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セレスタ 故郷編
旅の途中で 8
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アンネリーさんオススメの料理もおいしかった。
煮込まれた肉はほろっと解ける柔らかさで少し食べ過ぎてしまった。
宿に戻ってきて湯を浴びる。
汗を流したらさっぱりした。真夏ではなくてもまだ暑さの残る季節なので、朝から走っていた身体は汗でべたべたしていた。
設備のある宿で良かった。
この街で1、2を争う宿は設備もしっかりしている。
値段もそれなりにするけどヴォルフもマリナも稼いでいる部類なので快適さを選んだ。
そのヴォルフは隣の部屋にいる。続き部屋で鍵もかかっていないけれど、今のところ開く様子はない。
さっきまで賑やかな場所にいたからか静かさが染み入ってくる。
髪を乾かし、ベッドに座って天井を見上げた。
明日には村に着く。
どういう顔をして会えばいいのかずっと考えているけど、答えは出ない。
敷布に転がってぼんやりと室内を眺める。
故郷に近づいている。そう思うと緊張と不安、期待が代わる代わる襲ってくる。
不快な感覚ではないけれど、感情が乱れている状態は落ち着かない。
落ち着かない胸の鼓動を感じていると隣の部屋からノックが聞こえてきた。
「入るぞ」
どうぞと応えてドアが開いてくのを見つめる。
「……」
起き上がるのが億劫で寝そべったまま迎えたら咎める視線を向けられた。
「なんて格好してるんだ」
眉を顰めるヴォルフをじっと見つめる。
手振りで起きるよう注意されベッドから立ち上がる。
「どうしたの?」
「いや、まだ寝てないかと思って様子を見に来ただけだ」
マリナの様子を心配して見に来てくれたのかな。だったらうれしい。
ヴォルフも汗を流してきたのか部屋着に着替えていた。
眠る時間まで少し話をしようかなと思ったらヴォルフが隣室の扉を開けて戻ろうとする。
「戻るの?」
「その格好のお前と長くいられるわけないだろ」
言われて自分の格好を見下ろす。
宿が用意した寝間着は薄いけれど見苦しいほど肌を露出するものではない。
首を傾げつつ近づくとヴォルフはドアに手を掛けたまま、半歩後ずさった。
おもしろいけどこのままだと逃げられて鍵まで掛けられそうだ。
部屋にあった薄手のガウンを羽織る。
マリナが上着を羽織ったのを見て扉を閉めて室内に入ってく来る。
ソファに座ったヴォルフにお酒とお茶とどちらがいいか聞いてテーブルに置く。
「落ち着かないか?」
隣に座るとすでに乾いた髪を撫でられる。
「ちょっとね」
控えめな触れ方が物足りなくて自分から凭れてみた。
胸に頬を寄せるとわずかに硬直したのがわかる。
手を伸ばして凭れかけた方と反対の手を取り絡めると辺りに漂う緊張が増す。
怒られるかな、と思いながらヴォルフの顔を見上げる。
「側にいてくれる?」
ドアを開けてマリナを見た瞬間息を呑んだのには気づいていた。
眉を顰めて目を逸らした一瞬の視線に宿った光にも。
何も感じていないわけではない。
それに勇気を得てこんな暴挙に走っている。
側にいてほしい。その言葉がどう思われるのかもわかっていて、それでも言わずにはいられない。
高まっていく緊張感に身を浸しヴォルフの答えを待つ。
こんな夜に一人でいたくない。
本当は抱き締めて頭を撫でてくれるだけで十分だけど、それを願うのは酷く身勝手なことだと思う。
何もあげないのに側にいることだけ願うなんて虫のいい話を口にするのは躊躇われて……。
判断を投げて結論を受け入れるというそれも身勝手な方法を選んだ。
どっちでもいい。
どう判断してもいいから一人にしないでほしかった。
「……」
ヴォルフの黒い瞳がマリナを見下ろす。
注がれる視線を黙って受け止める。
落ちる沈黙、吐息さえ躊躇われる静けさに緊張が最高潮に達した。
絡めた手が解かれ、頬に添えられる。
近づいて来る瞳と吐息に胸がドクンと鳴った。
緊張から強張る身体の力を抜こうと息を吐く、その瞬間頬の肉が摘み上げられた。
