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セレスタ 波乱の婚約式編
監視役 3
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宿を飛び出したのはいいものの、ミリアム様に直接手紙を届けることは出来ない。
はっきりした現在地がわからない今、無闇に歩き回って時間を浪費することは避けたかった。
マリナが選んだのは街を渡り歩く商人に手紙を預けることだった。
人伝に手紙を送るのは途中で届かなくなる危険がある。
それを避けるために一定以上の商会には手数料を支払う代わりに手紙の配達を請け負ってくれるところがあった。
目についた商会に入り、配達を依頼する。
手数料は手持ちの魔石で払った。
魔石を出したことに商会の人間が一瞬表情を変えたが、欠片に等しい大きさだったので何も言わずに依頼を受けてくれた。
欠片とはいえ数があったので料金に不足はない。急ぎの配達にしてもらう。
いつ頃着くか聞くとたまたま目的の街に帰る商隊がいるので今日のうちに出立すると聞いて安堵の息を吐く。
ならば明日には着くだろう。
ミリアム様の手に届くかは祈るしかない。
商会で売っていた封筒を使った簡素な手紙を使用人が不審に思わないといいが。
見られても怪しまれることは書いていないが、届かないのは困る。
信じるしかできなかった。
商会を出てこれからどうしようかと思案する。
マリナには宿に戻る前にもう一軒寄りたいところがあった。
魔封じの腕輪に触れ、魔力を流す。
反発するように腕輪から流れる魔力に乱されて魔法は形にならずに消えた。
やっぱり、このタイプの魔封じなら道具があれば壊せそうだ。
魔封じは大きく分けて2つのタイプがある。
魔力を外に出せないよう阻害するタイプと、魔法の発動を邪魔するタイプだ。
魔力を出させないタイプには魔力を吸い取る物と魔力と遮断する物がある。
そのどちらも抑え込める魔力の総量には限りがあるので、魔力の多いマリナには打ち破るのは難しくない。
許容量を超える魔力を一瞬に込めればいいだけだ。
今マリナが付けられている物は魔法を使おうとした時に魔力を乱し、魔法の発動を邪魔する物になる。
このタイプの場合、魔力を多く流しても魔道具の効果と反するわけではないので壊すのは難しい。
なので普通に壊そうと考えた。
構造はわかっているので道具があれば分解できる。
これがマールア独自の物なら難しくなるけれど、見た限り構造はセレスタの物と変わらない。
魔道具を加工するための道具は持ち歩いていなかったので売っている店がないかと探す。
この街にあればいいのだけれど。
外灯に照らされた店先にはそれらしき物を扱ってそうな様子はない。
通りを変えようと店に背を向けた瞬間、路地から伸びてきた手に口を塞がれた。
「……!」
口元を押さえられて路地に引きずり込まれる。
手の主を見ようと見上げた目に、冷たく見下ろすカイゼの瞳が映る。
感情の浮かばない暗い瞳に全身が震えた。
「仕事を増やすなって言ったと思ったんだけどな」
咎めるわけでもない平坦な声。
それこそが恐ろしかった。
片手で口を押さえ、もう片方の手で身動きできないように腕ごと身体を抱え込まれる。
激しく鳴る心臓は恐怖で言うことを聞かない。
震えながらも恐怖に呑まれないように瞳に力を入れる。
マリナの睨みつけるような視線にもカイゼは笑っただけだった。
「虚勢もそこまでいくと大したもんだな」
こんなに震えてるのにまだ強がるんだ、と笑う。
抱え込まれた身体から恐怖が伝わってしまうことが悔しくてカイゼを睨みつける。
マリナの視線に何を思ったのか押さえ込んでいた腕の力が緩む。
「わかってると思うけど騒ぐなよ」
マリナが頷く前に口元を押さえていた手が外される。
「逃げようと思った?」
身体を拘束する手はそのままにカイゼが問う。
無言でいると空いた手が首に掛かる。
顎のラインをなぞりながら同時に首筋を撫でる手に震えた。
言葉にはしてないけれど話せと脅されている気になる。
「……当たり前じゃないですか」
今ここで逃げられるとは思っていなかったけど逃げるための準備はしていた。
「その割には街の外に向かってなかったみたいだけど?」
「闇雲に街の外に出ても仕方ないでしょう、ここはセレスタじゃないのだから」
「ふぅん?」
探るようにカイゼがマリナの目を覗き込んでいる。
