双翼の魔女は異世界で…!?

桧山 紗綺

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セレスタ 波乱の婚約式編

セレスタへの帰還 2

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 人に聞かれないように取った宿の一室でこれまでの経緯を説明する。
 マリナが攫われた理由を話すとヴォルフの眉間の皺が深くなっていく。
「やっぱりヴォルフも信じられない?
 私もそれを言われたときは嘘でしょうと思ったんだけど……。
 普通はそれは表の理由で魔術が狙いだって思うわよね?」
 びっくりすることに本当だった。
「ヴォルフ?」
 当時の心境を語っているとヴォルフが呆れた顔になっている。何故。
「お前、時々妙に鈍くなるのはわざとなのか……?」
「え?」
 聞き返すけど解説はしてくれない。
 代わりに具体的なことを聞かれた。
「向こうで何もされなかったか?」
「これといって何も。 ああ、一回殴られたけど」
 傷はもう治ったけれど、と言ったところでヴォルフの顔がとても険しくなっているのに気づく。
「何処を殴られた?」
「ここ、もう治ったから平気よ」
 マリナとしては傷のことよりも王子たちを侮辱したことの方が問題だ。
 殴られた場所を手で触れて教えるとさらに険しい顔つきになる。
「誰にやられた」
「言ってもやり返せない人よ?」
 仕返しできないんだから知らない方がいいんじゃないかと思ったけど、ヴォルフは引かない。
「助けに来てくれた時に身分が高そうな人間が三人いたでしょう? 第三王子を含めて。
 あの中で、攻撃してきた人」
「王子か……」
 誰だか察して舌打ちをする。
「そう。 それから王子に親書を送るって言ってた人が第一王子ね」
「そうするとお前を殴ったのは第二王子か」
 そうだと答えるとヴォルフが考え込む。
「黙らないでよ。 お願いだから物騒なこと考えないでね?」
「いくら俺でもそいつを罪に問えないことくらいはわかってる」
 ああ、そうよね。なんか心配になってつい念押ししてしまったけど、ヴォルフがそんなことするわけないか。
 王子に面倒がかかるとわかっていて行動に起こすわけがない。
「俺はしないが王子や内務卿は黙っていないだろうな」
「え!?」
 安心していたらもっと不穏な言葉が聞こえてきた。
「王子はお前が攫われたことにかなり怒りを覚えているようだったからな。
 なにせお前がマールアに出奔したと疑いをかけてきた貴族たちを怒鳴りつけたくらいだ」
「王子が怒鳴った!?」
 驚きだった。王子が声を荒げるなんて数えるほどしか見たことがない。
 その数少ないうちの一つがマリナがヴォルフを犬に変えたときだ。
「お前をマールアとの懸け橋と扱って諍いは回避した方がいいと言った貴族を一喝していた。
 お前にも見せてやりたかったよ」
 思わぬ王子の話に胸がじんわりと暖かくなっていく。
 そこまで言ってくれるくらいに必要とされているなんて。うれしくて舞い上がってしまいそうだ。
 救出そのものが求められている証。国王陛下や二卿にも話を通してマリナの救出を実現してくれた。
「王子にも心配かけたわね」
 早く会って心配かけたことを謝りたい。そしてそれ以上に助ける決断をしてくれたことへの感謝を言いたい。
「そうだな。 他にも大勢顔を見るのを待っている人間がいるんじゃないか?
 親父もどうなってるんだと人をよこしてきたくらいだしな」
「侯爵様まで……」
 マリナの知らないところで話は大きくなっていたらしい。
 手紙を書くところが増えた。



 戻ったら顔を見せたり手紙を書く人を頭に浮かべているとヴォルフの声のトーンが変わった。
「それで、第三王子には他に何もされなかったか?」
 ユリノアス?ユリノアスには特に何もされていない。
 全ての原因ではあったけれど、暴力に訴えることもなかったし、強引に……。
 そこまで考えてさきほどのヴォルフの呟きの意味がわかった。
『時々妙に鈍くなるのはわざとなのか?』
 ヴォルフが険しい顔をしていたのはユリノアスの行為に怒っていたからで、マリナの話を懐疑的に聞いていたわけじゃなかったと。
 そこでマリナがとぼけた返事をしたからあんなことを言ったんだ。別にわざとじゃなかったんだけど。
 そう考えるとさっきのは嫉妬なのか。
 嫉妬というか、自分の恋人に他人が横恋慕して攫って行った故の怒りと不快感、かな?
 他人事みたいに分析しているとヴォルフの手が頬に触れる。
「考え事をしてるのか、それとも言えないような酷いことをされたのか……。 どっちだ?」
 沈黙をどちらに捉えたらいいんだと聞いてくるヴォルフの声は恐ろしいほど低かった。
「何も! 何もされてないからっ!」
 焦って返事をする。
 考え事なんてしてる場合じゃなかった……!
 慌てて否定したマリナにヴォルフが重ねて聞いてくる。
「本当に?」
 頬を撫で、嘘がないか確かめるように瞳を覗き込んでくるヴォルフ。
 本当だと頷こうとしたところで、記憶の底から別の人間にされたことが浮かんできた。
 ぎくりと強張った動きでヴォルフの表情が変わる。
「何があった……?」
「ゆ、ユリノアスとは何も……」
 本当のことなのに動きひとつで信憑性が失われていた。
「嘘は吐くなよ」
 念を押すように付け加えられた台詞に頷くことしかできない。
 退路を断たれて焦る。
 視線を彷徨わせていると頬を撫でていた手が肩に置かれた。
「俺が怖いか?」
 窺うような声で聞かれて目を瞬く。
 そんなことは露程も思っていない。
「お前に怒っているんじゃない。
 言い淀むようなことをした男に怒っているんだ。
 だが、怖がらせたならすまない」
「ヴォルフを怖いなんて思わないわ」
 怖がっていたらこんな距離で話したりできない。
 そう答えるとヴォルフの顔が安堵に変わる。
「無神経なことを聞いたな。 どうしても話せないなら話さなくていい」
 そう言われると固持するほどの内容でもないんだけど。
「聞いても気分悪くなるだけよ? そこまで大した話でもないし」
 そう前置きをして話す。
「途中、フレスで逃げようとしたときに捕まって薬を飲まされたの、口移しで。
 気が付いたらマールアにいたわ」
 口を開かされて無理矢理飲まされたことは思い出しても気分が悪い。
 大したことないように言ったのにヴォルフの顔が険しくなる。
「第三王子ではないと言ったな」
 ユリノアスはマリナに対する態度は紳士的だった。
 そもそもの行動はともかく。
「マールアの間諜よ。
 前に休みの日に王都に降りたら騎士に取り入ろうとしている間諜を見つけたって話をしたでしょう?
 その間諜たちの一人で、拠点にいた男。 見たときはびっくりしたわ」
 誰だと聞かれる前にマリナから答える。
 ここまで話したら隠す意味はない。
「助けに来てくれた時にもいたわよ。 ユリノアスを守る位置に」
 あの男かとヴォルフが低く唸る。
「セレスタに来ていた間諜ならまた入ってくる可能性があるな」
「顔割れてるからもう来ないんじゃない?」
 マリナが間諜だと知っていたこともばらしてしまったし、面が割れている間諜はもう使えないだろう。
「それもそうか……」
 ヴォルフが悔しそうに呟く。顔を見たら何をする気なんだろう。
 多少気になったけど気にしないことにする。
 カイゼが痛い目に遭うのならそれはそれでいい気味だと思ったので。
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