「……!」
痛みよりも驚きで目を見開く。
「あほかお前は」
一応高位貴族の子息であるヴォルフからついぞ聞いたことのない言葉が飛び出てきた。
摘まれた頬を横に引っ張られる。
「何故普通に願いを言えないんだ。
俺がどんな返事をするかわからないのに身体を投げ出すようなことをするな!」
摘まれたまま今度は上下に引っ張られる。
痛くはないので手加減はしてるみたいだけど、今は痛くされた方が罪悪感を感じないで済むのに。
そんなことを考えたら摘む力が強くなった。
「ごめんなさい」
思考を読まれたのか咎める視線を向けられ謝る。
「断らないからちゃんと言え」
そう言ってようやく頬から手を離してくれた。
摘まれた頬を撫で、恨みがましい目を向ける。
ヴォルフは平然とした顔で見つめ返した。
マリナも自分が悪いのはわかっているので手を降ろして姿勢を正す。
「えっと……」
目を合わせて言うのは勇気がいる。
「眠れそうにないから側にいて。
ヴォルフが手を握っていてくれたら安心して眠れそうな気がするの」
抱きしめていてほしいまでは口にできなくて言葉を濁す。
言い切って反応を窺うとヴォルフはうれしそうに笑っていた。
「お前がどう思っているかしらないが、一緒にいたいと口にされるのはうれしいものだぞ」
添い寝でも?と聞こうと思ったけど水を差すことになるので止めた。
抱き上げられてヴォルフにしがみつく。
このままベッドに入るつもりだと悟り明かりを落とす。
手を絡めてベッドに倒れ込む。
「普通はここまでですまないよね?」
我慢させてる自覚もあるのでそう聞いてみる。
「お前に惚れたときから時間がかかるのは覚悟してる。
だから気にするな」
繋いだ手を引き寄せくちづけられる。悪戯っぽく笑う顔が光量を落とした薄明りでも見えた。
その表情に、本当にかまわなかったのにという言葉は飲み込んだ。
肩に感じる腕の重みに安心感を得る。
瞳を閉じるとお互いの体温と息遣いだけを強く感じた。
ヴォルフの腕の中は暖かくて気持ちいい。
髪を撫でるだけの優しい接触にゆっくりと眠りに落ちていく。
世界で一番安心できる場所には、わずかな不安すらも入る隙間がなかった。
煮込まれた肉はほろっと解ける柔らかさで少し食べ過ぎてしまった。
宿に戻ってきて湯を浴びる。
汗を流したらさっぱりした。真夏ではなくてもまだ暑さの残る季節なので、朝から走っていた身体は汗でべたべたしていた。
設備のある宿で良かった。
この街で1、2を争う宿は設備もしっかりしている。
値段もそれなりにするけどヴォルフもマリナも稼いでいる部類なので快適さを選んだ。
そのヴォルフは隣の部屋にいる。続き部屋で鍵もかかっていないけれど、今のところ開く様子はない。
さっきまで賑やかな場所にいたからか静かさが染み入ってくる。
髪を乾かし、ベッドに座って天井を見上げた。
明日には村に着く。
どういう顔をして会えばいいのかずっと考えているけど、答えは出ない。
敷布に転がってぼんやりと室内を眺める。
故郷に近づいている。そう思うと緊張と不安、期待が代わる代わる襲ってくる。
不快な感覚ではないけれど、感情が乱れている状態は落ち着かない。
落ち着かない胸の鼓動を感じていると隣の部屋からノックが聞こえてきた。
「入るぞ」
どうぞと応えてドアが開いてくのを見つめる。
「……」
起き上がるのが億劫で寝そべったまま迎えたら咎める視線を向けられた。
「なんて格好してるんだ」
眉を顰めるヴォルフをじっと見つめる。
手振りで起きるよう注意されベッドから立ち上がる。
「どうしたの?」
「いや、まだ寝てないかと思って様子を見に来ただけだ」
マリナの様子を心配して見に来てくれたのかな。だったらうれしい。
ヴォルフも汗を流してきたのか部屋着に着替えていた。
眠る時間まで少し話をしようかなと思ったらヴォルフが隣室の扉を開けて戻ろうとする。
「戻るの?」
「その格好のお前と長くいられるわけないだろ」
言われて自分の格好を見下ろす。
宿が用意した寝間着は薄いけれど見苦しいほど肌を露出するものではない。
首を傾げつつ近づくとヴォルフはドアに手を掛けたまま、半歩後ずさった。