懐疑的な目をしながらも拘束を解いた。
拘束が解かれ、ぱっとカイゼから離れる。
背中を見せないようにしながら距離を取った。
こんな数歩の距離なんて意味がないとわかっているけれど本能的なものだ。
マリナの警戒を笑いながら見ているカイゼには余裕があった。
どうせ逃げられないとわかっているからだろう。
「随分な警戒だね」
無駄な警戒だけど、とおかしそうに笑う。
「宿に戻ろう、と言いたいところだけど……」
カイゼが言葉を切る。
何を言うつもりなのか。
身を固くして言葉を待つマリナの前に一瞬で肉薄する。
「……!」
眼前に迫ったカイゼに驚き、目を見開く。
「……っ!」
顎に手を掛けられ、口を開かされる。
避けることもできず唇を塞がれた。
「……っ、……!」
嫌悪感で背筋が粟立つ。
目の前が赤黒く染まった。
時間にして数秒でカイゼは離れて行った。
怒りと嫌悪感に堪らず行儀が悪いのは承知の上で唾を吐き捨てる。
口内に残った感触がどうしようもなく気持ち悪い。
くちびるを擦るマリナを見ていたカイゼが楽しそうにそんなに嫌がらなくてもと笑う。
「そこまで嫌がられるとまたしたくなっちゃうな」
ふざけた台詞に射殺すような視線を向ける。
「何のつもりですか」
「ん?」
怒りに満ちた視線を向けられてもカイゼは飄々とした表情を崩さない。
感情に任せて問い詰めようと一歩踏み出そうとしたところで異変に気付く。
くらりとめまいのような感覚が襲う。
ふらついた足が地面を踏み損ねて身体が傾ぐ。
倒れかけたマリナをカイゼが難なく受け止める。
「何を……」
何をしたのかと聞きたいのに、口が上手く動かない。
「目を離したら逃げようとするからさ。
あんたはこの薬が効きやすいみたいだし、マールアに着くまで静かにしていてもらうよ」
薬……。その言葉を聞いてこの倦怠感が宿で最初に目を覚ましたときのものと同じだと気が付く。
「デート気分を楽しみたい殿下には悪いけど、逃げられるよりましだろうし」
「……」
急激に身体が重くなってくる。
「君は多分王宮から出られないだろうからその前にって思った殿下の気持ちもわかるけどね……」
それはどういう意味かと問うこともできない。
思考を続けようとする意識が闇に食われていく。
カイゼの言葉が終わる前に、マリナは意識を失った。
はっきりした現在地がわからない今、無闇に歩き回って時間を浪費することは避けたかった。
マリナが選んだのは街を渡り歩く商人に手紙を預けることだった。
人伝に手紙を送るのは途中で届かなくなる危険がある。
それを避けるために一定以上の商会には手数料を支払う代わりに手紙の配達を請け負ってくれるところがあった。
目についた商会に入り、配達を依頼する。
手数料は手持ちの魔石で払った。
魔石を出したことに商会の人間が一瞬表情を変えたが、欠片に等しい大きさだったので何も言わずに依頼を受けてくれた。
欠片とはいえ数があったので料金に不足はない。急ぎの配達にしてもらう。
いつ頃着くか聞くとたまたま目的の街に帰る商隊がいるので今日のうちに出立すると聞いて安堵の息を吐く。
ならば明日には着くだろう。
ミリアム様の手に届くかは祈るしかない。
商会で売っていた封筒を使った簡素な手紙を使用人が不審に思わないといいが。
見られても怪しまれることは書いていないが、届かないのは困る。
信じるしかできなかった。
商会を出てこれからどうしようかと思案する。
マリナには宿に戻る前にもう一軒寄りたいところがあった。
魔封じの腕輪に触れ、魔力を流す。
反発するように腕輪から流れる魔力に乱されて魔法は形にならずに消えた。
やっぱり、このタイプの魔封じなら道具があれば壊せそうだ。
魔封じは大きく分けて2つのタイプがある。
魔力を外に出せないよう阻害するタイプと、魔法の発動を邪魔するタイプだ。
魔力を出させないタイプには魔力を吸い取る物と魔力と遮断する物がある。
そのどちらも抑え込める魔力の総量には限りがあるので、魔力の多いマリナには打ち破るのは難しくない。
許容量を超える魔力を一瞬に込めればいいだけだ。
今マリナが付けられている物は魔法を使おうとした時に魔力を乱し、魔法の発動を邪魔する物になる。
このタイプの場合、魔力を多く流しても魔道具の効果と反するわけではないので壊すのは難しい。
なので普通に壊そうと考えた。
構造はわかっているので道具があれば分解できる。
