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セレスタ 故郷編
旅の途中で 5
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「お待たせしました~」
聞き覚えのある声に顔を上げるとさっき別れたアンネリーさんが食器を手に立っていた。
「アンネリーさん?」
「奇遇ですねえ。 アンネを送って来たらマリナさんたちがいるんだもの、驚きました」
頼んでいた料理をテーブルに置き、話し続ける。
「お仕事ってこちらのだったんですね」
「はい。 私の働いてるお店はあそこですけど、この時期は周りのお店と交代で野外テーブルの給仕をするんですよ」
アンネリーさんが通りの一角にあるお店を指差す。
お店も開いているみたいだけど雨の気配もないし風が気持ちいいから外で食べる人が多いみたいで、店内は空いている。
「本当にさっきはありがとうございました」
「たまたま通りがかっただけですので気にしないでください、ねえ?」
視線を向けるとヴォルフも頷いた。
「いえ、それだけでなくアンネのことも。
ちゃんと気持ちを伝えた方が良いって言うのを聞いて、私もはっとしたんです」
首を傾げて続きを待つ。
「アンネにしつこく付きまとうから、誰か知り合いの男性にお願いして恋人のフリをしてもらった方がいいんじゃないか、とか考えたりしてました」
「それは止めた方がいいだろうな」
黙って聞いていたヴォルフが口を挿む。
「そうですね。 実行に移す前で良かったです」
ヴォルフの言葉にマリナも頷いて同意する。
上手くいけばいいけれど、それで逆上してしまったりなんて話も時々聞く。
特にこれまでアンネさんにそういった男性の影がなかったのなら、断るために嘘を吐かれたというのもわかってしまう。
余計に拗れるだけだと思うので止めた方が良い。
それにアンネさんにはちゃんと好きな人がいるらしいし。
「はい、マリナさんの話を聞いてそう思いました。
アンネも次に彼と会ったら自分の気持ちを伝えると言ってましたし、その方が彼もちゃんと諦めがつくかもしれませんね」
帰る道すがらアンネとも話しましたと笑うアンネリーさんに感じた印象を零す。
「なんだかアンネリーさんは過保護なお姉さんのようですね」
「あはは、よく言われます。
アンネは小さいときから放っておけない感じでしたから、私が守らなきゃって思っちゃうんですよね」
でもそれは思い込みだったのかもしれないと感じたみたい。
「すみません、話し込んじゃって!!」
アンネリーさんが笑って話を切り上げる。
「料理冷めちゃいますね、ウチの店の串焼きはおいしいですよー。
せっかくなので私のオススメも持ってきますから召し上がってください!
あ、オススメの方はお代いりませんから。 助けてもらったのと助言のお礼ってことで」
悪いからと断ろうとしたけれどいいからと快活な笑顔で押し切られてしまった。
まあいっか。オススメも食べてみたいし。
「あ、おいしい」
アンネリーさんの言ったとおり串焼きはおいしかった。
塩気が強いけれどお酒と合う。
お酒と一緒に食べることを考えて味付けをしているんだろう。
ヴォルフの口にも合ったようでおいしそうに食べている。
そういえば、昔はこんな風に表情を緩めることもなかったな。
日本にいた頃に初めてご飯をうれしそうに食べるのを見たんだった。
あんまり表情は変わらなかったけれど(犬だったし)尻尾を揺らしていたっけ。
今はおいしい顔、寛いだ顔、幸せそうに笑う顔、様々な表情を見せてくれる。
日本で過ごしていた時に人間の姿だったらもっといろんな表情を見せてくれたのかもしれない。
きっと心臓が持たなかったけど。
カップを傾けるヴォルフを見つめて微笑むと同じように笑みが返ってきた。
「どうした? ご機嫌だな」
「うん。 料理はおいしいし、お酒もおいしいし、外の空気も気持ちいい。
なんかとっても楽しい気分だわ」
自然と顔が緩んでいく。
「飲みすぎるなよ」
「大丈夫――」
これくらいで酔わない。
そう続けようと思ったところで食器を床に落とした大きな音が辺りに響く。
「何してんだ! 酒が零れたじゃねえか!」
怒声に視線を向けると地面に落ちたカップと怒鳴り散らす赤ら顔の男性、平謝りする給仕の女性が目に入る。
どうやら給仕の女性が男性にぶつかり手にしていた酒が零れたようだった。
「申し訳ありません! すぐにお取替えしますので!」
カップを拾い、替えの酒を取りに行こうとした女性の肩を男性が掴む。
「ちょっと待てよ、零れた酒が服に掛かったんだけどよ。 どうしてくれるんだ? あ?」
「今拭く物を――」
「布で拭いたくらいで酒は落ちねえだろ。 せっかくいい気分で飲んでたのによぉ」
女性の言葉を遮って難癖をつけ始めた。
粗野な様子に眉を寄せる。
見た感じ服も元々汚れていたんだろうから一緒に洗えば良いことだと思うけど。
酔っぱらった人間にそういった論理は通じないだろう。
現に意味の分からない要求を言いだした。
「まあ俺は優しいからな。 横で酌してくれたらそれで勘弁してやるよ」
腕を掴んで女性を引き寄せる。
同席している他の男性も笑っているだけで赤ら顔の男を止める様子はない。
酒に理性を呑まれてしまったのかおかしそうににやにや笑うだけだ。
