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セレスタ 波乱の婚約式編
マリナの手紙
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王子の執務室に通された令嬢は委縮することもなく堂々とした様子で挨拶を述べた。
「確か、ミリアム・グレッツナー伯爵令嬢だったな」
王子も夜会などで面識があったので話は円滑に進む。
「はい。 昨年フレスの子爵家に嫁ぎまして、今はミリアム・レンドールと名乗っております」
「そうだったか。 ヴォルフも彼女とは面識があったな?」
「はい。 昨年の冬の夜会でマリナと共に挨拶をいたしました」
「その節はマリナ様にご迷惑をおかけしまして……」
会場を離れた彼女を追いかけてマリナが席を外したので、しばらくヴォルフ一人で貴族たちの相手をすることになった。
話相手となった伯爵は会話が巧みで助かったが。
「いや、マリナにとって貴女は大切な友人だ。
他国に嫁ぐとなれば会う機会も限られる。
別れの前に言葉を交わしたいと思うのは当然のことだ」
突然の別れを聞いて会場を飛び出して行くほどマリナは彼女のことを気にしていたくらいだ。
ヴォルフの言葉を聞いて彼女も笑みを浮かべる。
「おかげさまで夫ともそれなりに仲良くやっておりますわ。
背中を押してくださったマリナ様には感謝しきりです」
うれしそうに笑う彼女だったが、そんな話をしに来たわけではないだろう。
王子が話を進める。
「それでフレスに嫁いだ貴女にマリナの手紙が届いたと」
そこだけ聞けば何もおかしなことはない。
しかし行方不明のマリナから、と付けると様相が変わってくる
「まずはこちらを見てください」
そう言って彼女は一通の手紙を差し出した。
『前略 ミリアム様
お元気ですか。
フレスの生活にはもう慣れましたか?
ミリアム様が旅立ったときは寒い時期でしたので
体調を崩さないか心配しておりましたが、
最近はすっかり暖かくなりましたね。
寒さが苦手なミリアム様はほっとしているでしょうか。
春の陽気はとても心地よいものですが、油断して
寒の戻りに身体を冷やさないようお気を付けください。
草々
追伸 友人として名を呼ぶのはお会いしたときに
マリナ』
手紙を読み終えて感想を口にする。
「違和感しかないな」
ヴォルフの感想に王子も控えめながら同意した。
「そうだね、文章にはどこもおかしなところはないのだけれど……」
王子が手紙をひっくり返して他に何か書いてないか確かめている。
筆跡は確かにマリナの文字なのだが、マリナの書いた手紙だとは思えない。
「マリナ様がこんなに内容のない手紙を書くなどおかしいと思われますよね」
手紙を持って来た本人まで違和感を述べる。
見せられた手紙の文面には当たり障りのないごく普通のことしか書いていない。
だからこそ違和感があった。
親しくない人間への儀礼的な手紙ならともかく、友人と認識している相手に対してならもっと書くことがあるだろう。
「私を気遣って手紙を書いてくださったのかとも思ったのですが、それならそれで他に書くことがあると思います」
彼女も形式にうるさい人間ではないようだし、マリナならくだけた文章で自分の近況や彼女の新しい生活への質問などを書くと思う。彼女も同じ意見のようだった。
話しながらミリアム殿が魔道具を取り出す。
机に乗せられたのはプレート型の魔道具。
食事の前に食器や料理を冷やすために用いられる物で、事前に危険は無いと判断が付いているので持ち込みが許可されたのだが……。
これで何をするのか全く想像がつかない。
魔道具を起動し、ミリアム殿が手紙をプレートの上に乗せる。
何をするのかと見ていると、手紙に変化が起こった。
「これは……!」
王子が思わず驚きを零す。
ミリアム殿が手紙を見つめながら平坦な声で手紙の一番おかしなところを上げる。
「私、マリナ様と気温の話をしたことはありませんの。
寒さが苦手なんて言ったこともないですし、嫌いでもありませんわ」
だから試してみたという。
執拗に温度について書いた手紙。
まるで温度変化を加えろと言っているみたいだと。
そしてその仮説は当たっていた。
王子が感嘆なのか溜め息を漏らす。
ヴォルフも瞬きを忘れて手紙の変化を見つめる。
何もない余白の部分。
そこに薄らと線が見えたかと思ったら、新たな文字が浮かび上がってきた。
「……!」
驚きに言葉もなく、手紙を見つめる。
何もないところからインクが浮かび上がるなど見たことがない。