おもしろいけどこのままだと逃げられて鍵まで掛けられそうだ。
部屋にあった薄手のガウンを羽織る。
マリナが上着を羽織ったのを見て扉を閉めて室内に入ってく来る。
ソファに座ったヴォルフにお酒とお茶とどちらがいいか聞いてテーブルに置く。
「落ち着かないか?」
隣に座るとすでに乾いた髪を撫でられる。
「ちょっとね」
控えめな触れ方が物足りなくて自分から凭れてみた。
胸に頬を寄せるとわずかに硬直したのがわかる。
手を伸ばして凭れかけた方と反対の手を取り絡めると辺りに漂う緊張が増す。
怒られるかな、と思いながらヴォルフの顔を見上げる。
「側にいてくれる?」
ドアを開けてマリナを見た瞬間息を呑んだのには気づいていた。
眉を顰めて目を逸らした一瞬の視線に宿った光にも。
何も感じていないわけではない。
それに勇気を得てこんな暴挙に走っている。
側にいてほしい。その言葉がどう思われるのかもわかっていて、それでも言わずにはいられない。
高まっていく緊張感に身を浸しヴォルフの答えを待つ。
こんな夜に一人でいたくない。
本当は抱き締めて頭を撫でてくれるだけで十分だけど、それを願うのは酷く身勝手なことだと思う。
何もあげないのに側にいることだけ願うなんて虫のいい話を口にするのは躊躇われて……。
判断を投げて結論を受け入れるというそれも身勝手な方法を選んだ。
どっちでもいい。
どう判断してもいいから一人にしないでほしかった。
「……」
ヴォルフの黒い瞳がマリナを見下ろす。
注がれる視線を黙って受け止める。
落ちる沈黙、吐息さえ躊躇われる静けさに緊張が最高潮に達した。
絡めた手が解かれ、頬に添えられる。
近づいて来る瞳と吐息に胸がドクンと鳴った。
緊張から強張る身体の力を抜こうと息を吐く、その瞬間頬の肉が摘み上げられた。
「……!」
痛みよりも驚きで目を見開く。
「あほかお前は」
一応高位貴族の子息であるヴォルフからついぞ聞いたことのない言葉が飛び出てきた。
摘まれた頬を横に引っ張られる。
「何故普通に願いを言えないんだ。
俺がどんな返事をするかわからないのに身体を投げ出すようなことをするな!」
摘まれたまま今度は上下に引っ張られる。
痛くはないので手加減はしてるみたいだけど、今は痛くされた方が罪悪感を感じないで済むのに。
そんなことを考えたら摘む力が強くなった。
「ごめんなさい」
思考を読まれたのか咎める視線を向けられ謝る。
「断らないからちゃんと言え」
そう言ってようやく頬から手を離してくれた。
摘まれた頬を撫で、恨みがましい目を向ける。
ヴォルフは平然とした顔で見つめ返した。
マリナも自分が悪いのはわかっているので手を降ろして姿勢を正す。
「えっと……」
目を合わせて言うのは勇気がいる。
「眠れそうにないから側にいて。
ヴォルフが手を握っていてくれたら安心して眠れそうな気がするの」
抱きしめていてほしいまでは口にできなくて言葉を濁す。
言い切って反応を窺うとヴォルフはうれしそうに笑っていた。
「お前がどう思っているかしらないが、一緒にいたいと口にされるのはうれしいものだぞ」
添い寝でも?と聞こうと思ったけど水を差すことになるので止めた。
抱き上げられてヴォルフにしがみつく。
このままベッドに入るつもりだと悟り明かりを落とす。
手を絡めてベッドに倒れ込む。
「普通はここまでですまないよね?」
我慢させてる自覚もあるのでそう聞いてみる。
「お前に惚れたときから時間がかかるのは覚悟してる。
だから気にするな」
繋いだ手を引き寄せくちづけられる。悪戯っぽく笑う顔が光量を落とした薄明りでも見えた。
その表情に、本当にかまわなかったのにという言葉は飲み込んだ。
肩に感じる腕の重みに安心感を得る。
瞳を閉じるとお互いの体温と息遣いだけを強く感じた。
ヴォルフの腕の中は暖かくて気持ちいい。
髪を撫でるだけの優しい接触にゆっくりと眠りに落ちていく。
世界で一番安心できる場所には、わずかな不安すらも入る隙間がなかった。
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