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異世界<日本>視察編
メルヒオールの失敗 1
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自室に戻っていたら珍しくヴォルフ以外の訪問者が扉を叩く。
誰だろうと扉を開けると魔術師棟に勤めている女官が立っていた。
彼女が持って来たのはジグ様からの可能な限り早く師長室に来てほしいという伝言。
「何かあったんですか?」
連絡を持って来た女官に聞くと首を振られる。
「詳しいことは何も聞いておりません。
ただ……、メルヒオール様がその前に部屋に入っていきましたので、何かあったのは確かだと思います」
魔術師棟に努めて長い彼女の予想は多分当たっている。
「わかりました。 すぐに伺います」
間を置かず返事をして、ローブを羽織る。
今度は何をやったのか。
マリナを呼ぶなんて良い予感が全くしない。
問題が発生しても通常は魔術師棟の中で片付けるのでマリナに声がかかることは殆どない。
だから今マリナを呼びに来たことだけで、ある程度異常な事態が起きているのだと察せられる。
女官に事情を話していないってことは秘匿したい、けれど切羽詰まった事態ではない可能性が高い。
女官を先に帰してマリナは足早に魔術師棟に向かった。
師長室の扉を叩くといきなり扉が開いた。
扉を開けたメルヒオールはマリナを見下ろすと身を引いて入るように促す。
何か言うことはないのかと睨むとジグ様の声がマリナを呼んだ。
「マリナ、突然呼びつけてすまない」
「いえ、それより何が……」
言葉の途中で見知らぬ人物が目に入る。
艶のある長い黒髪に、一見すると黒に見える深い茶色の瞳。
白いシャツの胸ポケットには何かの紋章。
折り目のきっちりついたスカートは日本でよく見た物。
マリナの予想が正しければ、彼女は日本の女子高生に見える。
なんでこんなところに……。
その理由を知ってそうな人間はただ一人。
「連れて来ちゃった」
語尾に♪や☆が付きそうな軽い調子で言われてメルヒオールの顔を見つめる。
反省しているのかしていないのかその表情はいつもと変わらない。
「何をやってるんですかあなたは!!」
悪びれないその顔に思わず怒声が飛ぶ。
日本の物を持ってくるどころか人を連れてくるなんて!
下手したら誘拐じゃないかとメルヒオールを睨む。
「今すぐ日本に帰して……」
「いや、今日はもう無理だって」
メルヒオールは日本に行ってきて戻ったところだからもう魔力がない。
舌打ちしたいのを堪えて口を開く。
「だったら私が送って行きます」
魔力が万全とは言えないけれど、彼女を送り届けて戻ってくるくらいなら問題ないはずだ。
「せっかく日本の話を詳しく聞ける機会なのに」
事の重大さをわかっていないのかそんなことを呟くメルヒオールに怒りが増す。
その態度を叱責をしようとしたマリナを止めたのは、巻き込まれた当事者の女子高生だった。
「あの、あんまり怒らないであげてください」
メルヒオールを庇う彼女に懸念を告げる。
「その服を見る限り、あなたは学生ですよね。 高校生くらいでしょうか?
向こうの世界では学生に当たる年齢の人は親などの庇護を受けて生活しているはず。
あなたが帰って来ないと騒ぎになるのではありませんか?」
家によって違うようだけど、夜には家に帰るのが一般的だと思う。
「今日は大丈夫です。 親は仕事で遅いので私がいないことは気づかないと思います」
だからって異世界にいても良いというのは少しおかしくないだろうか。
そのまま問いかけると彼女は笑って答えた。
「帰してもらえるなら、少しくらい遅くなっても大丈夫です」
その気楽な返事に呆れて物が言えなくなる。
彼女がいいのならこちらも無理をして今日送り届けることもない。
明日になって魔力が十分回復してからでもいいのならその方が危険が少なくて良いんだけど……。
「やった、なら今夜はたくさん話を聞かせてよ」
「ちょっと待ってください、こちらに泊めるつもりなんですか」
メルヒオールの発言にストップを掛ける。
ここにいたら一晩中話に付き合わされてしまいそうだ。
ジグ様もわかってるというようにマリナに向かって頷いた。
「マリナ、彼女が休める場所を用意できますか?」
ジグ様がマリナに声を掛けた理由はこれだったらしい。
彼女の存在を他の魔術師に知られるわけにもいかないし、メルヒオールの話につき合わせて寝不足になっても困る。
「ええ、こちらの棟では休まらないでしょうから別の棟に用意させますよ」
「マリナの部屋に泊まればいいじゃん」
「私の部屋に人を入れられるわけないでしょう」
マリナの部屋は護衛という関係上、王子の部屋にも近い。
彼女の身元を思えば王子を害するようには思えないけれど、そういう問題じゃない。
「私の一存で他人を近づけるようなことは出来ませんよ。
悪しき前例になったら困りますから」
そう答えるとジグ様はわかってるというように頷く。
メルヒオールの顔は納得していないようだが口を閉じた。
「ちゃんと部屋は用意しますので安心してください」
彼女に向かって微笑む。
そういえばまだ彼女の名前を聞いていなかった。