そこには手紙と同じくマリナの文字でマールアの第三王子によってマールアへ連れて行かれようとしていることが書かれていた。
「確か、ミリアム・グレッツナー伯爵令嬢だったな」
王子も夜会などで面識があったので話は円滑に進む。
「はい。 昨年フレスの子爵家に嫁ぎまして、今はミリアム・レンドールと名乗っております」
「そうだったか。 ヴォルフも彼女とは面識があったな?」
「はい。 昨年の冬の夜会でマリナと共に挨拶をいたしました」
「その節はマリナ様にご迷惑をおかけしまして……」
会場を離れた彼女を追いかけてマリナが席を外したので、しばらくヴォルフ一人で貴族たちの相手をすることになった。
話相手となった伯爵は会話が巧みで助かったが。
「いや、マリナにとって貴女は大切な友人だ。
他国に嫁ぐとなれば会う機会も限られる。
別れの前に言葉を交わしたいと思うのは当然のことだ」
突然の別れを聞いて会場を飛び出して行くほどマリナは彼女のことを気にしていたくらいだ。
ヴォルフの言葉を聞いて彼女も笑みを浮かべる。
「おかげさまで夫ともそれなりに仲良くやっておりますわ。
背中を押してくださったマリナ様には感謝しきりです」
うれしそうに笑う彼女だったが、そんな話をしに来たわけではないだろう。
王子が話を進める。
「それでフレスに嫁いだ貴女にマリナの手紙が届いたと」
そこだけ聞けば何もおかしなことはない。
しかし行方不明のマリナから、と付けると様相が変わってくる
「まずはこちらを見てください」
そう言って彼女は一通の手紙を差し出した。
『前略 ミリアム様
お元気ですか。
フレスの生活にはもう慣れましたか?
ミリアム様が旅立ったときは寒い時期でしたので
体調を崩さないか心配しておりましたが、
最近はすっかり暖かくなりましたね。
寒さが苦手なミリアム様はほっとしているでしょうか。
春の陽気はとても心地よいものですが、油断して
寒の戻りに身体を冷やさないようお気を付けください。
草々
追伸 友人として名を呼ぶのはお会いしたときに
マリナ』
手紙を読み終えて感想を口にする。
「違和感しかないな」
ヴォルフの感想に王子も控えめながら同意した。
「そうだね、文章にはどこもおかしなところはないのだけれど……」
王子が手紙をひっくり返して他に何か書いてないか確かめている。
筆跡は確かにマリナの文字なのだが、マリナの書いた手紙だとは思えない。
「マリナ様がこんなに内容のない手紙を書くなどおかしいと思われますよね」
手紙を持って来た本人まで違和感を述べる。
見せられた手紙の文面には当たり障りのないごく普通のことしか書いていない。
だからこそ違和感があった。
親しくない人間への儀礼的な手紙ならともかく、友人と認識している相手に対してならもっと書くことがあるだろう。
「私を気遣って手紙を書いてくださったのかとも思ったのですが、それならそれで他に書くことがあると思います」
彼女も形式にうるさい人間ではないようだし、マリナならくだけた文章で自分の近況や彼女の新しい生活への質問などを書くと思う。彼女も同じ意見のようだった。
話しながらミリアム殿が魔道具を取り出す。
机に乗せられたのはプレート型の魔道具。
食事の前に食器や料理を冷やすために用いられる物で、事前に危険は無いと判断が付いているので持ち込みが許可されたのだが……。
これで何をするのか全く想像がつかない。
魔道具を起動し、ミリアム殿が手紙をプレートの上に乗せる。
何をするのかと見ていると、手紙に変化が起こった。
「これは……!」
王子が思わず驚きを零す。
ミリアム殿が手紙を見つめながら平坦な声で手紙の一番おかしなところを上げる。
「私、マリナ様と気温の話をしたことはありませんの。
寒さが苦手なんて言ったこともないですし、嫌いでもありませんわ」
だから試してみたという。
執拗に温度について書いた手紙。
まるで温度変化を加えろと言っているみたいだと。
そしてその仮説は当たっていた。
王子が感嘆なのか溜め息を漏らす。
ヴォルフも瞬きを忘れて手紙の変化を見つめる。
何もない余白の部分。
そこに薄らと線が見えたかと思ったら、新たな文字が浮かび上がってきた。
「……!」
驚きに言葉もなく、手紙を見つめる。
何もないところからインクが浮かび上がるなど見たことがない。
そこには手紙と同じくマリナの文字でマールアの第三王子によってマールアへ連れて行かれようとしていることが書かれていた。
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