これがマールア独自の物なら難しくなるけれど、見た限り構造はセレスタの物と変わらない。
魔道具を加工するための道具は持ち歩いていなかったので売っている店がないかと探す。
この街にあればいいのだけれど。
外灯に照らされた店先にはそれらしき物を扱ってそうな様子はない。
通りを変えようと店に背を向けた瞬間、路地から伸びてきた手に口を塞がれた。
「……!」
口元を押さえられて路地に引きずり込まれる。
手の主を見ようと見上げた目に、冷たく見下ろすカイゼの瞳が映る。
感情の浮かばない暗い瞳に全身が震えた。
「仕事を増やすなって言ったと思ったんだけどな」
咎めるわけでもない平坦な声。
それこそが恐ろしかった。
片手で口を押さえ、もう片方の手で身動きできないように腕ごと身体を抱え込まれる。
激しく鳴る心臓は恐怖で言うことを聞かない。
震えながらも恐怖に呑まれないように瞳に力を入れる。
マリナの睨みつけるような視線にもカイゼは笑っただけだった。
「虚勢もそこまでいくと大したもんだな」
こんなに震えてるのにまだ強がるんだ、と笑う。
抱え込まれた身体から恐怖が伝わってしまうことが悔しくてカイゼを睨みつける。
マリナの視線に何を思ったのか押さえ込んでいた腕の力が緩む。
「わかってると思うけど騒ぐなよ」
マリナが頷く前に口元を押さえていた手が外される。
「逃げようと思った?」
身体を拘束する手はそのままにカイゼが問う。
無言でいると空いた手が首に掛かる。
顎のラインをなぞりながら同時に首筋を撫でる手に震えた。
言葉にはしてないけれど話せと脅されている気になる。
「……当たり前じゃないですか」
今ここで逃げられるとは思っていなかったけど逃げるための準備はしていた。
「その割には街の外に向かってなかったみたいだけど?」
「闇雲に街の外に出ても仕方ないでしょう、ここはセレスタじゃないのだから」
「ふぅん?」
探るようにカイゼがマリナの目を覗き込んでいる。
懐疑的な目をしながらも拘束を解いた。
拘束が解かれ、ぱっとカイゼから離れる。
背中を見せないようにしながら距離を取った。
こんな数歩の距離なんて意味がないとわかっているけれど本能的なものだ。
マリナの警戒を笑いながら見ているカイゼには余裕があった。
どうせ逃げられないとわかっているからだろう。
「随分な警戒だね」
無駄な警戒だけど、とおかしそうに笑う。
「宿に戻ろう、と言いたいところだけど……」
カイゼが言葉を切る。
何を言うつもりなのか。
身を固くして言葉を待つマリナの前に一瞬で肉薄する。
「……!」
眼前に迫ったカイゼに驚き、目を見開く。
「……っ!」
顎に手を掛けられ、口を開かされる。
避けることもできず唇を塞がれた。
「……っ、……!」
嫌悪感で背筋が粟立つ。
目の前が赤黒く染まった。
時間にして数秒でカイゼは離れて行った。
怒りと嫌悪感に堪らず行儀が悪いのは承知の上で唾を吐き捨てる。
口内に残った感触がどうしようもなく気持ち悪い。
くちびるを擦るマリナを見ていたカイゼが楽しそうにそんなに嫌がらなくてもと笑う。
「そこまで嫌がられるとまたしたくなっちゃうな」
ふざけた台詞に射殺すような視線を向ける。
「何のつもりですか」
「ん?」
怒りに満ちた視線を向けられてもカイゼは飄々とした表情を崩さない。
感情に任せて問い詰めようと一歩踏み出そうとしたところで異変に気付く。
くらりとめまいのような感覚が襲う。
ふらついた足が地面を踏み損ねて身体が傾ぐ。
倒れかけたマリナをカイゼが難なく受け止める。
「何を……」
何をしたのかと聞きたいのに、口が上手く動かない。
「目を離したら逃げようとするからさ。
あんたはこの薬が効きやすいみたいだし、マールアに着くまで静かにしていてもらうよ」
薬……。その言葉を聞いてこの倦怠感が宿で最初に目を覚ましたときのものと同じだと気が付く。
「デート気分を楽しみたい殿下には悪いけど、逃げられるよりましだろうし」
「……」
急激に身体が重くなってくる。
「君は多分王宮から出られないだろうからその前にって思った殿下の気持ちもわかるけどね……」
それはどういう意味かと問うこともできない。
思考を続けようとする意識が闇に食われていく。
カイゼの言葉が終わる前に、マリナは意識を失った。
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