日本の女子高生は早山美咲と名乗った。歳は17歳でマリナより一つ上だ。
落ち着いて受け答えしているけれど、それが余計に心配だった。
誰だろうと扉を開けると魔術師棟に勤めている女官が立っていた。
彼女が持って来たのはジグ様からの可能な限り早く師長室に来てほしいという伝言。
「何かあったんですか?」
連絡を持って来た女官に聞くと首を振られる。
「詳しいことは何も聞いておりません。
ただ……、メルヒオール様がその前に部屋に入っていきましたので、何かあったのは確かだと思います」
魔術師棟に努めて長い彼女の予想は多分当たっている。
「わかりました。 すぐに伺います」
間を置かず返事をして、ローブを羽織る。
今度は何をやったのか。
マリナを呼ぶなんて良い予感が全くしない。
問題が発生しても通常は魔術師棟の中で片付けるのでマリナに声がかかることは殆どない。
だから今マリナを呼びに来たことだけで、ある程度異常な事態が起きているのだと察せられる。
女官に事情を話していないってことは秘匿したい、けれど切羽詰まった事態ではない可能性が高い。
女官を先に帰してマリナは足早に魔術師棟に向かった。
師長室の扉を叩くといきなり扉が開いた。
扉を開けたメルヒオールはマリナを見下ろすと身を引いて入るように促す。
何か言うことはないのかと睨むとジグ様の声がマリナを呼んだ。
「マリナ、突然呼びつけてすまない」
「いえ、それより何が……」
言葉の途中で見知らぬ人物が目に入る。
艶のある長い黒髪に、一見すると黒に見える深い茶色の瞳。
白いシャツの胸ポケットには何かの紋章。
折り目のきっちりついたスカートは日本でよく見た物。
マリナの予想が正しければ、彼女は日本の女子高生に見える。
なんでこんなところに……。
その理由を知ってそうな人間はただ一人。
「連れて来ちゃった」
語尾に♪や☆が付きそうな軽い調子で言われてメルヒオールの顔を見つめる。
反省しているのかしていないのかその表情はいつもと変わらない。
「何をやってるんですかあなたは!!」
悪びれないその顔に思わず怒声が飛ぶ。
日本の物を持ってくるどころか人を連れてくるなんて!
下手したら誘拐じゃないかとメルヒオールを睨む。
「今すぐ日本に帰して……」
「いや、今日はもう無理だって」
メルヒオールは日本に行ってきて戻ったところだからもう魔力がない。
舌打ちしたいのを堪えて口を開く。
「だったら私が送って行きます」
魔力が万全とは言えないけれど、彼女を送り届けて戻ってくるくらいなら問題ないはずだ。
「せっかく日本の話を詳しく聞ける機会なのに」
事の重大さをわかっていないのかそんなことを呟くメルヒオールに怒りが増す。
その態度を叱責をしようとしたマリナを止めたのは、巻き込まれた当事者の女子高生だった。
「あの、あんまり怒らないであげてください」
メルヒオールを庇う彼女に懸念を告げる。
「その服を見る限り、あなたは学生ですよね。 高校生くらいでしょうか?
向こうの世界では学生に当たる年齢の人は親などの庇護を受けて生活しているはず。
あなたが帰って来ないと騒ぎになるのではありませんか?」
家によって違うようだけど、夜には家に帰るのが一般的だと思う。
「今日は大丈夫です。 親は仕事で遅いので私がいないことは気づかないと思います」
だからって異世界にいても良いというのは少しおかしくないだろうか。
そのまま問いかけると彼女は笑って答えた。
「帰してもらえるなら、少しくらい遅くなっても大丈夫です」
その気楽な返事に呆れて物が言えなくなる。
彼女がいいのならこちらも無理をして今日送り届けることもない。
明日になって魔力が十分回復してからでもいいのならその方が危険が少なくて良いんだけど……。
「やった、なら今夜はたくさん話を聞かせてよ」
「ちょっと待ってください、こちらに泊めるつもりなんですか」
メルヒオールの発言にストップを掛ける。
ここにいたら一晩中話に付き合わされてしまいそうだ。
ジグ様もわかってるというようにマリナに向かって頷いた。
「マリナ、彼女が休める場所を用意できますか?」
ジグ様がマリナに声を掛けた理由はこれだったらしい。
彼女の存在を他の魔術師に知られるわけにもいかないし、メルヒオールの話につき合わせて寝不足になっても困る。
「ええ、こちらの棟では休まらないでしょうから別の棟に用意させますよ」
「マリナの部屋に泊まればいいじゃん」
「私の部屋に人を入れられるわけないでしょう」
マリナの部屋は護衛という関係上、王子の部屋にも近い。
彼女の身元を思えば王子を害するようには思えないけれど、そういう問題じゃない。
「私の一存で他人を近づけるようなことは出来ませんよ。
悪しき前例になったら困りますから」
そう答えるとジグ様はわかってるというように頷く。
メルヒオールの顔は納得していないようだが口を閉じた。
「ちゃんと部屋は用意しますので安心してください」
彼女に向かって微笑む。
そういえばまだ彼女の名前を聞いていなかった。
日本の女子高生は早山美咲と名乗った。歳は17歳でマリナより一つ上だ。
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