ねる。
その感触にさらに涙が零れた。
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