震えている女性が気の毒で酒をテーブルに置く。
ヴォルフが立ち上がろうとするのを視線で止めてマリナは席を立った。
聞き覚えのある声に顔を上げるとさっき別れたアンネリーさんが食器を手に立っていた。
「アンネリーさん?」
「奇遇ですねえ。 アンネを送って来たらマリナさんたちがいるんだもの、驚きました」
頼んでいた料理をテーブルに置き、話し続ける。
「お仕事ってこちらのだったんですね」
「はい。 私の働いてるお店はあそこですけど、この時期は周りのお店と交代で野外テーブルの給仕をするんですよ」
アンネリーさんが通りの一角にあるお店を指差す。
お店も開いているみたいだけど雨の気配もないし風が気持ちいいから外で食べる人が多いみたいで、店内は空いている。
「本当にさっきはありがとうございました」
「たまたま通りがかっただけですので気にしないでください、ねえ?」
視線を向けるとヴォルフも頷いた。
「いえ、それだけでなくアンネのことも。
ちゃんと気持ちを伝えた方が良いって言うのを聞いて、私もはっとしたんです」
首を傾げて続きを待つ。
「アンネにしつこく付きまとうから、誰か知り合いの男性にお願いして恋人のフリをしてもらった方がいいんじゃないか、とか考えたりしてました」
「それは止めた方がいいだろうな」
黙って聞いていたヴォルフが口を挿む。
「そうですね。 実行に移す前で良かったです」
ヴォルフの言葉にマリナも頷いて同意する。
上手くいけばいいけれど、それで逆上してしまったりなんて話も時々聞く。
特にこれまでアンネさんにそういった男性の影がなかったのなら、断るために嘘を吐かれたというのもわかってしまう。
余計に拗れるだけだと思うので止めた方が良い。
それにアンネさんにはちゃんと好きな人がいるらしいし。
「はい、マリナさんの話を聞いてそう思いました。
アンネも次に彼と会ったら自分の気持ちを伝えると言ってましたし、その方が彼もちゃんと諦めがつくかもしれませんね」
帰る道すがらアンネとも話しましたと笑うアンネリーさんに感じた印象を零す。
「なんだかアンネリーさんは過保護なお姉さんのようですね」
「あはは、よく言われます。
アンネは小さいときから放っておけない感じでしたから、私が守らなきゃって思っちゃうんですよね」
でもそれは思い込みだったのかもしれないと感じたみたい。
「すみません、話し込んじゃって!!」
アンネリーさんが笑って話を切り上げる。
「料理冷めちゃいますね、ウチの店の串焼きはおいしいですよー。
せっかくなので私のオススメも持ってきますから召し上がってください!
あ、オススメの方はお代いりませんから。 助けてもらったのと助言のお礼ってことで」
悪いからと断ろうとしたけれどいいからと快活な笑顔で押し切られてしまった。
まあいっか。オススメも食べてみたいし。
「あ、おいしい」
アンネリーさんの言ったとおり串焼きはおいしかった。
塩気が強いけれどお酒と合う。
お酒と一緒に食べることを考えて味付けをしているんだろう。
ヴォルフの口にも合ったようでおいしそうに食べている。
そういえば、昔はこんな風に表情を緩めることもなかったな。
日本にいた頃に初めてご飯をうれしそうに食べるのを見たんだった。
あんまり表情は変わらなかったけれど(犬だったし)尻尾を揺らしていたっけ。
今はおいしい顔、寛いだ顔、幸せそうに笑う顔、様々な表情を見せてくれる。
日本で過ごしていた時に人間の姿だったらもっといろんな表情を見せてくれたのかもしれない。
きっと心臓が持たなかったけど。
カップを傾けるヴォルフを見つめて微笑むと同じように笑みが返ってきた。
「どうした? ご機嫌だな」
「うん。 料理はおいしいし、お酒もおいしいし、外の空気も気持ちいい。
なんかとっても楽しい気分だわ」
自然と顔が緩んでいく。
「飲みすぎるなよ」
「大丈夫――」
これくらいで酔わない。
そう続けようと思ったところで食器を床に落とした大きな音が辺りに響く。
「何してんだ! 酒が零れたじゃねえか!」
怒声に視線を向けると地面に落ちたカップと怒鳴り散らす赤ら顔の男性、平謝りする給仕の女性が目に入る。
どうやら給仕の女性が男性にぶつかり手にしていた酒が零れたようだった。
「申し訳ありません! すぐにお取替えしますので!」
カップを拾い、替えの酒を取りに行こうとした女性の肩を男性が掴む。
「ちょっと待てよ、零れた酒が服に掛かったんだけどよ。 どうしてくれるんだ? あ?」
「今拭く物を――」
「布で拭いたくらいで酒は落ちねえだろ。 せっかくいい気分で飲んでたのによぉ」
女性の言葉を遮って難癖をつけ始めた。
粗野な様子に眉を寄せる。
見た感じ服も元々汚れていたんだろうから一緒に洗えば良いことだと思うけど。
酔っぱらった人間にそういった論理は通じないだろう。
現に意味の分からない要求を言いだした。
「まあ俺は優しいからな。 横で酌してくれたらそれで勘弁してやるよ」
腕を掴んで女性を引き寄せる。
同席している他の男性も笑っているだけで赤ら顔の男を止める様子はない。
酒に理性を呑まれてしまったのかおかしそうににやにや笑うだけだ。
震えている女性が気の毒で酒をテーブルに置く。
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