上 下
276 / 368
セレスタ 波乱の婚約式編

セレスタへの帰還 5

しおりを挟む
 帰ってきた――。
 王宮を見上げてそっと息を吐く。
 見慣れた威容を目にすると戻ったと実感する。
 セレスタの旗を見上げて喜びを噛みしめ、足を進める。
 いきなり執務室に行くのも不躾なので先に戻ったことを近衛騎士に伝えてもらう。
 ようやく、という思いが強い。
 周りもそうだったみたいで、戻ったことを伝えるとすぐに王子が駆けつけてきた。後ろには内務卿と外務卿もいる。
「マリナ! よく帰ってきた!!」
 扉を叩きつける勢いで現れた王子は本当に走ってきたらしく、息を切らしていた。
 その様子に思わず笑みが零れる。
「王子、そんな走って来られずとも、こちらから向かいますよ?」
 王子が走るところを見た人は何があったんだと驚くでしょうに。
「待っていられなかったんだ」
 屈託なく微笑まれて面映ゆい心地で頭を下げる。
「ご心配をおかけしました」
 心配と、面倒を掛けたと思う。
 貴族たちからもマリナがいなくなったことを追及されたとヴォルフから聞いた。
 深い感謝を込めて礼をする。顔を上げると心からの笑みを向けられる。
「ただいま帰還いたしました。 帰還に向けてお心を砕いてくださったこと、深く感謝しております。
 ありがとうございます、王子」
 最後に飾らない言葉で感謝を告げ、微笑むと王子も更に目を細めた。
「自分の双翼のために力を尽くすのは当然のことだ。 戻ってきてくれてうれしいよ」
 微笑み合う王子とマリナの間にさて、と内務卿の声が落ちる。
「詳しく話を聞かせてもらいましょうか。 マールアの目的がどういうものだったのか」
 ひた、とマリナの目を見据える内務卿と外務卿にわずかに顔が強張った。
 嘘を吐こうとは思わないけれど、言いにくいな。
 そんな内心を笑みで隠しながらマリナは席に着いた。




「随分予想外の理由ですね」
 ユリノアスの目的を聞いた外務卿が零した言葉が全員の心情を代弁している。
「ええ、それは表向きの理由だと私も思ったのですが、第三王子の行動理由は本当にそれでした」
 重ねて言うと外務卿も黙ってしまう。
「第二王子は私から魔術知識や技術を引き出し、国内の安定に使うつもりだったようですが」
 そして第一王子ユースティスはそれを放棄した。
「第一王子ユースティス殿はセレスタに親書を送りたいと言っていたんだな?」
 王子が改めて確認をする。
 マールアからセレスタに、というのは大きな意味があった。
 基本的に仲良くなりたいと思った方から書簡を送るものだ。
 この場合マールアがセレスタに伺いを立てているということになる。しかも第一王子直筆で。
 これまでのマールアなら絶対に取らなかった方法だ。
「マールア国内での反発も高そうですがな」
「そちらはなんとかするおつもりなんでしょう」
 内務卿の懸念は尤もだけど、心配はいらないと思う。
 ユースティスなら黙らせる方法なんていくつも持っていそうだ。
 外務卿も頷いている。外務卿もユースティスの手腕は聞き及んでいるのだろう。
「あちらから親書を送ってくるというのは喜ばしいことです。
 これまでは外務官とのやり取りが主でしたから、王族からの親書は快挙です。
 争うつもりがないという確認だけでも意味がありますからね」
 外務卿が説明してくれる。
 マリナが攫われたことにも意味があったってことかな。
「マリナ、向こうで無体を働かれたことはなかったか?
 向こうの出方次第だが、優位に立てる情報はあればあるだけいい。 何かあれば教えてくれ」
 問われて答える。使えそうなネタは多くないのだけれど。
「第二王子はずいぶんとセレスタを馬鹿にしているようで、王子とレイフェミア様を侮辱しました」
 レイフェミア様の名前が出てきたことで王子の表情が変わる。
「私の能力を疑ったのか王子の側女だから重用されているのだろうと言ってきまして」
 話の内容に二卿が目を細める。婚約式に参加しに来た国の人間の言葉とは思えない暴言だ。
「他国の技術を盗むしかできない鼠が大層な口を叩くなと言ったら殴られました」
 殴られたという言葉に顔色を変えたのは王子だった。
「殴られたって大丈夫なのか!? 怪我は?」
「すでに治っていますので大丈夫です。 傷も少し口の中を切っただけでしたし」
「顔を殴られたのか?!」
 説明すると王子が裏返った声を出す。
 落ち着かせようと大丈夫だと繰り返すが王子の表情は優れない。
「他には?」
「後は何もありません。 第三王子も暴力を振るうような人間ではありませんでしたし、第一王子に至ってはセレスタとの関係を憂慮して心配りをしてくださいました」
 本当かと疑わしげな眼を向けられる。
 ユリノアスは元々の行動が暴力と言っていい行動なので全く信用がない。
「手を上げられるどころか手を握られてすらいませんよ、第三王子には」
 マリナが付け加えた言葉に三人が目を見張る。
「第二王子に手を上げられたときには前に立って庇ってもくれましたし、暴力から遠い人なのでしょう。 顔を真っ青にしながら第二王子に反論していました」
「そうでしたか……。 そのような人が今回の誘拐を思いつくとは、短慮とは恐ろしいものですね」
 外務卿が落とした言葉にマリナも同意する。
 ユリノアスがもう少し思慮深ければ怒らなかった騒動だと思う。
 そんな理由でひと月もセレスタを離れることになったのかと思うと溜め息しか出なかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。 ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。 ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。 保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。 周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。 そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。 そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

処理中です...